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第五章 シェラドの湖

 パーティーの翌日。レオとアルルはシェラドの湖を目指して朝早くに家を出ました。

「ああ……シェラドの湖……一体どれほど美しいんでしょう」

「俺も……前行ったのはガキの頃だったからな……すっかり忘れちまった」

 険しい山道をアルルの車椅子をレオが押して登ります。

「勇者様、大丈夫ですか?」

「……これくらい、お前との戦いに比べたら……!」

「……まあ……それもそうですね。あの時私を生かしたのは勇者様なんですから、何が何でも面倒を見て頂かないと」

「お前……言う様になったな……」

「……魔術が使えればよかったのですが……」

 アルルの体にはもう、魔術を使えるほどの魔力がありませんでした。もし魔術を使えたら、彼女はきっと自由に空を飛ぶ事だって出来たのです。

 ひとつ目の山を越えた時、ちょうど雨が降ってきました。レオもアルルも傘を持っていませんでしたので、慌てて大きな木の下に隠れます。

「……やんでくれるでしょうか……」

 アルルが心配そうな声を出します。

「大丈夫だ。通り雨だろう」

「そうなんですか?」

 ふたりを雨音が包みます。雨粒が葉っぱや草、石などに当たって音を立てています。

「……私、雨って好きです」

 アルルが言いました。

「自然を感じる事が出来るから……この音を聞いていたら、木や、草や、大地の生命を感じる事が出来るんです」

「……俺にはわからん」

「これが文明の中で生きる人間と自然の中で暮らす魔王との違いですよ、勇者様」

 えへん、と鼻を鳴らす様にアルルは続けました。

 レオの言葉通り、雨はすぐにやみました。

 ふたりは再び進み始めます。

 そして、正午を回った頃に無事にシェラドの湖に着く事が出来たのです。

「うわああああああああああ……!」

 アルルは感動した声を出していました。

「凄いですねえ勇者様! 水が……輝いて見える……これがシェラドの湖……! 美しい……!」

 湖はとても澄み切っていました。雨雲が去った後の空を映し、美しい水色に輝いていました。宝石の様です。

「……確かに……これほどとは……」

 レオも興奮していました。子供の頃に見た時の様子は全然覚えていませんが、今見ているこの様子はきっと忘れない、そう思いました。

「勇者様、私、絶対に忘れません」

 アルルも言いました。

「この美しい景色を、これから一生忘れません。死ぬまで覚えています」

「ああ、俺も目に焼き付けておくよ……」

 それからふたりは湖の(ほとり)で昼食をとり、のどかな時間を過ごしました。レオは寝転がり旅の疲れを癒しました。時には湖の水を少しだけいただきました。一口飲むだけで体中が癒される様な気がしました。アルルはずっと湖を眺めていました。見とれていました。

「そろそろ帰るか」

 やがてレオが言いました。

「え~、もう帰っちゃうんですかあ?」

 アルルが残念そうに言います。

「わがまま言うな。そろそろ帰らないと日が暮れるまでに家に帰れないぞ。夜の山道がどれだけ危ないか、わかってるのか」

「はあい……わかってますよ……そうですよね……」

 アルルはしょんぼりとしました……ですがすぐに。

「だけど、満足です。私、とっっっっっっっっっっても嬉しいです。勇者様が今日私をここへ連れて来て下さって。ありがとうございますね」

「礼なら帰ってからにしてくれ」

「またまたあ、照れちゃってるんですから」

「行くぞ」

「はい」

 レオはゆっくりとアルルの車椅子を押し始めます。

 レオは決して言いませんでした。昨夜パーティーで役人から聞いた話を。

 シェラドの湖がある山一帯ではあと一週間の(のち)に人の手による開発が始まり、関所が作られるのです。険しい山道は切り開かれ、人気(ひとけ)の無い湖は埋め立てられてしまうのです。

 その様な事、レオは決して言う事が出来ませんでした。


 そして、ふたりがシェラドの湖に行ったその次の朝、アルルはついにベッドから起き上がる事すら困難になってしまったのです。

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