第11話 5級昇格と、黒猫、動き出す
南大沢支部に着いたのは、朝の九時過ぎだった。
いつも通り番号札を取って列に並んだが、今日は少し様子が違った。窓口に呼ばれると、坂崎さんが端末を操作しながら、いつもより少しだけ改まった声で言った。
「神楽さん、本日の計画書の前に、お伝えしたいことがあります」
「なんですか」
「5級昇格の審査が通りました」
俺は少し間を置いた。
「……そうですか」
「先月の登録からここ数週間の探索記録と討伐実績を照合した結果、協会の基準を満たしていると判定されました」と坂崎さんは言った。「レベル10は5級の下限ですが、実績が伴っていれば昇格は認められます。神楽さんの場合、単独での五層到達・討伐数・帰還率、全て問題ありませんでした」
「ありがとうございます」
「おめでとうございます」と坂崎さんは言って、新しい免許証を差し出した。「5級になると、南大沢では十層まで単独潜入が認められます。パーティーを組めば二十層まで可能です」
俺は免許証を受け取った。
6級から5級。数字は一つしか変わっていない。しかし坂崎さんが「おめでとうございます」と言ったのは、これが初めてだった。
「ありがとうございます」と俺は言って、免許証をポケットに入れた。「……これで堂々と十層まで行けますね。今まで無許可でかなり深くまで行ってたんですが」
「……それは聞かなかったことにします」と坂崎さんは言った。
「助かります」
「坂崎さん」
「はい」
「この審査、通常のタイミングより早くないですか」
坂崎さんが少し目を細めた。
「標準的な期間です」と坂崎さんは言った。「……ただ、私が上に確認を入れたのは事実です」
「なぜ」
「神楽さんが腕輪を二つつけていることは、最初から気になっていました」と坂崎さんは言った。仕事の声だったが、その下に別の何かが混じっていた。「レベル数値と実態が乖離している探索者は、放置すると事故につながることがあります。昇格して適切な階層に誘導した方が、安全管理上も合理的です」
なるほど、と俺は思った。
感謝と、少しの警戒が同時に来た。坂崎さんは俺を心配している。それは本当だろう。しかし同時に、元探索者の目で俺を測り続けてもいる。
「分かりました」「気にかけてもらって、ありがとうございます」
「仕事ですので」
坂崎さんが端末に視線を戻した。
「今日の計画書、記入してください」
*
新しい免許証をポケットに入れて、支部を出た。
「5級にゃ」とイゾルデが肩の上で言った。「おめでとうにゃ、凪」
「お前に言われると妙な感じがするな」
「なんでにゃ」
「俺の本当のレベルを知ってるやつに祝われても」
「それはそれ、これはこれにゃ」とイゾルデは言って、尻尾を揺らした。「地道に積み上げたのは本当のことにゃ。偉いにゃ」
《昇格おめでとうございます、主》とエルが言った。《なお、5級になったことで南大沢ダンジョンの十層まで単独潜入が可能になりました。十層の平均モンスターレベルは推定18~22です。腕輪装着時の主のレベルが10であることを考慮すると、慎重な立ち回りが必要です》
「分かってる」
《……ただ、坂崎さんの判断は正しいと思います》とエルは続けた。《6級のままでは、主の実績と免許の乖離がいずれ問題になっていました。5級という枠組みの中で動く方が、長期的に自然です》
「坂崎さんの肩を持つのか」
《事実を申し上げているだけです》
俺は歩きながら、免許証を取り出して見た。
神楽凪、5級。
偽りの数値だが、積み上げたのは本物だ。イゾルデが言った通り、それはそれだ。
支部の外に出ると、ロビーで話していた二人組の探索者が通り過ぎた。声が断片的に聞こえた。
「……血脈の誓いが最近また動いてるらしいぞ」
「あそこは関わるな。断ったら面倒なことになるって聞いたぞ」
声が遠ざかった。
《血脈の誓い》とエルが静かに言った。《ブルーブラッド傘下のパーティーです。リーダーは平野翔太、子爵位。南大沢を中心に活動しており、探索者への強引な勧誘で協会内でも問題になっています》
「……また新貴族絡みか」
《はい。ただし現時点では凪への直接的な接触はありません。念のため、把握しておくべき存在です》
俺は少し頭の中に置いてから、歩みを再開した。
「昇格、聞きました」
「坂崎さんから聞いたんですか? 早いですね」
「協会のデータは一条グループも確認できます」と彰彦さんは言った。「それより、神楽さん。少し話したいことがあります。今週中に時間をもらえますか」
「内容は」
「アリスのことです」と彰彦さんは言った。「それと——如月透という名前に、心当たりはありますか」
俺は少し間を置いた。
如月透。ダンジョン庁の調査官。「tk_investigator」として黒猫ちゃんねるをフォローしている人間だ。エルが把握している。
「聞いたことはあります」と俺は答えた。「tk_investigatorさんですよね」
電話の向こうで、少しだけ間があった。
「……神楽さんは、やはり把握が早いですね」と彰彦さんは言った。穏やかな声だったが、少し笑っているような響きがあった。「彼が神楽さんに接触しようとしているという情報があります。詳しくは会って話したい。明後日、都合はどうですか」
「空けます。彰彦さんから連絡が来るときは、だいたい面倒な話なので」
「面倒とは失礼ですね」と彰彦さんは言った。今度は明確に笑っていた。「ただ——当たっています」
「ありがとうございます。場所は追って」
電話が切れた。
イゾルデが俺の膝の上に乗ってきた。
「如月にゃ」
「知ってるか」
「名前くらいはにゃ」とイゾルデは言った。「ダンジョン庁の中で、珍しく筋の通った人間らしいにゃ。エルが調べてたにゃ」
《はい》とエルが言った。《如月透については以前から情報を収集済みです。新貴族による官僚買収を独自に調査しており、証拠不足で動けない状況が続いています。主を「使えるかもしれない」と判断している可能性があります》
「待ってくれ」「お前、なんでそこまで知ってるんだ。如月は庁内の非公式部門の人間だろ。表に出てくる情報じゃないはずだが」
《精霊のネットワークです》とエルは言った。あっさりと。
「精霊の」
《地上には様々な精霊が存在しています。人間には認識されていないものがほとんどですが、わたくしたちの間では情報の流通があります。如月透という人物は、調査官としての動きが活発なため、複数の精霊が把握していました》
「……お前ら、そんなことをしてたのか」
《情報収集はわたくしの本業です》とエルは言った。《ご不満でしたか》
「不満じゃない。ただ、少し怖い」
《ご安心ください。主に関する情報は外に出しておりません》
「それはそれで、お前らの間だけで俺の情報が共有されてそうで怖いんだが」
《……善処いたします》
イゾルデが俺の膝の上でくつくつと笑っていた。
「使う、か」「お互い様だな」
《そのような状況かと》
俺は窓の外を見た。
5級昇格。彰彦さんからの呼び出し。如月の接触。アリスのこと。
随分と、一度に動き始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたなら、ブックマークと高評価をよろしくお願いいたします。
作者の励みになります。




