21話 夜の帳の協奏曲
ちょっと試験的にシロツノの嘶きに台詞を入れてみました。
「それにしてもお姉ちゃん遅いね。シロツノはどう思う?」
「ぶるるるる?【我に聞いているのか?】」
なかなか戻ってこないヘレーナをディモはシロツノのブラッシングをしながら寂しそうに待っていた。魔物の討伐に向かってから一時間ほどが経過しており、せっかく作った軽食も冷え切っていた。もう一度、温め直しながらブラッシングを続けていると遠くから轟音が聞こえてくる。
「な、なに? なんの音? ひょっとしてお姉ちゃんが戦っているのかな?」
「ふふん。ふん!【そうであろうな。だが主なら心配ないぞ!】」
「なに? シロツノもそう思う? 大丈夫かな……? っ! そ、そうだよね! お姉ちゃんが負けるはずないよね」
思わず立ち上がったディモが音の方向を見て呟くと、シロツノが身体をこすりつけながら安心させるように嘶く。自分を慰めるそんな様子に、ディモは小さく微笑みながらシロツノのブラッシングを続けるのだった。
「あれ? 音がなくなった? 戦いが終わったのかな?」
「ひ、ひひん? ぶるるるるる【な、なぜ急にブラッシングを止めるのだ? ああ。戦いは終わっておるぞ】」
轟音は一〇分ほどでなくなり、辺りを静寂が再び支配する。一瞬だけ顔を上げたディモが、なにかを感じたのかブラッシングを止めて軽食の用意を始める。
ブラッシングを気持ちよさそうに受けていたシロツノが物足りなさそうに嘶いたが、軽く笑いながら謝りつつお酒の用意をしていると、遠くからなにかを引きずる音が聞こえてきた。その方向に視線を向けたディモの目にヘレーナが討伐した魔物を四頭引きずりながら帰って来るのが見えた。
「ただいま。おお、軽食の準備をして待っててくれたんだね。寝てても良かったんだよ? ディモは早く寝て大きくならないとね」
「お帰り。お姉ちゃん。思ったよりも遅かったね。さっきの轟音は魔物と戦っていたの?」
軽食の用意をしながら帰りを待っていたディモを見て、ヘレーナは心の底から感動したような表情で頬を緩めながら軽く頷いた。
「ああ。そうだよ。あのまま放置していたら、こっちに向かって来そうだったから倒しに行ったけど、本当に良かったよ。久々に骨のある相手で戦いがいがあった。森の主……。ベルントって名前だけどさ。森の主となるとやっぱり強さが違うね。目覚めてから初めて記憶に残る戦いだったよ」
「ぶるるるる! がるる!【主! 我も森の主である。我との戦いは記憶に残ってないと申すか。おい。カワイイディモも何か言ってくれ!】」
ヘレーナが嬉しそうに軽食を食べながら森の主との戦いを話していると、それまで横になっていたシロツノが立ち上がって抗議の声を上げる。角が光り輝くほど魔力が集中しているようで、ディモはその美しさに感動しながらシロツノに近付くと首筋をさすりながら目を輝かせてヘレーナに感想を伝える。
「やっぱりお姉ちゃんは強いね! ほら! シロツノも『さすがお姉ちゃん強い』と言ってるよ!」
「ひ、ひひん? ぶるるる! ひひん? ひひん!【カ、カワイイディモ? 違うぞ! 我はそんな事をいっておらん! 先ほどまで会話が出来ていたと思っていたが違ったのか? それと我の名はシュナイダーだ!】」
「へー。シロツノもそんな事を思っているのかい? じゃあ、虎型魔物の魔石を上げようかね」
ディモとシロツノから賞賛を浴びたヘレーナは嬉しそうな顔をしながら、懐から虎型魔物の魔石を取り出す。その大きさは成人男性の親指ほどの大きさであり、黄色く光る水晶のような形をしていた。街で売ればかなりの金額になるが、ヘレーナに執着はないようで気楽な感じで放り投げた。
「ふんふん? ひひん!【いい輝きを放っている魔石を我に? やはり主は我の事を大事に思ってくれているのだな!】」
「いいなー。シロツノ。綺麗な黄色だね」
「えっ? 気に入ったのかい? だったらディモに上げないとね。ほら! シロツノ! 吐き出しな!」
「ひ! ひん!【それはないであろう! 酷いぞ主!】」
「えっ! 駄目だよ! お姉ちゃん! それはシロツノに上げたんでしょ!」
ヘレーナから渡された虎型魔物の魔石を上手く口でキャッチして嬉しそうにするシロツノ。放物線を描いていた魔石を見て羨ましそうな声と表情をしているディモ。それを見て魔石を取り戻そうとしてシロツノの口に手を突っ込んだヘレーナ。渡してなるものかと必死で抵抗するシロツノ。慌てて止めるディモ。混沌とした状況はしばらく続き、三者三様とも疲れた状態になりながら夜の帳を迎えるのだった。
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「そうだ! ディモにはこっちの魔石を上げるよ! これは森の主であるベルントの魔石だよ! 勇敢だったあいつの気持ちがディモにも宿るといいね」
「わぁ。凄い! これが森の主の魔石? 物凄い力強さを感じるね」
ヘレーナは大事に仕舞っていた黄金色が混じったライムグリーンの魔石をディモに手渡す。目をキラキラさせながら受け取ったディモは炎に魔石をかざす。通常の魔石とは違うようで炎の光りと共に魔石自身が生み出す光りと相まって幻想的な光りを放っていた。
「わぁぁ。綺麗だね! ありがとう! お姉ちゃん! 大事にするよ」
「そう言って貰えると嬉しいね。お姉ちゃんもディモが生み出した魔石は大事にしてるからね」
ベルント魔石を眺めながら幸せな気持ちが満ち溢れてくる二人であった。