ジェニーの家
クリスは、もちろんジェニーの演奏を聴かせてもらったことがあった。
彼女のバイオリンは、一音目からして聴く者の魂の最奥に痛切に訴える音色だった。
演奏中のジェニーは、魂そのものだった。
在ることの哀しみをこれほど表現できるのは、ほかに誰もいなかった。
それを聴く人は人間のその深い哀しみを感じ、我知らずそれぞれの内にある哀しみと共鳴し、涙せずにいられない。
しかしその深い哀しみに沈み涙を流すことで、人々はそのあと安らかな癒しをおぼえるのだ。
人々はその癒しを求めて、ジェニーの演奏を聴くのである。
クリスは三時に休憩をとった。
紅茶を入れて、マーマレードを加えてロシアンティにして飲んだ。
窓から外を見ると、朝にはよく晴れていた空に雲が出てきて、寒そうだった。
クリスは、青いカーディガンをはおって、外に出た。
庭では、白いコスモスがやはり風に揺れていた。
クリスは庭を出て、外の小道に出た。
小高いクリスの家近くからやや遠くに森の間に間に海が見え、穏やかな波を寄せていた。雲に陰りながらその青は不思議に美しい色に見えた。
クリスは、道をたどった。
道は整備されているものの、街灯の間に植えられた街路樹の根元に小さな小さな薄紫色の野花が楚々と咲いていた。
やがて、ジェニーの家が見えてきた。
まっ白いかべに少し紫がかった水色の屋根の小さな家の窓すべてに、白いレースのカーテンがかかっている。
ジェニーはバイオリンの練習をしているのだろう、とクリスは思った。
ジェニーは白いかすみ草と薄紫色のスイートピーの組み合わせが好きで、いつも部屋に飾っていた。
白と紫色の組み合わせは、傷つきやすさという意味だとなにかで読んだことがあった。
その色のなかで魂をなだめながら、ジェニーはバイオリンを弾いているのだろう。
ジェニーの庭にも、白いコスモスが数輪、心許なげに揺れていた。