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プロローグ 二十九層、攻略す

はじめまして、黒野ぐらふと申します。

この小説は第一部の完了まで書き溜めております。

中途半端な終わり方はしませんので、どうぞお楽しみください。

「黒猫ちゃんねる、はじまるにゃ!」


 イゾルデが両手を広げて高らかに宣言した。長身の人型——黒い猫耳と尻尾を持つ獣人形態だ。猫耳がぴんと立ち、尻尾が大きく揺れている。金色の瞳が配信カメラに向けて輝いている。


「今日も魔物をバッタバッタとなぎ倒していくにゃ! みんな、瞬き禁止だにゃ!」


 コメントが一気に流れ始めた。


【コメント欄】

鮭おにぎり:イゾルデ姉さんキタァァァ!!

名無しさん:今日も可愛い

DD(誰でも大好き):瞬き禁止って言うけど無理wwww

攻略ガチ勢:魔神様は今日も無言スタートか

匿名1号:毎回この挨拶好きすぎる

魔神びいき:今日は南大沢か!前回と違う

名無しさん:猫耳の人強すぎるんだよな毎回

匿名2号:29層って魔装大隊(まそうだいたい)が全滅した場所じゃないの

名無しさん:まじで行くの?

指摘警察:CGだからな 全部

鮭おにぎり:いやCGじゃないって何度言えば


 俺——仮面の魔神様——は、それらのコメントを横目で見ながら、南大沢ダンジョン二十九層の通路を静かに歩いていた。


 二十九層。


 この数字には、重い歴史がある。


 三年前、日本政府直轄の実戦部隊である魔装大隊が、南大沢ダンジョンの二十九層ボス部屋に初めて挑んだ。精鋭十五名。国内最高水準の装備と連携を誇る、プロの戦闘集団だ。


 全滅した。


 一人も帰らなかった。


 その記録映像が残っていた。当時の配信データは今も公開されていて、探索者界隈では必修の「教材」として知られている。俺も当然、隅々まで見た。


 ボスの構成は把握済みだ。オーガが三体。後衛にゴブリンシャーマンが二体。


 シャーマンの役割は二つだった。一つはオーガへの回復魔法とバフの付与。もう一つが——結界だ。


 シャーマンが生きている間、オーガには常時結界が張られている。その結界内では、物理・魔法ダメージの大半が遮断される。魔装大隊はそれを知らなかった。あるいは知っていても、結界を壊す前に後衛まで辿り着けなかった。前衛のオーガをいくら攻撃しても傷一つつかない。じりじりと消耗した精鋭十五名は、後衛に手が届かないまま力尽きた。


 後衛を先に潰す。結界を壊してからオーガを仕留める。それだけが、この部屋を攻略する唯一の答えだ。


「凪、扉にゃ」


 イゾルデが短く言った。


 鉄と黒石の重厚な二枚扉が、通路の突き当たりに現れた。表面に刻まれた禍々しい紋様が、赤く脈打っている。


 俺は立ち止まった。


《ボス部屋を確認。魔力反応、複数。構成は既存データと一致しています。主、ご武運を》


「ありがとう、エル」


 俺は配信カメラに向かって言った。


「行く」


【コメント欄】

鮭おにぎり:キタキタキタ!!

匿名2号:ボス部屋じゃん

攻略ガチ勢:29層ボスって全滅した場所だよな

名無しさん:魔装大隊でさえ無理だったのに

迷える剣士:この二人なら行けると思ってる自分がいる

指摘警察:いやCGだから安全なんだよ

鮭おにぎり:うるさいCGじゃないって


 扉を押し開けた。


  *


 部屋は広かった。


 天井が高く、赤い結晶が壁に埋め込まれてどす黒い光を放っている。床の中央に円形の紋様。そして——いた。


 オーガ、三体。


 三メートルを超える灰色の巨体が、俺たちを捉えた瞬間、低い唸り声を上げた。その背後、部屋の奥に、杖を持った小柄な影が二つ。ゴブリンシャーマンだ。すでに詠唱を始めている。


 先手必勝。


 俺は腕輪を一つ外した。力が全身に戻ってくる。右手を掲げ、魔力を掌に集中させた。


「——雷震痺撃(らいしんひげき)ッ!」


 天井から、巨大な雷柱が三本、同時に落ちた。


 轟音。白光。床が震える。


 オーガ三体が、その場で膝をついた。全身を電流が貫き、筋肉が強制収縮している。麻痺状態。完全に動きが止まった。


【コメント欄】

鮭おにぎり:広域魔法!?

匿名2号:三体同時に止めた!?

DD(誰でも大好き):えぐすぎる

攻略ガチ勢:一人で三体制圧とかレベルいくつなんだ

指摘警察:やっぱCGだろこれ


 その瞬間、イゾルデが動いた。


 地を蹴る音すら聞こえなかった。残像が走り、金色の光が二本の軌跡を描く。


「——風刃乱舞(ふうじんらんぶ)ッ!!」


 後衛のゴブリンシャーマン二体の首が、ほぼ同時に落ちた。


 詠唱が止まった。


 部屋の奥で、二つの影が音もなく崩れ落ちる。同時に——オーガたちを包んでいた薄い光膜が、音を立てて砕け散った。結界が、消えた。


【コメント欄】

匿名1号:結界が消えた!?

攻略ガチ勢:シャーマン倒したら解除されるのか

攻略ガチ勢:魔装大隊が突破できなかったのそういうことか

DD(誰でも大好き):イゾルデ姉さん速すぎて何が起きたか分からなかった


 イゾルデは着地と同時に向き直り、麻痺したオーガ二体へ向かってそのまま加速した。短剣が弧を描く。一閃、二閃。金色の光が瞬いて——二体の首が、床に落ちた。


【コメント欄】

鮭おにぎり:は????

名無しさん:速すぎて見えなかった

DD(誰でも大好き):後衛二体→オーガ二体を一息で?

魔神びいき:イゾルデ姉さん化け物すぎる

匿名2号:もう一体残ってる

攻略ガチ勢:魔神様の番だ


 麻痺が抜けかけているオーガが、膝から立ち上がろうとしていた。


 俺は右手を構えた。


「——氷砲裂撃(ひょうほうれつげき)


 今度は静かに、短く告げた。


 拳大の氷塊が音速で飛翔し、オーガの腹部に直撃した。内側から炸裂する轟音。巨体が後方に吹き飛び、壁に激突した。


 静寂。


 オーガが、ゆっくりと崩れ落ちた。


 床に広がる赤い結晶の光だけが、部屋を照らしていた。


【コメント欄】

匿名1号:終わった……

攻略ガチ勢:日本初の29層攻略じゃないの?

名無しさん:あっさりしすぎて逆に怖い

迷える剣士:魔装大隊が全滅した部屋だぞここ

匿名2号:実力差がありすぎて言葉が出ない

指摘警察:これCGじゃないとしたらヤバすぎる

鮭おにぎり:仮面の人のレベル、一体いくつなんだ

DD(誰でも大好き):イゾルデ姉さん好きすぎる結婚してくれ

魔神びいき:魔神様って名前、ガチだったんだな


「よし、今日の配信はこの辺にしよう」


 俺が言うと、イゾルデが振り返った。猫耳がぴくりと動いて、尻尾が大きく揺れた。


「お疲れ様にゃ! 今日も見てくれてありがとうにゃ! チャンネル登録と高評価をお願いしますにゃ!」


 一息ついて、イゾルデは配信カメラに向かってにやりと笑った。


「次は——三十層にゃ!」


【コメント欄】

鮭おにぎり:30層!?

名無しさん:まだ行くのかよ

攻略ガチ勢:もう誰も止められない

匿名1号:魔神様チャンネル登録したわ

DD(誰でも大好き):イゾルデ姉さんのためなら課金する

迷える剣士:次回も絶対見る

魔神びいき:このチャンネルやばすぎる


 配信を終了した。


  *


 蔵の扉を閉めながら、俺はふと立ち止まった。


 静かだった。


 数か月前、田所に退職届を突きつけられたあの夜も、こんな静けさだったかもしれない。ただあの頃の静けさは、底が抜けたような虚無だった。今は違う。何かがきちんと満たされた、落ち着いた静けさだ。


 ここまで来た。


 不当に奪われた時間は返ってこない。消えた三年間も、摩耗した自尊心も、完全には戻らない。それでも——今の俺には、前に進む理由が確かにある。


 悠々自適。


 早期引退。


 その言葉が、今は笑えるほど遠い目標ではなくなっていた。


「凪」とイゾルデが言った。「今日もよかったにゃ」


「そうか」


「なぁ〜」


 肩の上で、尻尾がゆっくりと揺れた。


 これが、始まりだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

面白いと思っていただけたなら、ブックマークと高評価をよろしくお願いします。

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