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第一話 終わりの始まり

 昭和二十五年一月。

 新京の関東軍司令部は正月早々葬式状態であった。

 ソ連軍が大量の物資をウラジオストックに集積し始めたのである。

 ソ連大使は厚顔無恥にもソ連軍の部隊と物資の集積は極東ソ連軍の大規模演習の為だと説明した。ソ連大使が関東軍からの使者に対する説明では演習に投入される兵力は約百七十万人、戦車五千両、航空機五千機を下回ることはないらしい。

 現在の関東軍の総兵力が約三十五万人である。ある者は天は我等を見放したと嘆き、またある者は日本は神国ではなかったのか、と嘆いた。

 諸悪の根源は日本海軍である。

 連中がハルノートを受諾したが故に米国が欧州の戦争に介入できず、ソ連は多大な被害を受けながらもドイツとフランスを占領した。ソ連による仏独の占領を妨害しうる勢力が大陸に存在しなかったからである。英国はその狡知と二枚舌の限りをつくしてロシア人を押しとどめようとしたが、全く話を聞く気がない輩を騙す方法は存在しなかった。

 かくしてロシア人は小規模な妨害はあったものの他国に邪魔なされることなく、占領地からドイツの先端技術など価値あるほぼすべてのものを母国に持ち帰って有効に活用した。

 例えば噴進式戦闘機である。

 ソ連軍はドイツの技術を利用し噴進式戦闘機の実用化を終えて多数の噴進式戦闘機を配備しているらしい。ドーバー海峡にかかった鉄のカーテンの向こう側の話であるが、信憑性はそう低くはない。

 それに比べ日本陸軍は昭和十六年からの大軍縮と急激な軍縮による中島飛行機の倒産、昭和十九年末に発生した東南海地震による工場群の倒壊によりキ六十一改がいまだに事実上の主力である。

 もちろんキ六十一改は古いが悪い機体ではない。

 ハルノート受諾による三国同盟の終了により、キ六十一改はドイツからライセンスを得て生産した液冷発動機から三菱製空冷発動機に換装されて制式化された。発動機の変更による性能低下は全くないわけでないが心配されたほどではない。発動機の換装による整備性の向上と価格の低下を考えれば、換装は成功だったと判断されている。

 もちろん日本陸軍もこの機体に完全に満足しているわけではない。米国製や英国製の噴進式戦闘機を輸入して研究してはいるものの、国産の噴進式戦闘機実用化されるのはまだまだ先の話である。

 少ない予算を航空機優先で使用しているため、ようやくチヌ車が配備されつつある。インフラの問題でチヌ車の運用が難しい内地では主力はいまだにチヘ車や新砲塔チハ車である部隊も少なくはない。

 この状況でT-34-85を装備したソ連軍機甲部隊が津波のように押し寄せてくればその結果は明らかである。

 諸悪の根源たる海軍も陸軍と似たような状況だった。

 艦艇の更新は滞り、既存艦艇は重武装の弊害で近代化する余裕がない。

 海軍航空隊にしても主力艦上戦闘機のはずの烈風は赤城と加賀が除籍された現在では翔鶴型でしか運用しづらい。ほとんどの烈風が陸上戦闘機として使用されている。

 小型空母でも運用しやすいように金星を搭載した新艦戦も計画されたが、やはり昭和十九年の東南海地震で計画中止に追い込まれた。

 救いがあるとすれば日満航路がソ連海軍によって遮断される心配はしないですむ事ぐらいだろうか。縮小したとは言え日本海軍はいまだ世界有数の海軍である。小規模なソ連極東艦隊に遅れを取るはずがない。特に対潜水艦戦用の敷設艇や駆潜艇などの護衛艦艇は対米戦戦備計画の遺産でごっそりと残っている。

 いくら海軍が邪悪で間抜けで無能とは言え、この状況で日満航路が寸断されるような税金泥棒ではないだろう。


 第一艦隊及び第一航空艦隊は舞鶴鎮守府近海まで進出していた。

 現在の第一艦隊は第一戦隊大和型戦艦二、第三航空戦隊瑞鳳、龍驤、第四戦隊古鷹型重巡二、青葉型重巡二、第一及び第三水雷戦隊より構成される。

 かなり寂しくなってしまった第一艦隊に比べ、第一航空艦隊はそれなりに充実している。第一航空戦隊翔鶴型二、第二航空戦隊蒼龍、飛龍、第四航空戦隊飛鷹型二。

 連合艦隊旗艦である武蔵に存在する連合艦隊司令部もまた葬式状態だった。

 同じ葬式状態とは言え新京の関東軍司令部と連合艦隊司令部では家族の葬式と日ごろは付き合いのない親戚の葬式ぐらいに雰囲気が違う。

 ハルノート受諾より約八年、東南海地震より約五年が過ぎ、国民の怒りも喉元を過ぎたようでようやく世間も海軍に対して好意を取り戻しつつある。

 ここでソ連との大規模な戦争が起きれば予備艦となっている金剛型戦艦四隻の更新計画が中止になる。五千五百トン型軽巡洋艦の更新もまたまた遅れるだろう。

 さらに問題なのは長門と陸奥の余生である。長門と陸奥の記念艦化は断じて死守せねばならない。この二隻をスクラップにして得体の知れない業者に払い下げるなど日本海軍のプライドにかけて絶対に阻止する必要があった。

 お気楽な話だが日本海軍はソ連との戦争を理由なく楽観していたわけではない。

 ソ連とてドイツと楽な戦争をしたわけではない。ドイツを筆頭に西欧諸国の占領コストも安いものではない。

 その結果、予算争奪戦に敗れたソ連海軍は大量の魚雷艇と通常型潜水艦で構成される大規模な沿岸海軍でしかない。航空機は確かに進化したが作戦行動中の戦艦が航空機に沈めれた事例はない。

 外洋に出たこともない大陸の岡船頭の群れに、天下の大日本帝国海軍が負けるはずがないではないか。

 それが日本海軍の自信の根拠である。

 極東ソ連艦隊に欧州からの大規模な増援部隊が存在しない以上ソ連との戦争で日本海軍にできる事は限られている。日本海の各航路の護衛と海軍航空隊による陸軍航空隊の支援ぐらいである。空母機動部隊でウラジオストックに奇襲をかけるなどの物騒な予定は存在しない。軍令部もさすがに航空機の能力差は認識している。


追記


第二戦隊の長門と陸奥はこの騒動が起きる前からの予定で記念艦化のために改修中でお休みです。第三航空戦隊は本来は祥鳳と瑞鳳のコンビですが祥鳳が改修中のために龍驤がリリーフで入ってます。

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