ティータイム・ストーリー(ソフィア編)第1話:再現できない「安物の味」
ソフィア・ヴォルコワの朝は、完璧な静寂と共にある。
六本木、その一等地に建つ超高層マンションの最上階付近。ミニマリズムを体現したような、無機質で清潔なキッチンで、彼女は銀色の温度計を片手に、静かに沸騰を待つ湯を見つめていた。
「……九十八度。少し高いかしら。酸素が抜けすぎるわ」
彼女が再現しようとしているのは、先日、あの男——神楽凪の部屋で無理やり飲まされた紅茶の味だ。
目の前のカウンターには、英国王室御用達として知られる『フォートナム&メイソン』の格式高い金色の缶が並んでいる。さらにその横には、マリアージュフレール、ダマンフレールといった、世界中の紅茶愛好家が垂涎する最高級茶葉が、彼女の几帳面な性格を反映するように等間隔で整列していた。
銀のティースプーンで、一粒の無駄もなく正確に茶葉を量り、事前に温めておいたボーンチャイナのポットに投入する。砂時計が三分を告げる一秒前、彼女は静かにストレーナーを手に取った。
「…………」
カップに注がれた液体の色は、濁りのない美しい琥珀色。立ち上る香りは優雅で、一口含めばダージリン特有の繊細な渋みと花のような香りが鼻腔を抜ける。それは紛れもなく、世界で最も「正しい」紅茶の一杯だった。
しかし、ソフィアは冷徹な騎士の表情のまま、小さく首を横に振った。
「これじゃないわ」
凪の部屋で出されたのは、もっと野暮ったい、ベルガモットの香料が過剰なほどに主張するアールグレイだった。
あの日、彼女は確かにこう思ったのだ。
——なんて粗末な。
茶葉がポットの中で叫んでいる。こんなものを飲む人間の神経が理解できない、と。
それなのに、なぜかあの「安っぽい味」の方が、彼女の冷え切った指先を深く温め、決して人には見せない心の奥底の凝りを、不器用に溶かした気がした。
「……あの男が淹れるお茶は、もっと投げやりで、それでいて落ち着く毒のような味がしたはずよ」
ソフィアは、一口飲んだだけの最高級紅茶を置き去りにし、スマホを手に取った。 彼女がアクセスしたのは、高級スーパーのオンラインショップではない。ドン・キホーテのネットストアだ。
彼女は、凪の部屋のキッチンの隅で、確かに見かけたのだ。黄色い派手なパッケージの、五十袋入りで数百円という、暴力的なまでに安価なティーバッグを。
「……ベラヤ(白猫)としては、不本意だけれど」
指先が迷いなく『購入』ボタンを押す。ソフィアの瞳には、かつて戦場で見せたような鋭い決意が宿っていた。
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