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アストロクイーン ―月駆ける乙女たち―  作者: まじとも詩
第一章 宇宙探索者ショーンとアストロノイド・アテナ
8/33

第2話(3)初仕事の余波

初めての輸送任務・復路

「キャプテン、

  前方の巨大飛行体と15秒後に最接近します。

  スラスター全開で回避行動中ですが、追突あるいは

  接触する確率は98.3パーセントです」

  相対速度を計算したアテナが、いつも通り静かに告げる。

だが、ショーンは船長シートに深く腰掛けたまま微笑んだ。

 「大丈夫。お祖父ちゃんの船と、アテナを信じてる」

  一瞬の沈黙の後、彼女はわずかに声色を変えた。

 「……承知しました。

  私は、ショーンと帰還する未来を信じます」

「アテナ、接触までカウントダウンを」

「はい……11……10……9……」

 時間が、削り取られていく。


(行ける!)


ショーンが叫ぶ

「アテナ!

 正面ヘッドライト最大照射!

   ――続けてパッシング2回!

        一気に左から躱すんだ!」

「……え?」

 一瞬、アテナが固まる――が、

「はい、実行します」

 採掘用ヘッドライトが、宇宙を白く裂く。

   続いて――パッシング2回

       ――機体を大きく左にスライド

 …………!

 その瞬間。

 幽霊船の進路が――

 わずかに、右に逸れた。


「接触確率7.5パーセントに大きく低下!

 ……3……2……1……

 直後、激しい揺れと振動。


「キャプテン――

     回避、成功です」

 ドレッドレッダー号は、

     幽霊船の左側面を

         間一髪すり抜けた。


船内に少しの沈黙――


「本船は幽霊船を追い越しました……

   あっ……

     幽霊船、姿を消しました。

     後方8キロ地点」


モニターは、ただの宇宙を映している。

「レーダー反応なし。センサー検出なし。」

「キャプテン、

 ゼロリンクオメガとの回線が回復しました」


「本船は誘導に従い【通常商業航路】へ移動中、

 約7分後に合流します」

  「うん、良くやったね、ありがとう」

  「……ふぅ~……」

   ショーンは深く息を吐いた。

  「……ギリギリだったな」


通常商業航路に復帰し、

  オートクルージングへ切り替えると、

  アテナが近寄って来た。


見つめ合い、少し間を置いて問いかける。

「ショーン。

 先ほどのご命令……どういう意味だったのですか?」


「ああ……昔さ」

 ショーンは苦笑する。

「お祖父ちゃんと月面ドライブしてたら、

 コンテナドローンが前をノロノロ走ってたんだ。

  『お祖父ちゃん、邪魔だね~』って言ったら――」

 ショーンは真似るように言う。

 「『ショーン、こういう時はな? こうやるんじゃ!!』って」


アテナの表情が、わずかに引きつる。

「ヘッドライトをピカーってさ。

   で、パッパッ、とパッシングしたら

     ドローンが右に避けたんで、左からギューンだよ」


アテナの思考が一瞬凍りつく。

「お祖父ちゃんから教わっておいて良かったぁ!」

(……ショーン……おじい様……)


(それは()()運転ですわ!……)


頭を抱えるアテナ

 だが、横で小さくガッツポーズするショーンに

 気づいてしまった。

(ああぁ!なんて嬉しそうなの~!尊い~!)

 思わず“ぎゅーーっ”と抱きしめたい気持ちを

 必死に抑えるアテナだった。


◇ ◇ ◇


船内で二人はしばらく沈黙していた。

 宇宙船内の静けさが、やけに強く感じられた。

「……アテナ」

「はい」

「一連の記録は残ってる?」

「はい、ショーンのカウントダウンから録画開始、

 こちらが追い抜き、向こうが消えるまでの映像は

 保存出来てます。ただし――」

 彼女は、ほんの一拍、間を置く。

「レーダー、センサー、その他計測器のデータは

 無反応でしたので何も残っていません」


ショーンは、ゆっくり息を吐いた。

「つまり……モニター映像の録画だけ、か」

 アテナはソファから立ち上がると、

 ショーンの前で前かがみになり顔を近づけた。


「……ところでショーン。

   私の対応はいかがでした?

   お役に立てましたか?」

「……ああ、もちろんさ……アテナがいなきゃ無理だったろうな」

   ありがとう、お疲れ様……と、

   ショーンは彼女の頭にポンと手を置く。

   アテナは欲しいと思っていた言葉を貰い、

   満面の笑顔とともにショーンに抱き着くのだった。


◇ ◇ ◇

《 4日目 》

ドレッドレッダー号は通常商業航路を外れることなく、

 静かに月面都市【ルナトキオ】へ向かっていた。

 宇宙は無音だった。

 それなのに、星々が昨日とは違って見えた。


「……キャプテン」

 操縦席にいたアテナが、凛とした佇まいで声をかける。

「ギルドへの依頼達成連絡、完了しました。

 合わせて、幽霊船遭遇の一次報告も送信済みです」

「ありがとう。航行ログの提出準備も頼む」

「了解しました。詳細ログとデータをを提出用にまとめておきます」


 業務としてはそれで終わりだが、

 ショーンの胸の奥に残るざらつきは消えない。

 その様子を察したのだろう。

「ストレス残留値、まだ高めです。回復、続行しますね」

 首筋に、軽い甘噛み。

 それだけで、身体の力が抜けていく。

 

◆初仕事の余波◆

《 5日目 》

月面都市【ルナトキオ】への帰還は、昼過ぎだった。

 ドレッドレッダー号は到着ベイに静かに降下した。

    積み荷の搬入が手際よく進められていく。

    ドローンが忙しく行き交う中、ショーンはようやく

   「仕事を終えた」という実感を噛みしめていた。


「……初仕事、無事完了だな」

「はい、キャプテン。航行・輸送・帰還、すべて規定内です」

  アテナの報告は、いつも通り淡々としている。

  だが、二人の向かう先は――休息ではなかった。

  宇宙探索者ギルド・ルナトキオ支部。

  航行ログ提出と、例の“幽霊船”遭遇の正式報告である。

 

◇ ◇ ◇

 

カウンターで手続きを終え、踵を返そうとした瞬間。

 「……ショーンさん、少し、よろしいかしら」

  呼び止めたのは、

  赤髪をまとめた受付担当――ヴァレッタ・ルージュだった。

  その表情は、いつもの営業用スマイルではない。

 「ヒアリングをお願いしたいの。非公開で」

  短い言葉に、空気が引き締まる。

 

◇ ◇ ◇

 

案内されたのは、小さな会議室だった。

  防音フィールドが展開され、

  記録用のホロディスプレイが立ち上がる。

 「では、始めましょう」

  ヴァレッタは椅子に腰を下ろし、端末を操作した。

 「それじゃアテナ、状況説明を」

 「了解しました」

  アテナは一歩前に出る。


 「復路航行中、23時02分。

  宇宙航行管制センター“ゼロリンクオメガ”との

  リアルタイムリンクが突如切断されました。

    同時刻、前方進路上に未確認大型艦影を視認しました」


淡々と、正確に。

 「緊急事態に備え、最大減速。

  本艦は未確認大型艦の左側をかすめる形で回避。

  追い抜いた直後、後方で消失を確認」


 「……うーん」

  ヴァレッタは航行ログを呼び出し、何度も再生する。

 「確かに……

  ゼロリンクオメガ側には、一切の記録がないわね」

  指を滑らせ、続ける。

 「確認できるのは、

  ドレッドレッダー号がリンクを切断。

  約三分後に再接続した、という事実だけ」


ヴァレッタは顔を上げ、二人を見る。

「質問いいかしら。

 ――この映像だと、あなた方が追い抜く直前、

   幽霊船の方が、“()()()”ようにも見えるのだけれど?」


一瞬の沈黙。

  ショーンは、ぽりぽりと頬を掻いた。

 「えーっと……」

  

 「お祖父ちゃんに教わった方法です」

 「……は?」


ヴァレッタの眉が、ぴくりと動く。

 「ヘッドライトをピカーッて照射!

     パッパッとパッシング二回!

        そして左からギューン!……です!」

妙に自慢げだった。

 「昔、月面ドライブで教わって――

  お祖父ちゃんが

 『こうすりゃ、向こうが道を譲るぞい』って!」

  会議室に、沈黙が落ちる。

 「……つまり」


ヴァレッタは頭の中で今の状況を懸命に整理した。

(幽霊船に()()運転を入れてビビらせて追い抜いた?)


ヴァレッタは、額に手を当てた。

 「……間一髪だったの……ね?」

 「はい!お祖父ちゃん凄いです!」

 

 (あああぁ!……もう……)

  無表情を装いながらアテナは、胸の内で悶えていた。

 (お祖父様自慢をするショーン……なんて……なんて愛おしい……)

 

◇ ◇ ◇


かなりの沈黙のあと――

「……ヒアリングは、以上よ」

 ヴァレッタは深く息を吐き、端末を閉じた。

「情報提供としては極めて有用です。

 月間達成ポイント、加算しておくわ」

「本当ですか!? やった!」

 ショーンは素直に喜んだ。

 こうして、幽霊船事件の公式ヒアリングは幕を閉じた。


◇ ◇ ◇


その夜。

 ドレッドレッダー号は、ルナトキオ発着ベイに停泊した。

 船内では、アテナN3とメイドアテナが、

 代わる代わる癒しに全力を尽くす。

  「頑張りましたね、ショーン」

  「お疲れさまでした、おにいちゃん♪」

   賑やかで、温かい時間。

 だが――

 幽霊船の、あの残像が、完全に消えたわけではない。


◇ ◇ ◇

《 6日目 早朝 》

最初は、ギルドホールの片隅だった。

  「……なあ、聞いたか?」

   早朝の掲示板前。

   コーヒー片手の探索者が、声を潜める。

  「幽霊船を、追い抜いた奴がいるらしい」

  「は?」

  「正面からだぞ? しかも商業航路で」

周囲が、じわりとざわついた。

  「馬鹿言え。 

   ゼロリンクが黙ってるわけないだろ」

  「それがだ。

   ゼロリンクに記録が無い」

その一言で、空気が変わった。


◇ ◇ ◇

《 6日目 昼 》

噂は、昼には形を変える。

貨物エリアの休憩所。

  「幽霊船を見たら普通は逃げる。

   だがそいつは――

   減速して幽霊船のケツに張り付いたらしい」

  「()()()()?」

  「……正気か?」

   誰かが唾を飲み込む。


「しかも、そのあと――()()()

()()()!?」

「ヘッドライトを最大照射して、パッシングを入れたって話だ」

 笑い声が、引きつる。

「喧嘩売ってんじゃねえか……幽霊船に」


◇ ◇ ◇

《 6日目 夕方 》

夕方。

酒場【ロビン】では、また話が膨らんでいた。

  「聞いたぞ。

   幽霊船の方が、道を譲ったらしい」

  「はぁ!?」

  「そいつの威圧がヤバすぎて、幽霊船がビビったって」

  「いやいや、話盛りすぎだろ」


だが、誰も完全には否定できない。

  「……でもよ。無傷で生きてるのは事実なんだろ?」

   沈黙。

  「しかも、追い抜いた直後に幽霊船は消えた」

  「……まるで、

   “存在を許されなかった”……みたいじゃねえか」


その言葉に、誰かが冗談めかして呟いた。

  「……人間、じゃないんじゃないのか?」

   笑いは、起きなかった。


◇ ◇ ◇

《 数日後―― 》

幽霊船の噂に続いて、

ルナトキオには新たな都市伝説が語られ始める。


  人々は酒場で、“アイツ”の武勇伝を語り――

  商人達は“アイツ”を恐れて航路を見直し――

  誰もが名前を知っているが、

     “アイツ”の顔と姿は誰も知らない――


ただ、幽霊船に喧嘩を売り、

   飄々と商業航路を征く“アイツ” ――

      その存在は、いつしかこう呼ばれ始める。

            ――《ゴーストチェイサー》


◇ ◇ ◇

《 ある日の夜 》

――ルナトキオ公共放送・夜間特集枠。

  スタジオの照明が落ち、

  ホログラムに宇宙航路図が浮かび上がる。

  低く落ち着いた声が、視聴者の注意を一気に引き寄せた。

________________________________________

メインキャスター(中年の人気男性)

 「今夜の特集は――

  “ゴーストチェイサー”

  月圏航路に突如として現れ、

  噂の幽霊船を“追跡した”とされる、正体不明の航行者です」


アシスタント(若い人気女性)

 「まず驚くのはここです。

  ゴーストチェイサーは、

  最初から異常な動きをしているわけではないんですよね?」


メインキャスター

 「その通り。

  彼――もしくは“それ”は、

  通常の商業航路を、ごく普通に航行している。

 「しかし――

  “何か”がトリガーとなった瞬間、

  状況が一変する」

________________________________________

【専門家解説】

 (宇宙航行安全研究所・特任名誉教授)

 「わたくし、現在までの証言と断片的ログを分析して、

  ゴーストチェイサーの

  行動ロジックを、導き出しました!」

________________________________________

アシスタント

はい、それでは説明いたします。

 「フェーズ1――

  ターゲットを発見すると、

  ゼロリンクオメガへ、ダミー情報を送信」


 「リンクの監視下から消え、ECMやECCMなど

  妨害フィールドを展開」

________________________________________

専門家

 「通信・センサー・位置情報、すべてを撹乱。

  この時点で、

  彼は、観測不能な存在になります!」

________________________________________

アシスタント

 「フェーズ2――

  ターゲットの背後に付いて追走。

  ヘッドライトを激しく照射、パッシング

  猛加速で一気に追い抜く」

________________________________________

専門家

 「これら一連の行動が、

  彼を“追跡者”と、言わしめる理由です」

________________________________________

アシスタント

 「フェーズ3――

  その後は妨害フィールド解除。

  ダミー情報を削除し、ゼロリンクオメガへ再接続、

  平然と通常航行へ復帰」

________________________________________

メインキャスター

 「この行動が初めて確認されたのが――

  幽霊船を“煽った”とされる、あの事件です」


 「なお、

  この特集は、注意喚起を目的としたものです。

  いかなる理由があっても、

  ゴーストチェイサーの行動を模倣してはなりません」


一拍置き、低い声で。

 「――彼が“何者なのか”。

  それは、まだ誰にも分かっていないのです」


________________________________________

各方面での様々な影響

________________________________________

①酒場 ――

 ルナトキオ下層、貨物船乗りの溜まり場

 月面ドームの夜は静かだが、酒場の中だけは別世界だった。

 低い天井に煙が滞留し、テーブルには空になったグラスが並ぶ。

 壁のホロビジョンでは、

 さきほど流れたニュースの切り抜き映像が無音でループしていた。

「……見たか? あのゴーストチェイサーの話」

 誰かがそう切り出した瞬間、空気が一段階、熱を帯びた。


「幽霊船を煽って追い抜いたってよ。正気の沙汰じゃねえ」

「いや、正気じゃないからできるんだ」

「ゼロリンクから消える? そんなの化け物だろ」

「話が盛られてるに決まってる――」

「だが、ログが無いのは事実だ」


グラスを掲げる手が増え、声は次第に大きくなる。

「俺ならやれる」

「昔似たことがあった」

 根拠のない武勇伝が飛び交う。

誰かが呟いた。

「……もし次に出会うとしたら、俺は逃げるね」

 その一言で、酒場に一瞬だけ静寂が落ちた。

________________________________________

②一般家庭 ――

 ドーム居住区、ありふれた夜

 居住区の窓越しに、月面の街灯が静かに光っている。


 夕食後のリビングで、ニュース番組が流れていた。

  「ねえ、これ見て! ゴーストチェイサー!」

 ソファの上で跳ねるように、9歳の少年が画面を指差す。

  「また物騒な話ね……」

 母親は洗い物の手を止めず、

 父親は腕を組んで画面を見つめた。

  「幽霊船をやっつけたんでしょ?」

  「やっつけてない。危ないことをしただけだ」

  「でも、ピカってして、ビューンって! かっこいい!」


 少年の目は、英雄譚を信じるまっすぐな光を帯びている。

 母親はため息をついた。

  「絶対に真似しちゃだめだからね」

________________________________________

③宇宙軍

 整備区画/商人たち

 整備ドックでは、工具の金属音が規則正しく響いていた。

 その合間に、作業員たちが腕のホロパッドを覗き込む。

  「民間船で、あそこまでのECM?」

  「しかも商業航路でだ」

  「軍でも慎重になる案件だぞ」

 一方、商人たちの間では別の声が上がる。

  「護衛として雇えたら最高だ」

  「いや、近づきたくない。災厄を呼びそうだ」

 評価と警戒、憧れと恐怖が入り混じり、

 誰もが同じ結論に行き着く。

         ――正体が分からない。

________________________________________


こうして

  “ゴーストチェイサー”は、

    もはや人ではなかった。

    それは概念となり、

    ルナトキオ全体に、静かに染み込んでいった。


======== 次回更新へつづく ========

 


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません


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