17話 出発前の一コマと新しい仲間
「準備はいいかい?」
「う、うん! み、皆に挨拶は出来たよ! じゃ、じゃあ出発しようよ。お姉ちゃん。ふぅー……」
門で待っていたヘレーナを見付けたディモがなんとか近付きながら、息も切れ切れで絞り出すように話し出す。ヘレーナはその様子を見ながら苦笑しつつ、呆れた口調で腰に手を当てながらため息を吐いた。
「なんだい? その荷物の量は? 一人で馬車の代わりでもするつもりかい?」
パンパンになっている背負い袋に周りに付いているフックには大量の袋が引っかけられており、両手には大きな袋を引き下げ、背後には巨大な木箱を引きずっていた。全身が汗だくになりながら、荒い息をしているディモは返事が出来ずにへたり込んでしまう。
「そんな事だろうと思ったよ。荷馬車を用意したから積み込みな。ディモが村人達に愛されているのは分かったからね。お姉ちゃんが予想して用意したんだよ! さあ、お姉ちゃんを褒めておくれ!」
「凄いよ! お姉ちゃん! 荷馬車は買ったの?」
「ああ。上手い具合に小型の荷馬車があったからね。金額も安かったから即金で買ったよ。強化もしているから、ちょっとやそっとでは壊れないから安心しな」
胸を張ってドヤ顔をしているヘレーナに、ディモは感嘆の声を上げながら質問する。目をキラキラさせて褒めてきたディモの姿をしっかりと脳内に焼き付けながら、ヘレーナは荷馬車の説明をする。
「あれ? でも、荷物を引っ張る馬は? もしかして僕が引っ張るの?」
「はっはっは。面白い事を言うね。修行の一環としてディモが引っ張るのも良いだろうけど、その時のツラそうなディモの顔も……。いやいや。お姉ちゃんとして弟が苦しそうな顔をしているのを楽しみにするなんて……。いや、でも……」
「お姉ちゃん?」
一人でブツブツと呟いているヘレーナの様子がおかしい事に、ディモが首を傾げながら尋ねる。はっとした顔でディモを見たヘレーナは慌てて頭を振りながら別の話を始める。
「い、いや。なんでもないよ。荷馬車を引っ張るのはこいつだよ」
「えっ? な、なにこの馬? 魔物? 角があるけど?」
「ああ。こいつは一角馬だ。ちょっと見付けるのに苦労したけど、良い子が見付かったからね。仲間にしたんだよ」
ヘレーナから紹介を受け、ディモは今まで見た事のない生き物に驚きの声を上げる。大きさ自体は普通の馬よりも小さいが、引き締まった身体をしており目に宿る光りは知性を感じさせた。吸い込まれるように近付いたディモに威嚇の声を上げる。
「ぐるるるるる。ぴゃ!」
「ほら。ディモも触ってみな。喜ぶから。おい。なにディモに威嚇をしようとしてるんだよ。馬肉として処理すんぞ? あっ? こら」
「ひ、ひひん」
「わぁぁぁ。本当だ。喜んでくれてる! あっ! そうだ! これ食べれるかな?」
ディモが近付く前にヘレーナは一角馬の隣に立つと、見えない位置から腹を殴る。ディモに威嚇しようとした一角馬だったが、断続的に襲ってくる痛みとヘレーナからの威圧に屈してベタベタと触ってくるディモに愛想嘶きをしながら、本来なら食べもしない人参を美味しそうに食べるのだった。
「お姉ちゃん! この子の名前は?」
「ん? 名前は決まってないからディモが付けてやりな」
「ひ、ひひん!」
ディモの素朴な疑問にヘレーナが軽い感じで答える。一角馬が抗議のような嘶きをしたが、ヘレーナは無視をしながらディモの答えを待つ。しばらく悩んでいたディモだったが、キラキラした目でなにかを思い付いたようで勢いよく挙手をする。
「決めたよ! この子の名前はシロツノで!」
「シロツノ? 白くて角があるからかい?」
「そうだよ!」
ニコニコと素晴らしい名付けが出来たと満足げな顔をしているディモと、それを微笑みながら蕩けるような表情で眺めるヘレーナ。そして絶望した表情で受け入れざるを得ないシロツノこと、一角馬がたたずむのだった。
◇□◇□◇□
我は一角馬。この森を支配する主である。今日も縄張りを誇示するために森の中心にある大木に力の象徴である角で印をつける。普段なら誰も近付かない大木に気配を感じた。これは強者の力だ。我の領域を侵す何者かがやって来た事を告げている。
「ぶるるるるる」
「へえ。私の気配を感じるなんてやるね。さすがは森の主ってところかい?」
「がぁぁぁ!」
なんだこの者は? 我の威圧を受けてもビクともしない。それどころか無防備で近付いてくるではないか。我は戦いの叫びを上げて突撃をする。なに? どこに行った? 慌てて周りを見渡すと少し離れたところにいる。
「がぁ!」
何度か突撃をするが、彼の者は余裕を醸し出しながら躱し続ける。なら、我の最大に必殺技を見舞ってやろう。
「ぐぅぅぅぅ!」
「まだやる気かい? これだけ力の差を見せつけても駄目かい? やっぱり血反吐を吐くくらいは殴った方が……。なっ!」
余裕をかましているから死に繋がる。我がなぜ森の主であるかの理由を考えずに縄張りを侵すからそうなるのだ。我の必殺技である電撃攻撃を喰らって生きていた者など……。な……んだ……と?
「へー。電撃攻撃まで出来るのかい? これは思った以上の拾いものだね。後は私の力を見せたら良い感じかね?」
ば、化け物め。我は生れて初めて恐怖を感じ、目の前の強者に腹を見せて服従を誓った。
「いいかい。これから私の可愛い、可愛いディモが来るから隠れてるんだよ。気配も消しておくんだよ!」
連れてこられたのは森を出てかなり走った場所にある人間の住処だった。どうやら我はこの強者の乗り物として使われるらしい。まあ、我を倒せる力を持つ者を背に乗せるのは問題ない。我の主は誰かと話しているようだな。ん? なんだ、このカワイイディモとやらは? まるで赤子のように脆弱でないか? なぜ無防備に近付いてくる。
「ぐるるるるる。ぴゃ!」
あまりにも油断している姿に舐められている気がして威圧をしようとすると横っ腹に激痛が走る。立て続けに襲ってくる激痛を作り出しているのが主である事に気付いて、思わず涙目で視線を向けると殺気の籠もった主がいた。
「ほら。ディモも触ってみな。喜ぶから。おい。なにディモに威嚇をしようとしてるんだよ。馬肉として処理すんぞ? あっ? こら」
怖いです。バニクとやらが何かが分からないが逆らったら駄目だと本能が告げている。このカワイイディモとやらは主の大切な者なのだろう。我慢をするのだ。
「ひ、ひひん」
「わぁぁぁ。本当だ。喜んでくれてる! あっ! そうだ! これ食べれるかな?」
やめろ! そんな物を食べる我ではない! い、いや。食べますよ。だから主。お願いだから脇を叩くのはやめてくれ!
「お姉ちゃん! この子の名前は?」
「ん? 名前は決まってないからディモが付けてやりな」
おい。カワイイディモとやらが名前をつけると言っているぞ。我にはシュナイダーとの名がある。
「ひ、ひひん! ぶるるるる!」
おい気付け! 我の真名を!
「決めたよ! この子の名前はシロツノで!」
な……んだ……と? 我を絶望が襲ったのだった。項垂れた我に、主は荷馬車を引く事を命じるのだった。まさか、乗馬ですらないとは……。