第17話 第四回配信——静かな怒り
いよいよ新章「第三章 陰謀と激突」に突入です。
お楽しみいただければ幸いです。
第四回配信を始めたのは、彰彦さんから「田所の件、片付きました」という連絡が来てから一週間後だった。
登録者数は、気づけば六万を超えていた。第三回配信のアーカイブが各所で拡散し続けているらしく、エルによると毎日数千人単位で増えているという。
「六万にゃ」とイゾルデが言った。蔵の前で、配信前の準備をしながら。
「多いな」「多いんだが、実感がない」
「なぁ~」
「お前も実感ないのか」
「ボクは元々、数字に興味がないにゃ」
まあそうだろうな、と俺は思った。千年単位で生きている神獣に、人間の配信登録者数を実感しろというのが無理な話だ。
黒猫マスクをつけて、ドローンを起動した。
「黒猫ちゃんねる、はじまるにゃ!」とイゾルデが言った。四回目も変わらない。
視聴者数が、開始と同時に五桁を超えた。
【コメント欄】
鮭おにぎり:来たあああ
魔神びいき:三回目キター
DD(誰でも大好き):イゾルデさん待ってた
名無しさん:今日はどこまで行くの
攻略ガチ勢:前回の三十五層超えるか?
「今日は前回の続きにゃ」とイゾルデが言った。「五十層の扉を開けるにゃ」
【コメント欄】
攻略ガチ勢:五十層!?
鮭おにぎり:前回は扉の前で撤退したのに
名無しさん:大丈夫なのか
迷える剣士:魔神様が行くって言うなら行くっしょ
「行くか」と俺は言って、蔵の入口をくぐった。
*
十五層まで、流れは順調だった。
十層でトロールの群れを捌き、十二層でストーンゴーレムを二体連続で処理した。イゾルデの風刃乱舞がコメント欄を沸かせるたびに、俺はサポートのタイミングを微調整する。二回の配信を経て、二人の連携は最初より明らかに洗練されていた。
【コメント欄】
DD(誰でも大好き):イゾルデさんの風刃乱舞、何回見ても惚れる
攻略ガチ勢:魔神様のデバフ→イゾルデさんのトドメ、パターンが確立されてきたな
匿名1号:この二人、マジで人類最強クラスじゃない?
十五層の広間に降りたとき、エルが告げた。
《警告。前方に人間の気配が複数あります。探索者と思われますが——異常な状況です》
「異常?」
《うち一名、生体反応が停止しています。他三名も魔力が著しく低下しており、戦闘不能の状態と推定されます》
俺は足を止めた。
「人間が、ダウンしてる? モンスターに?」
《モンスターによるものではありません。別の探索者による攻撃の可能性が高いです》
コメント欄が静かになった。視聴者も、配信の空気が変わったことを察したのだろう。
「行くぞ」イゾルデが無言で頷いた。
*
広間の奥に、五人の人間が立っていた。
装備は揃っている。いずれも高レベルの探索者だ。胸元に、青い羽根のエンブレムがついている——ブルーブラッドの下部構成員だ。その羽根の下に、もう一つ小さな紋章が刻まれていた。赤い剣を交差させた意匠。どこかで見たことがある気がしたが、今は後回しでいい。
その足元に、四人が倒れていた。
一人は、動いていなかった。
残り三人は、壁に背を預けてかろうじて意識を保っている。全員、重傷だ。回復魔法を使った形跡があるが、限界が見える。
五人の男の一人が振り返った。俺たちを見て、一瞬だけ目を細めた。
「なんだ、邪魔すんな。これは俺たちの仕事だ」
「仕事」と俺は繰り返した。「人を殺すのが仕事か」
「断ったのが悪い」と男は言った。悪びれた様子は全くなかった。「俺たちのパーティーに加わるよう誘ってやったのに、生意気なことを言いやがったから、こうなった。自業自得だ。これは上からの命令でもある」
俺は倒れている四人を見た。
リーダーと思われる男性が、一番手前で俯せに倒れている。動かない。胸の魔力反応が、完全に消えている。
死んでいる。
息を吸おうとして、喉が詰まった。
怒りというより、冷たいものが腹の底に沈んでいった。田所に怒鳴られ続けたあの三年間でも、こういう怒り方はしなかった。静かで、どこにもぶつけようのない種類の怒りだ。
残り三人は、まだ生きている。ただ、このまま放置すれば、そのうちの何人かは助からない。
《主》とエルが静かに言った。《視聴者数が、現在八万を超えています。この状況は、配信を通じて多数の視聴者が目撃しています》
コメント欄が、視界の端で止まっていた。八万人が、何も打てずにいる。
【コメント欄】
鮭おにぎり:え、何が起きてる
名無しさん:これって……
匿名2号:リーダーの人、動いてないよな
攻略ガチ勢:ダンジョン内での殺人?
迷える剣士:魔神様、どうする
「イゾルデ」
「なぁ~」とイゾルデが短く鳴いた。準備完了の声だ。
俺は五人を見た。静かな声で言った。
「三人を治療する。お前たち、どかないと後悔するぞ」
男たちが笑った。
「あ? お前ら、何者か知らないが——」
「重圧」
俺は叫ばなかった。心の中で、静かに唱えた。
五人の動きが一瞬で鈍った。表情が、驚きに変わった。俺はそのまま続けた。
「幻惑。束縛」
三つのデバフが、ほぼ同時に展開された。五人が、まるで粘土に沈むように動けなくなった。
イゾルデが動いた。
音がなかった。残像も見えなかった。ただ、気づいたときには五人が次々と吹き飛んでいた。壁に叩きつけられ、地面に転がった。短剣の刃ではなく、鞘と蹴りで。殺しはしない。ただ、骨が数本折れる音がした。
十秒もかからなかった。
【コメント欄】
鮭おにぎり:え
名無しさん:え?
DD(誰でも大好き):速すぎて何が起きたか分からなかった
攻略ガチ勢:魔神様、今デバフを声に出さなかったよな
魔神びいき:イゾルデさん……本気出してた?
「再生」と俺は唱えた。
倒れている三人に、回復の魔力を流した。傷が完全に塞がるわけではないが、緊急の処置として十分だ。呼吸が安定した。意識が戻りかけている。
俺は立ち上がって、転がっている五人を見下ろした。
五人は動けなかった。折れた骨と、デバフの残滓で、しばらくは立てない。
俺はしゃがんで、一人の胸倉を掴んだ。静かに言った。
「お前たちが何者かは知っている。ただ、今日のことを誰かに報告するかどうかは、お前たちの自由だ」
「て、てめえ……覚えてろ」
「覚えておいていい」「ここは三十層の入口まで連れていく。三十層から自力で帰れたら、運がいい」
男が目を見開いた。
「三十層だと? 俺たちのレベルじゃ——」
「知っている」と俺は言って、立ち上がった。「だから、運がいいと言っている」
【コメント欄】
匿名1号:鬼だ
名無しさん:いや、でも相手がやったこと考えたら……
匿名2号:リーダーの人が……
鮭おにぎり:魔神様、今めちゃくちゃ怒ってたよな
攻略ガチ勢:静かな方が怖い
tk_investigator:ダンジョン内での犯罪、普通に取り締まれないの?
迷える剣士:協会は?ダンジョン庁は?
*
俺は五人の襟首をまとめて掴んだ。
「ちょっと待て、何をする気だ——」
男が言い終わる前に、俺は三十層への転移を行使した。
一瞬の暗転。次の瞬間、五人ごと三十層の入口に立っていた。
【コメント欄】
鮭おにぎり:転移した!?
名無しさん:瞬間移動?
攻略ガチ勢:魔神様、そんな能力まで持ってるの
五人を放り込んで、扉を閉めた。
三十層には、俺たちがこれまで遭遇した中でも強い部類のモンスターがいる。ブルーブラッドの下部構成員なら、傷を抱えた状態でも全滅はしないだろう。おそらく。
ただ、楽はできない。それだけは確かだ。
「配信、一旦止めるにゃ?」とイゾルデが俺に言った。
「いや、続ける」「見てる人間には、最後まで見てもらった方がいい」
俺はカメラに向き直った。
「……倒れていた三人は、今は安定しています。意識も戻っています。ここから先の治療は、協会に連絡して対応してもらう」
【コメント欄】
魔神びいき:魔神様……
攻略ガチ勢:協会、ちゃんと動くの?
匿名1号:ダンジョン内犯罪って立件できないんだよね確か
tk_investigator:この配信が証拠になるんじゃないか
名無しさん:リーダーの人は……もう……
「ダンジョン内での犯罪に対する法的な対処は、今の制度では十分じゃない」と言った。「それは俺には変えられない。ただ——見て見ぬふりはしない。今日はそれだけだ」
コメント欄が、しばらく流れなかった。
【コメント欄】
迷える剣士:見て見ぬふりはしない
名無しさん:……魔神様
DD(誰でも大好き):好きだわこの人
匿名2号:俺も探索者だけど、ダンジョン内の無法地帯ぶりはマジで問題だと思ってた
鮭おにぎり:この配信、絶対拡散される
俺はイゾルデを見た。
「行くぞ。五十層まで」
「なぁ~」とイゾルデが言った。いつもより、少し静かな声で。
*
その夜、如月透はデスクで配信のアーカイブを見ていた。
何度目かの再生だった。
五人を三十層に放り込む場面。静かな声で「運がいい」と言う仮面の人物。コメント欄に溢れた「ダンジョン内犯罪は取り締まれないのか」という問い。
如月はスマホを手に取った。
神楽凪への連絡は、明日でいい。ただ——この配信が持つ意味は、如月には分かった。
証拠ではない。しかし、世論だ。
ダンジョン庁が動けない間に、民間の配信者が問題を可視化した。百万人が見れば、政治家が動かざるを得なくなる。
如月はもう一度、五人の装備を拡大した静止画を見た。青い羽根の下の、赤い交差した剣の紋章。「血脈の誓い」——平野翔太の直属パーティーだ。村神の飼い犬の中でも、最も御しにくい一匹。
今回の件が平野の耳に入れば、仮面の配信者への注目が集まる。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
如月は画面を閉じて、天井を見た。
神楽凪という人間は、計算してやっているのか。それとも、本当にただ怒っただけなのか。
おそらく——両方だ。
それが、この人物の厄介なところだと、如月は思った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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