第9話 第三回配信・風刃乱舞の洗礼
三回目の配信は、前回より準備を整えた。
前回のメインドローンに加えて、今回は追加のカメラを二台用意した。一台はイゾルデの動きを追うための小型ドローン、もう一台は俯瞰アングル用の固定カメラだ。メインの八軸ドローンが後方から全体を追い、サブカメラで戦闘の細部を拾う。複数のアングルで撮れれば、バトルシーンの臨場感が全く変わる。
「今日はどこまで行くにゃ?」とイゾルデが聞いた。
「前回は二十五層で止まった。今日は五十層を目指す」
「五十層」とイゾルデは言って、短剣を二本、腰のホルスターから抜いて確認した。黒い刀身が、南大沢ダンジョンの入口の光を反射している。「準備はいいにゃ」
「お前、嬉しそうだな」
「当然にゃ」とイゾルデは言って、刀身を鞘に戻した。「前回は力を抑えすぎたにゃ。今日はもう少し本気出すにゃ」
俺は配信アプリを起動した。
「黒猫ちゃんねる、はじまるにゃ!」
イゾルデが宣言した。三回目でもう板についている。
視聴者数が、開始三秒で四桁を超えた。
【コメント欄】
鮭おにぎり:きたああああ
魔神びいき:魔神様だ
DD(誰でも大好き):イゾルデさんの短剣、新装備?
名無しさん:今日はどこまで潜るの
「今日は五十層を目指すにゃ!」とイゾルデが視聴者に向かって宣言した。「前回より激しくなるにゃよ——瞬き禁止だにゃ!」
攻略ガチ勢:五十層!?
名無しさん:正気か
匿名1号:日本の最深記録が二十九層なのに
「行くか」と俺は言って、階段を降りた。
*
十層まではウォーミングアップだった。
ゴブリンの群れ、リザードマンの小隊、鎧を纏ったスケルトン。イゾルデが前衛で捌いて、俺は後方から状況を見ながらサポートを入れる。
十二層の広間で、リザードマンが八体まとめて出てきた。
《警告。リザードマン八体を確認。うち二体が魔法使いタイプです。後方の魔法使いを先に処理することを推奨します》
「イゾルデ、前の六体を頼む。後ろの魔法使い二体は俺が止める」
「任せるにゃ」
イゾルデが地を蹴った。
速い。腕輪を装着した俺の目でも、残像が見えるほどの速度だ。六体のリザードマンが反応する前に、イゾルデは先頭の一体に肉薄して右の短剣を喉元に叩き込んだ。返す刀で左の短剣が次の一体の腕を斬り飛ばす。
「――重圧崩落!」
俺は後方の魔法使い二体に向けてデバフを放った。魔力の波動が広がって、二体の動きが目に見えてスローになった。詠唱が止まる。
「――束縛鎖鳴!」
追い打ちで足元に魔法陣が展開され、二体がその場に縫い止められた。
「――魔弾射出!」
圧縮した魔力弾を二発、連続で撃ち込んだ。束縛鎖鳴で動けない標的に、魔弾が正確に直撃する。
二体が崩れ落ちた。
振り向くと、イゾルデが残りの四体を片付け終えていた。
【コメント欄】
DD(誰でも大好き):速すぎるイゾルデさん
攻略ガチ勢:魔神様の魔法、何種類あるの
攻略ガチ勢:重圧崩落って何?デバフ系?
鮭おにぎり:束縛鎖鳴からの魔弾射出コンボえぐい
匿名2号:二人の連携が神がかってる
「凪、ナイスにゃ」とイゾルデが言った。
「お前が速すぎて、サポートが間に合わないぞ」
「それくらいがちょうどいいにゃ」とイゾルデは笑った。「ボクが速いほど、凪のサポートが際立つにゃ」
なるほど、考えてやがる。
*
二十層を超えたあたりから、モンスターの質が変わった。
単体での強さが上がり、魔法を使う個体が増え、群れで連携してくる。
二十三層の通路で、俺たちは立ち止まった。
《警告。前方通路に魔力の壁を検知。トラップの可能性があります。踏み込むと周囲のモンスターが一斉に起動する可能性が高い》
「罠か」
「どうするにゃ?」とイゾルデが聞いた。
「わざと踏む」
「……え?」
「罠を利用する。一か所に集めた方が、まとめて処理できる」
【コメント欄】
鮭おにぎり:え、わざと踏むの?
名無しさん:正気か魔神様
攻略ガチ勢:策士だわ
俺はイゾルデに目配せした。
「お前は天井に張り付いて待機しろ。罠が起動した瞬間に上から叩く」
「了解にゃ」とイゾルデは言って、壁を蹴って天井に飛びついた。そのまま逆さまに張り付いて、短剣を両手に構えた。
俺はゆっくりと、罠の中心に向かって歩いた。
足が魔力の壁を踏み抜いた瞬間、通路の壁が一斉に開いた。
出てきたのは、オークが十二体。重装備の大型モンスターだ。一体一体がゴリラほどの巨体で、鉄の棍棒を持っている。
《オーク十二体。平均レベル推定22。物理攻撃力が高く、魔法耐性も中程度。速度が遅いことが唯一の弱点です》
「遅いなら、使いようがある」と俺はつぶやいた。
「――魔力錯乱!」
魔力が霧状に広がって、十二体のオークの視界を同時に奪った。オークたちが混乱して、互いにぶつかり始める。
「――神速迅雷!」
天井のイゾルデに向けてバフを送った。金色の光がイゾルデの体を包む。
「行くにゃ——風刃乱舞!」
イゾルデが天井から降下した。
二本の短剣が金色の光を纏い、旋風のように回転しながらオークの群れに突っ込んでいく。一体、二体、三体——短剣が弧を描くたびに、オークが吹き飛んだ。魔力錯乱で視界を奪われているオークには、どこから攻撃が来るのかすら分からない。
四秒で、十二体が沈んだ。
【コメント欄】
DD(誰でも大好き):風刃乱舞ってなに今の
名無しさん:ファンタジーすぎる
攻略ガチ勢:魔力錯乱からの神速迅雷バフコンボ!
魔神びいき:イゾルデさん強すぎて笑う
鮭おにぎり:魔神様の策略がえぐい
匿名1号:これほんとに人間?
「ナイスにゃ」
「凪のバフがあってこそにゃ」とイゾルデは短剣の血を拭いながら言った。「神速迅雷の乗り心地、最高にゃ」
「乗り心地って言うな」
*
三十層を超えた。
前回と同じ、金色に輝く壁と宝石のような花が広がる景色だ。視聴者のコメントが再び沸き立った。
【コメント欄】
鮭おにぎり:また来た、この景色
匿名2号:やっぱり本物だったんだ
攻略ガチ勢:初見の人、これが三十層以降な
Белая кошка:信じられない
しかし今日は先がある。
俺たちは立ち止まらずに、さらに下へ降りた。
三十五層で、今までと違うモンスターが現れた。
四足歩行の巨大な魔獣だ。体長は五メートルを超えていて、全身が漆黒の鱗で覆われている。背中に翼の痕跡のような突起があり、眼が四つある。
《未知の個体を検知。データベースに該当なし。魔力反応は現在までに遭遇した個体の中で最大級です。……慎重に行動することを推奨します》
「エル、弱点は」
《現在解析中です。少し時間をください》
「時間があるといいんだがな」
魔獣が低く唸った。地面が微かに震えた。
「でかいにゃ」とイゾルデが短剣を構えながら言った。「でも、やるにゃ」
「待て、まず様子を見る。エル、何か分かったか」
《魔力反応の分布から推測します。四つの眼のうち、左上の眼が魔力の集中点です。おそらくそこが核になっています。……ただし推測です。確証はありません》
「推測でも十分だ。イゾルデ、左上の眼を狙え。俺が動きを止める」
「了解にゃ」
魔獣が動いた。
四本の脚が地面を蹴って、信じられない速度で突進してくる。
「――重圧崩落!」
デバフを叩き込んだ。魔獣の動きが鈍る——しかし止まらない。魔力耐性が高い。
《魔力耐性、予想より高め。重圧の効果が三割程度に落ちています》
「三割でも使う——束縛鎖鳴!」
足元に魔法陣を展開した。完全には止まらないが、速度がさらに落ちた。
「今にゃ!」
イゾルデが横から跳躍した。鈍った動きの魔獣の首元を駆け上がって、左上の眼に向けて右の短剣を突き込む。
魔獣が絶叫した。
しかし死なない。眼から黒い液体を噴き出しながら、尻尾を薙ぎ払ってくる。
「イゾルデ、下がれ!」
イゾルデが跳んで距離を取った。尻尾が床を叩いて、石畳が砕け散る。
「効いてはいるにゃ。でも死なないにゃ」
「核は合ってる。もう一押しだ」と俺は言って、魔導ブレードを抜いた。「俺が注意を引く。その隙にもう一度、同じ眼を狙え」
「凪が前に出るにゃ?」
「たまにはな」
【コメント欄】
鮭おにぎり:魔神様が前に出た!
DD(誰でも大好き):やばいやばいやばい
迷える剣士:死なないでー!
俺は腕輪を一つ外した。
体に、力が戻ってくる。半分だけ解放した魔力が、腕の先まで充填される感触。
魔獣が俺を見た。
四つの眼のうち、無傷の三つが俺を捉えた。本能的に、俺の方が脅威だと判断したらしい。
「そうだ、こっちを見ろ」
俺は魔導ブレードに魔力を込めながら、魔獣の正面に立った。魔獣が突進の構えを取る。
「――氷刃裂破!」
氷属性の魔法を顔面に叩き込んだ。直撃はしないが、視界を霞ませることが目的だ。
魔獣が怯んだ一瞬。
「今にゃ——風刃乱舞!」
イゾルデが死角から跳んだ。神速迅雷のバフはないが、イゾルデ本来の速度で十分だ。二本の短剣が金色の光を纏い、傷ついた左上の眼に正確に突き込まれる。
今度は、深く。
魔獣が断末魔の叫びを上げた。
全身から魔力が漏れ出して、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。地面に倒れた魔獣の体が、光の粒子に変わって消えていく。
残ったのは、一つの核石だった。
金色に輝く、拳大の石。
《討伐完了。ドロップアイテム――深層核石。未登録素材です。魔力の密度が極めて高く、現時点での価値算定は困難です》
「虚空格納」
核石が光の粒子となって消えた。
【コメント欄】
鮭おにぎり:やばかった
名無しさん:心臓止まるかと思った
攻略ガチ勢:魔神様が前に出た瞬間、空気変わった
匿名1号:腕輪外したときの雰囲気えぐい
DD(誰でも大好き):イゾルデさんの最後の一撃かっこよすぎ
魔神びいき:二人の連携、もはや芸術
「無事にゃ?」とイゾルデが俺の顔を覗き込んだ。
「問題ない」と俺は言って、外した腕輪をはめ直した。「お前こそ怪我は」
「ちょっと尻尾に当たったにゃ」とイゾルデは言って、尻尾を見せた。先端が少し焦げていた。
「それは怪我じゃないのか」
「大丈夫にゃ。かすっただけにゃ」
俺は苦笑して、「再生」を静かに唱えた。イゾルデの尻尾に温かい光が集まって、焦げた部分が元に戻っていく。
「……ありがとうにゃ」とイゾルデが言った。珍しく、少し照れたような声だった。
《お二人とも、お疲れ様でした》とエルが言った。《なお、このバトルの配信視聴者数は現在一万二千人を超えています》
「一万二千」と俺は繰り返した。
《はい。途中から急増しました。魔神様が前に出た瞬間から、視聴者が爆発的に増えています》
【コメント欄】
鮭おにぎり:これ絶対バズる
名無しさん:拡散してくる
匿名2号:黒猫ちゃんねる登録した
攻略ガチ勢:魔神様の正体、本当に何者なの
俺はコメント欄を流し見しながら、息を整えていた。
その中に、見覚えのない名前が混じっていた。
【コメント欄】
JIN_KIRISHIMA:その判断は悪くない
一瞬、意味が分からなかった。
いや、文字は読める。
読めるのに、脳が処理を拒んだ。
「……は?」
思わず声が漏れた。
【コメント欄】
名無しさん:え
迷える剣士:は???
黒まめ:ちょっと待って今の本物?
南多摩ダイバー:JIN_KIRISHIMAって、あの霧島迅?
検証班A:偽物だろさすがに
名無しさん:いや本人マーク付いてる
肉球信者:特級きた!?
迷える剣士:雷槍の霧島じゃん!!
名無しさん:黒猫ちゃんねるに何してんの本物
黒まめ:欄がバグった
喉が、ひどく渇いた。
霧島迅。
夜明け前の布団の中で、俺がただ眺めるしかなかった、画面の向こうの本物。
その名前が、今、俺の配信のコメント欄にある。
「……イゾルデ」
「にゃ?」
「今の、見たか」
「見たにゃ」
イゾルデはあっさりと言った。
「有名人が来たにゃ」
「雑すぎるだろ」
【コメント欄】
JIN_KIRISHIMA:黒猫の動きもいい
JIN_KIRISHIMA:無駄が少ない
【コメント欄】
黒まめ:イゾルデちゃん褒められた!!
肉球信者:公式評価きた
迷える剣士:魔神様より猫見られてて草
南多摩ダイバー:いやでもあの霧島が二回言うの相当だぞ
検証班A:ちょっと待って本物なら話変わってくるんだが
名無しさん:黒猫ちゃんねる、そんな位置まで来たのか……
胸の奥が、妙にざわついていた。
嬉しい、とも違う。
誇らしい、でも少し違う。
たぶん、あまりにも遠いと思っていた場所から、急にこちらを見られた戸惑いに近かった。
画面の向こうの世界だと思っていた。
自分とは関係ないと思っていた。
だが今、その世界の特級探索者が、俺たちの戦いを見ている。
「……配信って、怖いな」
「今さらにゃ?」
イゾルデが、どこか楽しそうに喉を鳴らした。
「始めたのは凪にゃ」
「そうだけどな」
コメント欄は、まだざわついたままだった。
【コメント欄】
迷える剣士:霧島さん、前から見てたんですか
黒まめ:ここで現れるのずるい
名無しさん:魔神様なんか言ってくれ
南多摩ダイバー:この回アーカイブ絶対伸びる
検証班A:いやもう疑惑どころじゃねえな
俺は一度だけ深く息を吸って、マイクに向かって口を開いた。
「……特級探索者の霧島さん、どうも。黒猫ちゃんねるへようこそ」
言った直後、コメント欄が爆発した。
【コメント欄】
名無しさん:うおおおおお
迷える剣士:返した!!
黒まめ:ようこそで草
肉球信者:魔神様、平静すぎる
南多摩ダイバー:この二人の距離感いいな
JIN_KIRISHIMA:邪魔はしない。続けてくれ
短い一文だった。
それだけなのに、不思議と背筋が伸びた。
「……だそうだ。行くぞ、イゾルデ」
「なぁ~!」
*
五十層への扉の前に、俺たちは立った。
四十九層まで降りてくる道中、さらに五体の未知のモンスターと遭遇した。その全てを、凪とイゾルデのコンビネーションで倒した。エルのリアルタイム分析と、イゾルデの突破力と、俺のサポートが噛み合うほど、戦いがスムーズになっていく感覚がある。
五十層への扉は、これまでと全く違う意匠だった。
黒い石に、金と銀の文様が複雑に絡み合っている。扉の表面から、深い魔力の波動が漏れ出していた。
《警告。扉の向こうから、これまでとは次元の違う魔力反応を検知しています。現時点での突入は推奨しません》
「分かった。今日はここまでにする」
「えー」とイゾルデが言った。
「また来る。準備を整えてから」
【コメント欄】
DD(誰でも大好き):えー!続き見たい
迷える剣士:五十層の扉、雰囲気やばすぎる
南多摩ダイバー:次回はいつ?
肉球信者:絶対見る
「次の配信もよろしくにゃ」とイゾルデが視聴者に向かって言った。「魔神様と一緒に、もっと深くまで行くにゃ」
【コメント欄】
迷える剣士:絶対見る!
匿名2号:登録済み
DD(誰でも大好き):イゾルデさん大好き
名無しさん:魔神様の正体が気になりすぎる
「お疲れ様にゃ! 今日も見てくれてありがとうにゃ! チャンネル登録と高評価をお願いしますにゃ!」
一万二千人に向かって、イゾルデはいつもと同じ声で言った。
「また来ます」と俺は短く添えた。
配信を終了した。
最終視聴者数、一万二千四百七十八人。登録者数、一万八千三百二十一人。
「悪くない」
「悪くないどころじゃないにゃ」とイゾルデは言って、尻尾を大きく揺らした。「大成功にゃ」
《ご報告があります》とエルが言った。《配信終了直後から、コメント欄に気になるメッセージが届いています》
「気になるって?」
《アカウント名「蒼」。一言だけです》
俺はスマホのコメント欄を開いた。
他のコメントが流れる中に、一つだけ異質なものがあった。
>あなたのことが、少し分かりました。
それだけだった。
俺はそのコメントをしばらく見た。
「何者だ」
《現時点では不明です。ただ——このコメントが届いたタイミングは、主が腕輪を外した瞬間と一致しています》
腕輪を外した瞬間。つまり、魔力が解放された瞬間。
それと一致している、ということは。
「魔力を感知できる人間か」
《可能性が高いと思われます》とエルは言った。《なお、このアカウント、以前から黒猫ちゃんねるを視聴していた形跡があります。ただし、コメントを残したのは今回が初めてです》
イゾルデが俺の肩に乗って、スマホを覗き込んだ。
「蒼、にゃ」とイゾルデは静かに言った。「……凪、このコメント、ただ者じゃないにゃ」
「お前、何か知ってるか」
イゾルデは少し間を置いた。
「知ってるかもしれないにゃ」と言って、それ以上は語らなかった。
蔵の扉を閉めながら、俺は夜空を見上げた。
一万八千人を超えた登録者。深層核石。五十層への扉。特級探索者からの一言。そして——「蒼」からのコメント。
一日で、随分と色々なものが動いた気がした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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作者の励みになります。




