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第13話 妹と、改良版の腕輪

 柚葉から連絡が来たのは、彰彦さんとの会合の翌日だった。


「お兄ちゃん、今日の夕方、実家に来られる?」


「行けるけど、何かあったか。珍しいな、お前から呼び出しなんて」


「腕輪の改良版ができたから、受け取ってほしくて。それと——ちょっと話したいこともあるし」


「話したいこと? 彰彦さんから何か聞いたか」


「……少しだけ」


「そうか。まあ、夕方に行く」


 電話を切ってから、イゾルデが肩の上で「柚葉にゃ」と言った。


「そうだ。なんで嬉しそうにしてるんだ、お前」


「柚葉に会えるにゃ」


「俺も会うんだが、俺のときはそんな顔しないな」


「凪には毎日会ってるにゃ」


「なるほど、希少価値か。俺には希少価値がないわけだ」


「なぁ~」とイゾルデが鳴いた。肯定の声だった。俺は苦笑した。


  *


 夕方、実家に着くと、柚葉がリビングのテーブルに小さなケースを置いて待っていた。


 白衣は脱いでいるが、姿勢はどこか研究者のままだ。イゾルデを見るなり「イゾルデちゃん来た」と顔を輝かせて、腕を伸ばした。イゾルデが迷いなく飛び込んだ。


「本当に分かりやすいな、お前は。俺が来たときと顔が違いすぎる」


「イゾルデちゃんはかわいいんだから仕方ない」と柚葉は言いながら、イゾルデを抱きかかえたまま椅子に座った。「お兄ちゃんも座って」


 向かいに座ると、柚葉がケースを開けた。


 中に腕輪が二つ入っていた。


 見た目は今使っているものとほぼ同じだ。黒い金属の輪。ただ、表面の模様が少し変わっている。細い線が複雑に絡み合っていて、前のものより精巧な印象がある。


「改良点を説明するね」と柚葉は言った。声が、研究者のものに切り替わった。「今の腕輪は魔力を1/100に抑制してるけど、抑制率を手動で調整できるようにした。右の腕輪についてるここを回すと、抑制率を変えられる。最大で1/10まで緩められる」


「それは助かる。今まで腕輪を外すか外さないかの二択しかなかったから、緩急がつけにくかったんだよな。三十五層の魔獣と戦ったとき、腕輪を一つ外したんだが——あの瞬間、魔力の制御がちょっと怖かった。段階的に調整できるなら、それがなくなる」


「やっぱりそうなんだ」と柚葉はうなずいた。「配信で見てて、あの場面だけ動きが違うと思ってたから。ちゃんと理由があったんだね」


「お前、配信を分析してたのか」


「当然でしょ」と柚葉は言って、スマホをテーブルに出した。「ほら、今日もカネゴンさんからスパチャ来てるよ。五十万」


 俺はスマホを見た。確かに来ていた。コメントには「イゾルデたん、今日も天才的だった。後ろのモブは相変わらず邪魔だけど、まあ許してあげる」と書いてあった。


「許してもらえた」


「喜ぶとこ?」と柚葉は呆れた顔をした。


「研究者だもの」と柚葉はさらりと言った。「それと、もう一つ。今の腕輪は魔力が急激に増大したとき——感情が激発したりしたとき——限界を超えると壊れる可能性がある。改良版は安全弁を追加してある。限界に近づくと自動で抑制率を上げる仕組み」


 俺は少し黙った。


「……お前、俺が腕輪を壊すと思ってるのか」


「思ってない」と柚葉は即答した。「ただ、備えておきたい」


 俺は柚葉の顔を見た。


 表情は穏やかだが、目の奥に何か引っかかっているものがある。研究者の顔ではなく、妹の顔だ。


「話したいこと、というのはそっちか」


 柚葉が少し間を置いた。イゾルデを撫でながら、視線をテーブルに落とした。


「彰彦さんから少し聞いたんだ。大公のこと。如月さんのこと」


「……どこまで」


「概要だけ。詳しくは聞かせてもらえなかった」と柚葉は言った。「でも、お兄ちゃんが結構ややこしいところに踏み込んでるのは分かった」


「まあ、否定はできないな」と言った。「ただ——踏み込もうと思って踏み込んだわけじゃなくて、気づいたら踏み込んでた、という感じの方が近い。深淵ダンジョンが出てきて、覚醒して、チャンネルを始めて、そうしたら向こうから色々と来た。逃げることもできたけど、逃げる理由が見つからなかった」


「怖くないの?」と柚葉は聞いた。


「怖いよ。普通に怖い。大公とかいう人間が何を考えてるか、俺にはまだ全部見えてないし、如月さんとかいう調査官が俺をどう使おうとしてるかも分からない。怖くないはずがない」と言った。「ただ、怖いのと動けないのは別の話だから。動ける間は動く。それだけだ」


 柚葉がしばらく黙っていた。


「……お兄ちゃん、覚醒してから変わったよね」


「そうか? 自分じゃ分からないけど」


「変わった。でも——悪い方じゃない」と柚葉は言った。「田所さんのところにいたころのお兄ちゃんは、なんか、ずっと疲れた顔してたから。今の方がずっといい」


「そうか」と俺は言って、少し視線を外した。「まあ、俺も今の方がいい。当時は毎朝起きるのが嫌だったからな」


「そんなにひどかったの」


「ひどかった。イゾルデが来た最初の朝も、悪夢で目が覚めてたんだよ。田所の夢。目が覚めてもしばらく現実に戻れなくて——そこにこいつが枕元にいたわけだ」


 イゾルデが「なぁ~」と鳴いた。


「今はそういう夢、見ない?」と柚葉は聞いた。


「最近は見てないな。忙しすぎて夢を見る暇もないのかもしれないけど」と俺は言って、少し笑った。「悪くない忙しさだ」


 柚葉が小さく息を吐いた。安堵の息だ、と分かった。


「腕輪が壊れるような場面が来たとき、お兄ちゃんが無事でいてほしい。それだけ」


「うん」「気をつける」


「気をつけるだけじゃ足りないから安全弁をつけたんだけど」


「それもそうだな。ありがとう、柚葉。本当に助かる」


 柚葉が顔を上げて、少し笑った。いつもの柚葉の顔だ。


「どういたしまして。以上、報告終わり」


 俺は腕輪を受け取って、今つけているものと交換した。


 重さはほぼ同じだ。ただ、手首に触れる感触が少しだけ違う。柚葉が時間をかけて調整した痕跡が、細部に残っている。


《新しい腕輪の魔力パターンを確認しました》とエルが言った。《抑制機構の精度が前のものより格段に上がっています。安全弁の応答速度も良好です。……柚葉さんの技術は、なかなかのものですね》


「エルがそう言うなら本物だな」と俺は小声で言った。


「何か言った?」と柚葉が聞いた。


「独り言。腕輪の出来がいいと思って」


「当然です」と柚葉は胸を張った。「一条グループの研究員をなめないで」


「なめてないなめてない。お前が優秀なのはよく知ってる。だから頼んでるんだから」


「よろしい」


  *


 帰り際、玄関で柚葉が「そういえば」と言った。


「なんだ」


「田所さんの件、彰彦さんが動いてくれてるって聞いた?」


 俺は少し止まった。


「聞いてないな。彰彦さん、そういうことを俺に直接言わないんだよ。やってから事後報告、みたいな人だから」


「そうなんだ」と柚葉は言った。「法的な手続きを進めてるらしいよ。詳しくは私も知らないけど——彰彦さん、お兄ちゃんのことを本当に気にかけてるんだと思う」


「……そうだな」少し間を置いてから、「ありがたいけど、なんか申し訳ないな。俺のために柚葉の婚約者を動かしてるみたいで」


「彰彦さんがやりたくてやってることだから、気にしなくていいよ」と柚葉は言った。「それに、お兄ちゃんのことは私も気にしてるんだから、婚約者が動いてくれるのは当然でしょ」


「なんか、お前に頼ってばっかりだな俺は」


「いいじゃない、家族なんだから」と柚葉はあっさり言った。「気をつけてね」


「ああ。また来る」


 夜道を歩きながら、肩の上のイゾルデが「柚葉、いい子にゃ」と言った。


「そうだな」


「凪も、いい兄にゃ」


「どこが、と聞きたいところだけど、今日は素直に受け取っておく」と俺は聞いた。「柚葉に会うと、なんか、妙に素直になれるんだよな。普段は言わないようなことを言ってる気がする」


「家族にゃ」とイゾルデは言った。


「そうだな」


 改良版の腕輪の感触を確かめながら、夜道を歩いた。


 やることはまだある。アリスと会う。如月と話す。深淵の五十層の向こうに踏み込む。


 ただ今夜は、妹が作った腕輪の重さが、悪くない重さだと思った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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