ティータイム・ストーリー(ソフィア編)第3話:テリトリーの主張
「……不法侵入よ、凪。お茶の淹れ方を教えなさい」
スカイクレスト六本木の一室。 神楽凪は、背後から聞こえてきた聞き慣れた涼やかな声に、危うく持っていたトーストを落としそうになった。 振り向くと、そこには当然のような顔でソフィア・ヴォルコワが立っていた。
「ソフィア……。あのな、うちはタワーマンションなんだ。窓は換気用に数センチしか開かないはずだし、施錠もしていたはずなんだが」
「騎士にとって、物理的な障壁は障壁ではないわ。分子レベルの透過……いえ、単純な空間干渉よ。少し手間取ったけれど」
「マジかよ――」凪が呆れた顔をした。「普通に玄関から入ってくればいいのに――」
彼女は平然と言ってのけたが、その額には微かに汗が滲んでいた。数センチの隙間から「侵入」するために、どれほどの高度な魔力制御を用いたのか、凪には知る由もない。
ソフィアは呆然とする凪を無視して、慣れた足取りでリビングへ向かい、ソファの「特等席」を確保した。そこには先客として、黒猫形態のイゾルデが丸まっていた。
ソフィアは無表情のまま、指先でイゾルデをそっと横へ押し出す。そして、凪がさっきまで座っていた場所の隣——わずかに彼の体温と、安っぽい洗濯洗剤の匂いが残る場所へ、しれっと腰を下ろした。
「にゃっはっは! ソフィア、また来たのかにゃ。窓の隙間から這い入ってくるとは、お前も相当な執念にゃあ」
イゾルデが金色の瞳を細めてニヤニヤと笑うが、ソフィアは鉄の意志でそれを黙殺し、凪を見上げた。
「……アールグレイ。ドン・キホーテで買ってきた、あの安物よ。これと同じものを一袋使いなさい」
彼女は、派手な黄色いパッケージを凪の鼻先に突きつけた。
「ああ、これか。ちょうど切らしてたんだ、助かるよ」
凪が苦笑しながら、何のこだわりも感じられない手つきでティーバッグをカップに放り込む。沸騰したての、温度管理もされていない熱湯が注がれ、数秒待ってから無造作に引き上げられる。
立ち上る湯気と共に、化学的なまでに強烈なベルガモットの香りが鼻腔をくすぐる。差し出されたカップを、ソフィアは両手で包み込むように持った。一口飲み、その粗野で、しかし温かい「安物の味」が全身を巡るのを感じる。
「……及第点ね」
彼女は小さく、誰にも聞こえないような声で呟いた。 高級マンションの窓の隙間から入り込むのは、いつもの六本木の喧騒だ。けれど、この少しだけ生活感の匂いがするソファの上だけが、今の彼女にとって唯一、呼吸が許される聖域だった。 その頬がわずかに緩んでいるのを、凪は気づかず、イゾルデだけが楽しそうに見守っていた。
ソフィアは大事なことを忘れていた。
「お茶菓子はないのか?」
「……昨日、柚葉が持ってきた焼き菓子が残ってる」
「それでいい」
ソフィアはそれだけ言って、また窓の外を向いた。イゾルデが「なぁ~」と小さく鳴いた。
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