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最終章 美しい死

「アルル、今日は何を食べたい」

「……………………」

 ある日の夕方、レオはこれから夕食の買い物に行こうとしていました。近頃は毎日、アルルに何を食べたいのかを聞くのが習慣になっていました。

「昨日は肉料理だったから……今日は魚か」

「……………………」

 アルルは何も言いません。答えたくないのか、答えられないのか、それはレオにもわかりません。話す時は普通に話すのですが、話さない時は全く話さない、そんな時間がアルルに増えてきました。もしかしたら毒が、脳にまで回ってきたのかもしれません。大好きだった本も、もう手には握られていません。

 もうそろそろ、アルルの命の灯火が消えようとしているのかもしれません。

「…………! あら勇者様……おはようございます(・・・・・・・・・)……」

 すると突然アルルは喋り出しました。

「今日は……何か予定があるのですか……?」

「……今日は……これから夕食の買い物に行く」

「……夕食…………? ……まあ……夕食とは、夜に食べる物……でしょう……?」

「……ああ、そうだ」

「……もう、勇者様ったら……今はまだ……朝じゃないですか……」

 アルルは夕日を眺めて言います。

「……あら……? 不思議……ですね……太陽が真っ赤……」

「……行ってくる」

「行って……らっしゃい……」

 アルルは懸命に手を振りました。

 今の様なやり取りに、レオはもうすっかり慣れています。アルルは朝早くに「こんばんは」と言ったり、お風呂上がりに食事をとった後に、またお風呂に入ったりしようとします。記憶が曖昧になってきているのです。昨日は、山をふたつ越えた先にとてもきれいな湖があるという、その湖に行ってみたい、と言い始めました。

 最近はレオとアルルが一緒にいる時間が増えました。布団の中で何も言わずに天井を見つめているアルルをレオが見ている。そんな様子で一時間ぐらいいたりもします。前までは、例え寝たきりでもアルルは色々な話をレオとしました。今では話す時間よりも、話さない時間の方が長くなっています。

 レオの胸の奥は、カッと熱くなります。誰かの手に握られているかの様にぎゅっとなります。

「なあ、アルル……お前、やはり恨んでいるか? 俺を……あの時、すぐに殺さなかった俺を……」

 アルルは何も答えませんでした。

 そして、最期の日がやって来ました。

 その日はざあざあと雨が降っていました。朝の食事の時、いつもの様にレオがアルルの体を起こし、スプーンで口元までスープを持っていきます。なかなか開かない口を少し無理矢理に開け、冷ましたスープを流し込みます。ちょっとだけアルルの口の中に入り、ほとんどは体へと垂れていきます。

 もう一口……と再びレオがスープを掬おうとした時、アルルの手がゆっくりと動き、レオの腕に優しく触れました。そして、ふるふると首を左右に動かすのです。

 もう、いいですよ。レオにはそんな言葉が聞こえました。アルルが何も喋っていなくても、聞こえました。

 レオはスプーンをスープの皿に戻し、アルルの体を静かに寝かせました。

「……………………今日は…………いい天気…………です…………ね……」

 アルルは薄暗い空を見上げて言いました。

「こん……な…………きれい……な空…………今まで見た事が…………あり……ません……」

 どくん、どくん、と何かがレオの耳の中で動いています。ああそうだ、きっとこれはアルルの鼓動だ、とレオは思いました。

「思った……より……()ち……ました……ね……私……」

 アルルは……レオの方に顔を向け……ました……。

「……ゆう……しゃさ……ま……わた……し……とても幸せ……でした……あな……たと過ごし……た……時間……とても……幸せでした……」

 この時、レオの心は救われました。もしこの言葉が嘘だったとしても、自分は間違っていなかったんだと信じる事が出来たからです。

「……あり……がと……う……ありがと……う……ありがとう……ありが……と……う……あ……」

 何度もお礼を繰り返すアルルに対し、レオもとっさに言葉を出そうとしました。

 しかし、考えれば考えるほど、色々な事を思い出します。勇者として町を旅立った事、仲間達との出会い、そして別れ。アルルと殺し合った事、アルルと一緒に暮らし始めた事……。

 アルルと庭の手入れをした事。アルルと食事を作った事。アルルが歩けなくなった日の事。アルルのために車椅子を買った事。それを見たアルルの喜んだ顔。その車椅子をよく押してあげた事。アルルと一緒にシェラドの湖に行った日の事。アルルがほとんど動けなくなった日の事。アルルがそれらの事をたくさんたくさん忘れてしまった事。

 アルルの笑顔。

「ありがとう」

 しかし、レオの言葉はアルルには届きませんでした。アルルはもう、死んでいたのです。とても安らかな顔で。

「これで、やっと世界が平和になりますね」

 死んだはずの魔王アルルの声がはっきりと聞こえました。アルルの顔はぴくりとも動きません。死んでいるのですから。しかしはっきりと聞こえたのです。福音の様に。

 レオはアルルの死体を庭に埋めました。そして小さなお墓を作りました。

 雨はざあざあと降り続けていました。

「……」

 レオは無言で出掛ける支度を始めました。もうお家には彼以外誰もいないのです。何をわざわざひとりで話す必要があるでしょうか。

 しかし、お家を出る時にだけ今までの様に一言話しました。

「行ってくる」

 返事はありません。レオはそのままお城へと向かいました。今日はこれからお城でアスターク王国と共同の戦闘訓練があるのです。レオは勇者として、その訓練に参加するのです。

 このお話は、遠い遠い遥か昔のお話。


 人間がまだ、魔物と(・・・)戦っていた頃のお話。


 ワールドエンド・ガーデン おしまい

短いお話でしたが最後まで読んで下さりありがとうございます。裏話をいつもの様に活動報告に書かせて頂きますので、気が向かれた方はよろしかったらどうぞ。

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