6話 ヘレーナ壊れる
少年の純朴さに少女は胸をときめかせる。
ディモとヘレーナは山のように積まれている魔物の死体を見上げながら話していた。どの魔物も一刀で倒されており、見る者がみれは剣の使い手の技量が分かる太刀筋だった。
ディモは当然ながら太刀筋は分からないが、積み上げられた魔物の数と丁寧に血抜きまでされているのを見てヘレーナの凄さを実感していた。
「それにしても凄すぎます! ヘレーナ様が神剣様ですよね? どうして人間なのに剣の姿になったのですか?」
「知らないよ。それと『神剣様』なんて呼び方をして欲しくないね。もっと気軽に呼んでくれるかい?」
「で、でも恐れ多い……。い、いえ。はい。大丈夫です。なんとお呼びすれば? えっと……剣神様? 違う? ヘレーナ様はどうですか?」
気軽に呼べと言われ恐る恐る敬称を付けて呼ぶと、ヘレーナの顔がみるみる険しい顔になる。その顔を見て、どうすればいいのかとディモがオロオロとしていると鋭い声が耳に届いた。
「お姉ちゃん!」
「えっ? あのヘレーナ様?」
「お姉ちゃん」
「ヘ、ヘレーナさん!」
「お姉ちゃん」
「あ、あの……」
「お姉ちゃん」
「お、お姉ちゃん」
「よし」
真顔でお姉ちゃんと呼べと言われ、困惑しながらヘレーナを名前で呼ぼうとしたが、問答無用のプレッシャーがディモを襲う。最初は抵抗しようと考えたディモだったが抵抗出来なくなり、最後は諦めた表情で控えめに『お姉ちゃん』と呼ぶと、ヘレーナは嬉しそうに頷いた。
◇□◇□◇□
「そ、それでヘレーナ……お姉ちゃんは、さっきまで刺さっていた剣で間違いないの?」
「そうなんだよね。いつの間にか剣になってたんだよ。魔王を倒した直後に、なにかがあったのは覚えてるけど、細かい事は覚えてないんだよね。そう言えば、さっきの魔族が一〇〇〇年とか言ってたよな? ディモはなにか知ってるかい?」
「魔王が滅んでからもうすぐ一〇〇〇年が経ちます……。一〇〇〇年は経つよ。年始に王都で記念式典があるって聞いたよ」
二人はお互いが持っている情報の交換をしていた。ディモが敬語や名前を呼ぶ度にヘレーナから無言の注意を受けて訂正を強要させられていた。情報の交換は続いていたが、一〇〇〇年のギャップは埋まらないようで、ヘレーナは頭をガシガシと掻きながら立ち上がった。
「よし。考えても答えは出ないね。ディモの村に案内しな!」
「それは良いけど、この魔物はどうするの? 血抜きもされてるけど、こんなにたくさん持って帰れないよ?」
「仕方ないね。さっきの魔族の魔石を使おうか。『ここに有るもの。この場に佇むもの。全てをまとめ一つにする』」
ヘレーナは懐から魔石を取り出すと詠唱を始める。すると魔石が輝き始め、魔法陣が産まれると魔物を次々と収納し始めた。
「こんなもんかね」
「凄い! お姉ちゃん凄い! 僕、収納魔法なんて始めてみたよ!」
軽い感じで使った収納魔法は、ヘレーナの時代とは違いレアスキルになっていた。商人が喉から欲しがる能力であり、収納魔法スキルを持っている者は高給取りとして雇われていた。
「え? こんなのが凄いのかい? だったら他にもあるよ」
思った以上のディモの反応の良さに気を良くしたヘレーナは、第一階位の魔法を連発する。ヘレーナの手から水が溢れ火柱が立ち、風が巻き起こるのを見てディモのテンションは最高潮になる。
「凄い! お姉ちゃんは剣神と大魔法使いなんだね! 格好いい!」
「お、おう。そうだぞ! お姉ちゃんは格好良くて凄いぞ!」
キラキラした目で見つめてくるディモにヘレーナは若干頬を染めると、明後日の方向を向いた。そして、照れている事を誤魔化すように話を始める。
「じゃあ、そろそろ行こうかね。ディモは迷子にならないように、お姉ちゃんと手をつなごうか?」
「えっ? 迷子になるような年じゃないよ? 僕、十五才だよ?」
「なっ! なん……だ……と」
見た目が一〇才にしか見えないディモに、ヘレーナが驚愕に満ちた表情になる。子供扱いをされていた事に気付いたのか、頬を膨らませながら睨みつけてくるディモにヘレーナは腰が砕けそうになった。
「か、可愛すぎるぅぅぅぅぅ! もう、十五才でいい! お姉ちゃんの中で一〇才に変換するから! うりうり! 可愛いのう! 可愛いのう!」
「ちょっ! やめて! グリグリしないで! 抱きつかないで! ほっぺをくっつけないで! 抱き上げないで」
突然、鼻息荒く襲いかかってきたヘレーナから逃げようとしたが、能力の差で一瞬で捕まったディモはなすすべもなく、されるがままになるのだった。
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「うぅ……。もうダメ……。はっ! こんな事をしてる場合じゃないですよ! ……。場合じゃないよ! お姉ちゃん!」
「なにがだい?」
グッタリとした表情のディモに、ツヤツヤとした表情のヘレーナ。対照的な二人の様子は三〇分の格闘の結果であった。最初の五分でディモは諦めの境地になっていたが。
「ひょっとしたら村も襲われてるかもしれない!」
「今から急いでも間に合わないだろ?」
「でも!」
「分かったよ。じゃあ、ちょっと急ごうかね。取り合えず外にでるよ」
封印石の外に出た二人は清々しい空を感じていた。外に出た事を楽しんでいるヘレーナと違って、ディモは村に向かって走り出そうとする。
「こらこら。走っても間に合わないって言ったろ? ちょっと下がってな。『空は広く雄大なり。その中を我は光のように駆ける。背中の羽は天にも届く勢いで進むものなり』ほい! これで村まですぐだよ」
ヘレーナの背中に羽が産まれる。呆然としているディモをお姫様だっこして羽を勢いよく羽ばたかせるのだった。