クリスの朝
夕方のようなやわらかな朝の光のなかでクリスは目を醒ました。
朝日を透く白いカーテンが、白く輝く扉のようだとベッドの上でクリスは思った。
庭に出て、クリスは小さな植物たちにおはようと心のなかであいさつした。
花の途切れる季節にまだ咲き残る白いコスモスが数輪、あるかなきかの風に揺れていた。
ゆく季節を見送るにはあまりにその花たちは心許なかろうとクリスは思った。
ジェニーはもう起きているだろうか、とクリスは思った。ジェニーの家の庭にもおなじく白いコスモスが植えられている。
いま、ジェニーが起きていてもいなくてもいい。彼女が、夕べよく眠れていたならそれでいい。
常に抑うつ状態の彼らは強い睡眠薬を飲んでもなかなか寝つくことができなかったり、寝入っても真夜中や早朝に目が醒めて眠れなくなってしまうことがよくあった。
クリスが庭のなかで佇んでいると、チュンチュンというさえずりが降ってきて、見上げるとクリスの家の屋根の上に何羽ものスズメが並んでいた。
クリスは思わずほほ笑んだ。無邪気そのものの小鳥を見ると笑みがこぼれずにいられない。
クリスもジェニーも小鳥が大好きだった。
地上の生き物で、小鳥とだけは気が合う気がしていた。
クリスは、買い置きのハーブ入りフランスパンをトーストしてレモンのジャムを塗り、簡単なポトフを作って朝食にした。
意識が覚醒してしまうと、重い憂うつ感が夜のとばりのように下りてくる。
クリスは朝の分の抗うつ薬を飲んで、あたたかいハーブティを飲んだ。
時計は、八時を示していた。
クリスは、寝室に行ってメディアフォンを取って起動させた。
ジェニーからのメールが一本入っていた。
「クリス、おはよう。よく眠れた? 私はよく眠れたわ。きっとホリーおばさんの夕食のおかげね。公演がはじまったら行けなくなるから、なるべくまたおばさんの家に行きたいな。いっしょに行ってね」