第2話(2)
西暦2381年。
この時代、地球と月そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路が発達し、宇宙は冒険の場であると同時に、誰もが暮らす「生活圏」となっている。
人口100万人の月面都市【ルナトキオ】で、「宇宙探索者」としての一歩を踏み出した少年ショーン。彼の相棒は、支援AIヒューマノイド――アテナ。
宇宙船操縦の《アストロノイド・アテナ》は冷静沈着なクールビューティ
プライベートでは一転、ショーンを溺愛する甘々な姉モード。
船内生活では、可愛くて元気な《メイド・アテナ》へフォームチェンジ
料理とマッサージが得意で、距離感ゼロのくっつき妹モード。
クールな姉ヒロインと元気な妹ヒロイン――
二つの顔を持つ“相棒”が、少年の毎日を支えていく。
月面都市とコロニー間の交易航路を舞台に、乙女たちと少年が紡ぐ、
未来願望ファンタジー
◆幽霊船の噂◆
《 3日目 》
――昼前
ドレッドレッダー号は定刻通りに
備蓄コロニー【タンクヤードT】に到着した。
「指定ドッキングベイ、視認範囲に入りました」
アテナの声に、ショーンは窓際へ歩み寄る。
巨大だった。
無骨な円筒と箱型構造物が連結された、実用一点張りのコロニー。
外壁には無数のタンク群が並び、資源と物資を黙々と蓄える
“倉庫の街”という表現がぴったりだった。
「承認コード確認。これよりドッキングベイ接続シークエンス入ります」
ドレッドレッダー号は指定ベイへと誘導され、低速で接続。
衝撃はほとんどなく、作業開始を告げる軽い振動だけが伝わる。
「それでは、納品作業を開始します」
ハッチが開くと同時に、六機の飛行型作業ドローンが起動した。
アテナはその6機を常時監視し、レアメタル500キロ、
バイオサプリ10トンを分散して搬出していく。
空中を滑るように進むドローン群。
磁気ロックで貨物を保持し、【タンクヤードT】の
受け取りアームへ正確に受け渡す。
「……順調だね」
「効率最優先です。滞留時間は最小限に」
荷下ろしは予定よりも早く終わった。
「納品完了。依頼その一、達成です」
アテナが静かに告げる。
「よし……初仕事は順調かな」
胸の奥には、
まず半分という達成感と、まだ半分という緊張感が灯る。
――その後。
確認作業のため、【タンクヤードT】の管制担当者と
挨拶を交わすショーン。
「キャプテン・ショーンの初仕事か!今後ともよろしく」
日に焼けた中年の男が、ヘルメットを外しながら笑う。
「ありがとうございます。ここは……いつもこんな感じですか?」
「ああ、静かなもんだ。……最近まではな」
一瞬、男の表情が曇った。
「最近?」
「“幽霊船”だよ」
その言葉に、ショーンとアテナが同時に視線を向ける。
「二週間くらい前からだ。
毎日、決まって十八時から零時の間に出る」
「どこから現れるかって? さあねぇ」
男は声を潜めた。
「商業航路を、ただ……徘徊する。攻撃もしない。通信にも応じない」
「気づくと、横に並んでてな……十秒くらいで、すーっと消える」
「被害は?」
「今のところは、ない。……だがな」
男は遠くを見る目で言った。
「“何もしてこない”ってのが、一番怖ぇんだ」
沈黙。
アテナが、さりげなくショーンの隣に立つ。
「情報、ありがとうございます。参考にします」
「気をつけろよ、キャプテン」
その言葉を背に、二人は船へ戻った。
――ドレッドレッダー号のハッチが閉じる。
「……幽霊船、か」
「はい。未登録航行体。解析対象として、非常に興味深い存在ですね」
その声は、いつも通り冷静だったが――
わずかに、感情のノイズが混じっているようにも聞こえた。
◇ ◇ ◇
その後、帰りの荷物を積んで出発準備を整えた頃には、
外はすでに夜の時間帯へと移行していた。
もっとも、宇宙にとって「夜」とは単なる表示上の区切りにすぎない。
宇宙コロニーは二十四時間常に稼働する。
外壁に沿って並ぶ作業灯の一部が切り替わり、
航行用の誘導光だけが残る。
白と橙の光点が規則正しく並び、
闇の中に安全な航路を描き出していた。
発着ベイの一角では、
交代を終えた人間作業員たちが固まって立ち話をしている。
噂話の種は尽きない――最近増えた不可解な航行ログ、
商業航路での妙な目撃談。
ヒューマノイドたちは淡々と作業を続けながら、
その背後で囁かれる声を記録することもなく聞き流していた。
「ドレッドレッダー号、これより復路に向けて発進します」
アテナは船体との有線リンクを再接続する。
声はいつもと変わらず落ち着いているが、
船内の空気はわずかに引き締まっていた。
「タンクヤードを離脱後、通常商業航路へ合流、
ゴールのルナトキオまで航行します」
「了解」
短いやり取りの直後、船体が低く振動する。
係留が解除され、ドレッドレッダー号は
ゆっくりと【タンクヤードT】から離れていった。
巨大な備蓄施設が後方へ遠ざかる。
無数のコンテナ群と作業ドローンの灯りが、
やがて一つの光の塊となり、闇の中へ溶けていく。
商業航路へ合流すると、操縦系は自動制御へ切り替わった。
アテナN3は管制センターとのリンク状態を確認し、
有線接続を解除する。
「キャプテン、現在時刻17時10分。本船は通常商業航路へ合流しました」
ショーンは短く頷いた。
◆緊急事態◆
時刻が18時を回った。
幽霊船が目撃されている時間となり、
ショーンの胸の奥にじわじわと緊張が溜まっていく。
(……幽霊船って、どんな姿なんだろう)
大きさは?
形は?
色は?
幽霊みたいに半透明だったり?
そもそも誰か乗ってるのか?
考えれば考えるほど想像は広がる。
気がつけば、手元の飲み物がやけに減っていた。
「……か、可愛い……♡」
落ち着きなくモニターと窓を行き来するショーンの様子は
警戒というより、
まるで見慣れない物音に反応してきょろきょろする、
小動物のようで――
それを横目で見たアテナは、思わず身悶えしていた。
「キャプテン、そんなに緊張していては持ちませんよ?」
アテナはそう言って、マグカップを差し出す。
「温かいココアです。今はこれを」
同時に、さりげなくパルス・マッサージを起動。
吐息には微量のアロマ成分が混じり、ふわりと
ショーンの首元を包んだ。
「……ありがとう。助かる」
だが、アテナの思惑はそれだけではなかった。
(……ああ……ショーン……)
マグカップを両手で包み込み、ちびちびと飲む姿。
(猫舌。考え事をしていると、必ず両手で持つ癖。
子供の頃から、全然変わっていません……)
内心で悶絶しながら、アテナは平静を装う。
(……可愛すぎます……)
ショーンの知らないところで、
今日もショーン愛は暴走していた。
◇ ◇ ◇
時刻は23時を回った。
「……今回は、遭遇しないかな」
そう呟き、ショーンはモニターから視線を外し、前方のガラス窓を見る。
カメラ越しではない、直接見る宇宙。
真っ黒で、静かで、何もない
――それが、ショーンを落ち着かせてくれるはずだった。
だが。
数秒後、ショーンは息を呑んだ。
(……?…………!)
(……何かいる)
ショーンの眼が、
モニタには映っていない“歪み”を窓越しに見つける。
「アテナ! 前に何かいる!」
「キャプテン、ゼロリンクオメガとの回線が―
―突然、切断されました」
二人の声が重なる。
「な……!」
「回線の再接続を試みます」
冷静沈着。
それがアストロノイドの基本動作。
だが――
「それは後だ!」
ショーンは窓越しに視える“歪み”を少しだけ凝視すると、
瞬時に思考をまとめた。
「緊急事態、前にいるぞ!ぶつかる!」
アテナは素早く操縦シートに座ると、
有線操縦リンクに切り替えた。
指示を仰ごうとアテナはショーンの方を振り返る。
目と目が合い、見つめ合った刹那、
「アテナ、減速!少しでも遅らせないと!」
「最大減速します」即答するアテナ。
次の瞬間、船内に強烈な減速G。
「!!…………」
ショーンは船長シートに身体を押しつけられ、
歯を食いしばった。
そしてついに――アテナにもそれが見えた。
「キャプテン、前方モニターに巨大な船影反応。
ですが、レーダーと各種センサーには反応ありません。」
「…………」
「メインスクリーンに映します」
「…………」
突然目の前に現れたのは、かなり古い年代の、
しかも半分崩れかけた巨大な宇宙船だった。
(これが幽霊船?いきなり目の前だなんて!)
経験豊富なアテナでも、これは初めて経験する異常事態だった。
「…………」
その時ショーンは、未体験の高G負荷に
気を持ってかれそうになっていた。
(まずい……!)
(どうする?……)
ショーンの脳裏に、幼い日の記憶がフラッシュバックした。
(お祖父ちゃん!)
三秒後、ようやくショーンは我に返った・
「アテナ……じょ、状況を」
「キャプテン!大丈夫ですか?」
親指を立ててウインクで健在ぶりをアピるショーン。
(キャ~!ドキドキッ)今度はアテナが危なかった。
「キャプテン、
前方の巨大飛行体と15秒後に最接近します。
スラスター全開で回避行動中ですが、追突あるいは
接触する確率は98.3パーセントです」
相対速度を計算したアテナが、いつも通り静かに告げる。
だが、ショーンは船長シートに深く腰掛けたまま微笑んだ。
「大丈夫。お祖父ちゃんの船と、アテナを信じてる」
一瞬の沈黙の後、彼女はわずかに声色を変えた。
「……承知しました。
私は、ショーンと帰還する未来を信じます」
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




