ティータイム・ストーリー(イゾルデ編)第1話:留守番、はじまるにゃ
凪が出かけたのは、午後一時だった。
「彰彦さんとの打ち合わせで三時間くらいかかる。留守番頼む」
「なぁ~」
「部屋の中でおとなしくしてろよ」
「なぁ~」
ドアが閉まった。
イゾルデは窓枠に座って、しばらく外を見ていた。
東京タワーが見えた。
空が青かった。
……暇にゃ。
イゾルデはソファに移動した。丸まった。五分で飽きた。廊下を走った。三往復で飽きた。冷蔵庫を開けた。閉めた。キッチンのカウンターに乗った。降りた。
暇にゃ。
窓際に戻って外を見た。
スカイクレスト六本木の下に、小さな人間たちが歩いていた。どこかへ行く人間と、どこかから来た人間。みんな忙しそうだ。
ふと、テーブルの上に凪のスマホが置いてあることに気づいた。
イゾルデは少し考えた。
……配信、できるにゃ?
*
イゾルデは器用な前足でスマホを操作した。凪が使っているアプリとは別に、サブアカウントを自分で設定したことは、凪には言っていない。ヴァルナ様から「いざというときのために」と教えてもらった機能だ。
チャンネル名を入力した。「黒猫ちゃんねる イゾルデの留守番配信」。
配信開始ボタンを押した。
視聴者数、ゼロ。
「黒猫ちゃんねる、留守番配信、はじまるにゃ!」
誰もいなかった。
「……にゃ」
まあ、いい。いつもこうだった。凪も最初はゼロだった。
イゾルデは尻尾を立てて、カメラに向かって座り直した。
「今日は主がいないにゃ。イゾルデ一人にゃ。暇にゃから配信することにしたにゃ」
視聴者数が、一人になった。
コメントが来た。
【コメント欄】
名無しさん:え、なんか始まってる
「いらっしゃいにゃ」とイゾルデは言って、耳をぴくりと動かした。「ボクはイゾルデにゃ。黒猫ちゃんねるのイゾルデにゃ」
名無しさん:知ってる
名無しさん:魔神様は?
「いないにゃ」とイゾルデは即答した。「出かけたにゃ。だから留守番してるにゃ」
名無しさん:え
名無しさん:単独配信?
「そうにゃ」
視聴者が増え始めた。五人、十人、五十人。
アーカイブから流れてきた視聴者が、「これはなんだ」という顔でコメントを流し始めた。
【コメント欄】
鮭おにぎり:イゾルデさんが一人でいる……!?
DD(誰でも大好き):これは夢か
攻略ガチ勢:ペットが配信してる
鮭おにぎり:ペット言うな
DD(誰でも大好き):でもこれ許可取ってるの?
名無しさん:魔神様知ってるのかな
「許可にゃ?」とイゾルデは首を傾けた。「主が『おとなしくしてろ』と言ったにゃ。おとなしくしてるにゃ。配信は大人しい行為にゃ」
鮭おにぎり:絶対違う
攻略ガチ勢:哲学的すぎる
「いいにゃ」とイゾルデは言って、尻尾を大きく揺らした。「主が帰ってきたら怒られるかもしれないにゃ。でも、今は配信するにゃ」
DD(誰でも大好き):清々しい
名無しさん:好きこの生き物
視聴者数が、百人を超えた。
イゾルデ編、後2話続きます。
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