雨潸々、子猫とのやり取り
コメディがお休み
「雨………」
雨が降ってきた
冬も過ぎて暖かくなってきたこの頃
また寒い日が続くかもしれないと陰鬱な気持ちになる
まぁ寒いのは嫌いではないのだが…
「そういえば父、傘持ってかなかったな…」
今日は比較的早めに帰ると言っていた…
あの父の事だ、雨など気にもしないでずぶ濡れで帰って来るに違いない。
まぁ傘を届けてやるとしよう…
優しさとかじゃない、ただ単に洗濯が増えるのが嫌なだけである。
最近は何でもツンデレ扱いする風潮が流行っているから。
これ以上は何も言うまい…
スルースキルって何より大事。
雨の日に外に出る場合長靴が正解なのだろうが
高校生で自分の長靴を持っている人はどれくらいいるのだろうか…
という何でも無い事を考えつつスニーカーを履く。
いつも自分の使っている傘、そして父の傘をもって玄関の扉を開けた。
雨の日はあまり好きじゃない。
なんだか寂しい気持ちになるのだ…
だれかに置いていかれた気持ちになるのだ…
独りぼっちな…気がするのだ。
雨の日の匂い
濡れていく靴
静かに響く雨音
閑散とした路地
摩耗した空の色
何でも無いようなことなのに…
とても寂しく感じるのだ
湿った靴の中、温度を奪われていく足も
傘の柄を握る、冷たくなっていく手も
襟から入る冷気に、震える身体も
とても寒くて…
とても冷たくて…
とても寂しいのだ。
最寄りのバス停で父を待つ
雨音
ぽつぽつと滴る水滴
不思議と五月蝿くない、水の音
かすかに何かが鳴いた気がした
草むらの方
また聞こえた
かすかな鳴き声
けれど確かな、なにか
草むらへ入る
すっかり湿りきっていたスニーカーが水滴を含み
重みと冷たさが増す。
ジーンズにもすねの辺りにまで水滴が染み込む。
鳴き声が近くなる。
草むらを幾分か行った所に、それはあった
段ボールの中にそれはいた
「………猫」
すっかり濡れてしまって、すこし汚れた…
小さな白い猫が、そこにいた。
にゃぁ、と一声 かすかに震えている
その猫は私に近づくでも離れるでも無く…
ただ無垢な目で、私を見た。
にゃぁ と、また鳴いた。
「どうしたの?」
返事が帰ってこないことは分かっている
ただそれでも、問いかけてみた
「お父さんとお母さんは?飼い主は?」
分かっている。
この子が棄てられたのだということは。
それでも…
聞かずにはいれなかった。
問いかけずにはいられなかった。
にゃぁ と、その子はまた鳴いた。
「君も棄てられちゃったの?」
自分の言葉に引っかかりを覚えた
どうしてだろう…
何故だろう…
何故私は泣いているのだろう…
どうしてこんなに悲しいのだろう…
なんで、こんなにも寂しいのだろう…
傘を差すことも忘れて、
膝を抱えた
雨に震えた
身体は冷えていくのに
この感情は押し出されるばかりだった。
にゃぁ
子猫が私に近づいて
また、鳴いた
私は、その子に手をのばした
子猫は、逃げなかった
抱きかかえる
体毛は雨で濡れきっていて
とても、冷たい
それでも、そこには確かな
温かさがあった…
「凛ちゃん?」
いつも聞いている声
たった一人だけの家族の声
私の、父の声
「大丈夫?」
ああ、もう
悔しいなぁ
何でこんなに落ち着くんだろう…
いつの間にかバスは来ていたらしい
幾分かしてから…
父はこの状況を理解したらしく…
「よし」
そういうと父は段ボールを抱えて
ふぬけた私に傘と上着を差し出した。
「家に帰ろう」
「え………」
「今日から家族がもう一匹だ」
そうして
曇りのち雨の、今日この日。
相原家に、新しい家族が増えたのだった。