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第2話(1)

16才の成人の日に宇宙船と操縦専用ヒューマノイド【アストロノイド・アテナ】を相続し、宇宙探索者として歩き始めた少年ショーン。彼とアテナ、二人の物語が、いよいよ動きはじめる。

――夜明け前のルナトキオ。

 月面都市を覆う巨大な透明ドームの外側には、

 黒い宇宙と白く荒れたクレーターが果てしなく広がっている。

 だが、その内側では人口100万人の生活熱がゆっくりと立ちのぼり、

 人工の朝が静かに訪れようとしていた。

 全長100メートルの中型多目的宇宙船

 【ドレッドレッダー号】が、シティ上空300メートルを

  滑るように航行し、指定された発着ベイへと降下していく。

 低い振動とともに船体が安定すると、ハッチが開いた。


降り立ったのは二人。

 一人は、昨日正式に成人を迎え、

 晴れて宇宙探索者としての資格を得た少年――

 ショーン・マクスヴェイン。


 もう一人は、彼の世話係であり、

 船の操縦を一手に担う相棒――

 【アストロノイド】アテナN3。


「……今日からいよいよ初仕事だ」

 言葉にしてみても、まだどこか現実感は薄い。

 それでも胸の奥には、確かな熱と期待が渦巻いていた。


背後で、アテナが一歩前に出る。

「キャプテンの体温36.4度、睡眠効率82パーセント。良い朝です」

 銀色の長い髪を揺らし、アテナは柔らかく微笑んだ。

 淡い銀青色のボディスーツが朝の光を受けてほのかに輝き、

 獣耳の先がぴん、と小さく立っている。


「そうだね……今日から船の仕事も、改めてよろしく」

「ふふっ。お任せください。

 ついでに過保護モードも割り増しです」

 冗談めかして言いながら、アテナは一歩距離を詰め、

 ショーンの首元にふわりと手を添えた。


指先から微細なパルスが流れ込み、こわばっていた

 肩の筋肉が一瞬でほどける。

「ほら。緊張していましたね。初仕事ですから」

「……やっぱり、わかるか」

「ショーンのことは全部わかります。私の最重要乗員ですから」

 その口調は軽いのに、瞳に宿る感情は本物だった。

 

◇ ◇ ◇


――宇宙探索者ギルド・ルナトキオ支部。

 巨大なホールでは、

 早朝にもかかわらず商人や探索者たちが行き交い、

 壁一面のモニターにはクエスト情報や航行状況が流れていた。

   エントランスに入る前と入った後、二度も深呼吸をするショーン。

   灰色のくしゃくしゃな髪を片手で整えるが、

   相変わらず言うことを聞かない。


E級ランカー受付に進むと、

「キャプテン・ショーン・マクスヴェインさんですね。初めまして」

 受付カウンターにいたのは、三十代ほどの女性だった。

「D級・E級ランカー担当のヴァレッタ・ルージュです」

 赤髪をきっちりまとめ、スーツを着こなしたその姿は、

 いかにも“仕事ができる”という雰囲気を纏っている。


簡単な挨拶を交わし、ショーンは初仕事の斡旋を受けた。

 迷った末に選んだのは、比較的安全な輸送任務だった。

 旅程は5日。

 【ルナトキオ】と備蓄コロニー【タンクヤードT】を往復する。

 往路の積荷は、レアメタル500キロとバイオサプリ10トン。

 復路では、高性能リサイクルバッテリー20トンを運ぶ。


「ショーンくん、これで手続きは完了よ。気をつけてね」

「ありがとうございます、ヴァレッタさん。行ってきます」

 やり取りの間に、二人は打ち解け名前呼びに。自然と会話も弾んだ。

 その様子を横で見ていたアテナが、ほんの少しだけ唇を尖らせている。

 こうして、ショーンの初仕事が始まった。

 

◇ ◇ ◇

◆月面ポート出航◆

《 1日目 》

 この時代の宇宙船は、

 宇宙船操縦専用AIヒューマノイド【アストロノイド】

 による操縦が標準仕様となっている。

 人間が操縦桿を握ることはなく、

 航法・姿勢制御・推進管理のすべてをアストロノイドが担う。


 自動航法中――いわゆるオートクルージング状態では、

 無線リンクが展開され、アストロノイドは

 操縦シートを離れて船内を自由に行き来できる。


 だが、離陸や着陸といった

 複雑かつ高精度を要求される局面では、

 有線操縦リンクによる直接接続が最も安全とされていた。


出発準備を終え、ドレッドレッダー号に乗り込む二人。

 アテナはアストロノイド専用操縦シートに着座すると、

 有線接続で宇宙船中枢AIとリンクを開始した。


 ショーンはアテナのやや後方、船長シートに座って静かに待つ。

   シートは祖父アレックス用のサイズであり、

   やや小柄なショーンには不釣り合いだったが、

   ”すぐ成長するから”と、交換不要をアテナへ伝えていた。


「――アテナN3よりキャプテンへ」

 澄んだ声が操縦室に響く。

「ドレッドレッダー号との有線操縦リンクは状態良好。

 これより承認済み出発シークエンスを開始します。」

「ん。よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします」


「キャプテン、本日の【通常商業航路】はやや混雑気味です。

 離陸に際して磁気気象要因は極めて軽微、

 離発着ベイの交通量オールクリアです」


仕事中のアテナは、いつもと少し違う。

 “ショーン”と名を呼ぶときの甘い囁きは影を潜め、

 代わりに響くのは、冷静で端的なプロフェッショナルの声。

 同じ存在なのに、まるで別人のように凛としていて

 “できるお姉さん”に見えるから不思議だ。

「よし。離陸して予定航路へ向かえ。

 目標、備蓄コロニー【タンクヤードT】」


「復唱します。

 目標、備蓄コロニー【タンクヤードT】、

 到着予定は標準時間で45時間20分後です」

 少しの間をおいて、アテナが続ける。


「そろそろ予定時刻となりますので、

 管制塔へ離陸許可を確認します……」

 短い沈黙。


「――キャプテン。90秒後に離陸許可、確認取れました」

「オーケー。出発しよう」

「了解しました」

 アテナは胸元に手を当て、静かに姿勢を正した。

 それは単なる操作動作ではなく、どこか儀式めいた所作に見えた。


「発進カウントダウンに入ります……3……2……1……」

 声が、操縦室に澄み渡る。


「ドレッドレッダー号、発進します――」

 船体が低く唸り、振動が床から伝わった。

   ドレッドレッダー号はゆっくりと浮上し、

   5メートル上昇したところで姿勢を安定させると、

   そのまま水平移動へ移行する。


「このまま離陸ゲートへ向かいます」

「了解。周囲の安全確認も継続してくれ」

「はい。万一に備え、

 離陸時警戒アラートを発令中。継続します」


離陸専用ゲートを通過する際、

 ショーンは管制ブースの管理職員と軽く視線を交わし、

 簡単に挨拶を交わした。

 これは船長に義務付けられた、ささやかな――

 しかし重要な仕事の一つだ。

   離陸ポート通過から10秒後。

   ドレッドレッダー号は、規制加速度のまま、

   月面都市ドームの外へと滑るように飛び出した。


◇ ◇ ◇


商業航路――

  地球と月、そしてコロニー群を結ぶ交易航路が

 【通常商業航路】と呼ばれるようになって久しい。


航路の安全は、宇宙ステーション【ゼロリンクオメガ(ZeroLink-Ω)】の

 航行管制センターが、数百万隻の宇宙船と二十四時間リンクし、

 目的地への宇宙航行ナビゲーションや、

 宇宙船同士の接触予防など航行オペレーションを補佐している。


宇宙船はアストロノイドを介して、ゼロリンクオメガと

 繋がっているので、【通常商業航路】は

 宇宙船・アストロノイド・ゼロリンクオメガで

 宇宙航行インフラの基盤となっているのだ。


「通常商業航路に合流完了。

 オートクルージングへ切り替えます」

 アテナの声と同時に、操縦席周辺の緊張感がふっと緩んだ。


推進音が一定の低音へと変わり、

 船は“流れ”に身を委ねるように滑り始める。

「……よし、ひと段落だな」

「……で、キャプテン」

「うん?」

「お疲れですよね?」

 頬を擦り寄せるアテナ、柔らかな体温と、ほんのりとした香り。

  アテナの吐息が、首元をなぞった。

 視線が近い。

 密着したまま、頭、首、肩へとパルスが伝わる。

 指先が動くたび、張りつめていたものがほどけていく。

「……ああ……」

「はい、いい反応です。今は何も考えなくて大丈夫ですよ」

 ショーンは深く息を吐き、身を預けた。

 心も身体も、波に溶けるような至福のひとときだった。


◇ ◇ ◇

《 2日目 》

――静かな時間

 備蓄コロニーへの往路は、驚くほど穏やかだった。

 通常商業航路を外れることなく、

 ドレッドレッダー号は淡々と星間を進む。

   窓の向こうでは、

   遠くの恒星光が微細な流線となって流れ、

   時折、他の宇宙船が規定距離を保ったまますれ違っていった。


「現在、航行状況は安定しています。

 予定到着時刻に変更はありません」

 操縦席を離したアテナは、船内を歩きながらそう報告する。

 業務モードの彼女は相変わらず無駄がなく、正確だった。


「じゃあ、今日は点検と……休養だね」

「はい。ですので――」

 ぴたり、と距離が詰まる。

「癒します」

「即答だね」

「船長のコンディション管理も、私の任務ですから」

 アテナは、そう言って肩に頭を預けてくる。

 過保護で、甘くて、でもどこか安心できる温度。

 

 ――何事も起きない。

 それが、逆に嵐の前の静けさのようにも思えた。



======== 次回更新へつづく ========

 




この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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