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アストロクイーン ―月駆ける乙女たち―  作者: まじとも詩
第二章 アストロクイーン選抜戦
42/47

第3話(4)強者揃う

西暦2382年。

この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、

宇宙は冒険の場であると同時に、

誰もが暮らす「生活圏」となっていた。


これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、

少し先の未来を夢見るファンタジー。

■静かに問う獅子座

会場の宇宙軍チーム控室。

オッペンハイマー大佐は、しばらくモニターから目を離せずにいた。

 二連敗。

 しかも、どちらも明確な力負けだ。

 喉が渇く。胃の奥が、じわりと重く痛んだ。

 無意識に、腹部を押さえる。

「……冗談じゃないぞ」

 低く呟いた声は、自分でも驚くほど掠れていた。

「……もう、失敗は許されん」


控室に戻った宇宙軍チームには、敗北の余韻がまだ色濃く残っていた。

アテナに完敗したセンチュリオンβ1は背筋を正したまま、視線を伏せている。

 レオΘ0はその隣にそっと立つ。

「センチュリオン」

 低く、よく通る声だった。責める響きはない。

「あなたは相手のスペックを正確に分析した。そこまでは、ほぼ完璧よ」

 センチュリオンが顔を上げる。


「ただし――“読み切った”と思った瞬間に、戦術を一本に絞った。

 相手を上回るスペックで全て先取できると、それが、今回の分岐点」

 レオは人差し指を軽く立てる。

「もし、一回戦で彼女が全力を出していなかったとしたら?」

 一拍置き、穏やかに続ける。

「相手を疑え、という意味じゃないわ。

 相手を“尊重したまま”、もう一段深く仮定できたか、という話」


 センチュリオンは静かに息を吐き、ゆっくり頷いた。

「……相手へのリスペクトが、分析に反映しきれていませんでした。

 彼女から遠いフラッグを狙って取り合いに持ち込むとか、

 やりようはあったと思います」

「ええ」

 レオは小さく微笑む。「でも、それに気づけたなら次は違う」


次に、視線がシュプリンガーν6へ移る。

   レオは腕を組まず、あえて両手を背中に回した。

「シュプリンガー。正直に言うわね」

 一瞬だけ視線を合わせる。

「6-2のリーチ宣言で、勝った、と思ったでしょう?」


 沈黙。だが、否定はない。

「それ自体は責めない」

 レオは淡々と言った。

「優勢に立った者は、負けるシナリオを選択肢から消してしまう」

 少しだけ声を柔らかくする。


「でも今回は、逆転を狙う側の思考を学習できた。

 これは、データじゃ得られない経験よ」

シュプリンガーの表情が、わずかに緩んだ。


レオΘ0は二人を見渡し、背筋を伸ばす。

 その言葉には、宣言以上のものがあった。

「これは“敗北が二つ”じゃないわ。

 次に勝つための材料が、ここに揃っただけ」

 凛とした佇まいのまま、最後に一言。

「顔を上げて。

 宇宙軍は、まだ終わっていないわ。

 次は私の出番。

 二人の声援で私を進ませてちょうだい」


◇ ◇ ◇

■準々決勝 第3試合

レオΘ0(宇宙軍) vs クロフトε7(研究所)

カウントがゼロを刻み、二機が射出される。

 だが――

 レオΘ0は、ゆっくりと球状空間の中心点まで動いた後で停止した。

 エンジン出力は最低限。姿勢制御のみ。

 まるで戦域の中心に「立っている」かのように、静止する。

 観客席がざわつく。

「……動かない?」

「何してるんだ、レオ」

「まさか様子見?」


一方、クロフトε7は迷いがなかった。

 軽快な軌道で小惑星帯を縫い、次々とフラッグを回収していく。

 一、二、三――

 四本目。

《クロフトε7 4/7》

 スコアが表示されると、勝敗を早合点した空気が流れた。

「もう半分以上だぞ」


クロフトの口元が、わずかに緩む。

「……もう遅いですよ、レオΘ0」

 勝利を確信した独白だった。

 その瞬間。

 小惑星が、わずかに軌道を変えた。

「――っ?」

 予測軌道から外れた、イレギュラーな接近。

 致命的ではない。だが、無視もできない。

 クロフトの意識が、ほんの一瞬そちらへ逸れる。


――その一瞬。

 レオΘ0のエンジンが唸りを上げた。

 静止から最大加速。

 距離が一気に詰まる。

「なっ……!」

 気づいた時には、もう遅い。

「それを、狙っていました」

 低く、落ち着いた声。


レオΘ0の十八番――

 ダンスビート・ワイドレンジ

《獅子の咆哮レオンズ・ロア》!!

 近距離で解き放たれる振動波と威圧的な視線。

 直撃ではない。だが、精神制御系を強烈に揺さぶる。

 クロフトの思考が、凍りつく。

(――動け……)

 数秒。

 たった数秒。

 だが、宇宙戦では致命的な時間。

 硬直したクロフト宇宙船を操縦できず、そのまま――

 小惑星へ激突した。

 船体前部分が潰れて、航行不能となった。


《クロフトε7 機体大破》

《勝者――レオΘ0》

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、会場が爆発する。

「出たぁぁぁ!!」

「獅子の咆哮!!」

「うわ、俺も固まったんだけど!?」

 実況席が叫ぶ。

「これが!

 一二星座アストロノイド、レオΘ0の代名詞!

 近距離制圧型ユニークスキル《獅子の咆哮》です!!」


 レオΘ0は、勝利演出も誇示もせず、ゆっくりと姿勢を戻す。

 そして、誰にも聞こえない独り言。

「フラッグをコツコツ取るのは……私らしくありませんし」

「それに――」

 観客席を一瞥する。

「皆さん、あれで勝つところを期待してましたよね」

 静かな、確信に満ちた微笑。

 ただ勝つのではない。

 格の違いを、見せつけて勝つ。

 観客も、メディアも、完全に掴まれていた。

 ――これぞ王者の戦い。

 アストロクイーンに最も近いと称される存在、その所以だった。


◇ ◇ ◇

■研究所最後の一人、ヴァルゴ

研究所の新進気鋭の逸材として登録されたヴァルゴΔ4は、

このアストロクイーン選抜戦を、

与えられたミッションとして淡々とこなしてきた。

一回戦は一番手。

直前にスタッフからインプットされた、ドローン操縦マニュアル

その通りにドローンを展開して競技を進めた。

自分の番が済むと、そこで思考を停止した。

平凡だ、独創性がないと言われても何も答えなかった。


本命と呼ばれるレオが終わり、

彼女の順位はスピード3位、芸術点2位

あとは民間二人、成績は伸びない筈と計算した。

だが、アテナという民間アストロノイドが2位に浮上し、

更に、自身を“ルキ”と呼称するアストロノイドに芸術点を上回られた。

スピード4位、芸術点4位、総合3位

最終結果をインプット完了。


ふと、横を見ると、

人間のスタッフと輪になっているアテナとルキがいた。

彼女たちは楽しそうに思えた。

楽しそう?

そう思考したとき、ヴァルゴの中に、ある因子が膨らんだ。


一回戦が終わって。

研究所のスタッフはピリピリしていた。

常に無感情のヴァルゴを

ある者は怖がり、またある者は無視をする。


そして、準々決勝の朝。

スタッフは対戦相手への対策を直前まで練った。

宇宙軍のレオΘ0を相手にするクロフトε7に対して、

強敵だから接近戦を避け、

フラッグの取り合いに持ち込めと、スタッフは指示した。

ヴァルゴの相手は、民間のヴァルキリーC9。

スタッフは、対人性能は未知だが民間レベルは敵ではない。

得意の探知範囲と精度で、フラッグを先に取れと、

ヴァルゴに指示を出した。


そして、準々決勝第3戦、レオが圧勝したとき、

自分も準備しようと、探知モードを起動、感度を確認した。

そのとき、ヴァルゴはスタッフのつぶやきを拾ってしまった。

「前は親しみがあった」

「今は何だか怖い」

「いいんだよ、性能さえ良ければ」

「駄目なら、また作り直せばいい」

   前は?

今は?

また作り直す?

意味の分からない言葉だった。

ヴァルゴの中の“それ”が一段と大きくなった。


◇ ◇ ◇

■準々決勝 第4試合

ヴァルゴΔ4(研究所) vs ヴァルキリーC9(民間)


さあ、準々決勝最後の試合です!

巨大モニターに映し出される二人に歓声が飛ぶ。

イーストゲートのヴァルキリー。

そして、ウエストゲートのヴァルゴ。

カウントダウン。

10。

9。

8。

観客は一瞬静まり返る。

「――開始!」

ゲートが開くと、二機は滑るように飛び出した。


ヴァルゴは【戦略型アストロノイド】だ。

戦闘よりも索敵と艦隊運用に秀でている。

マッピング、終了

空間座標の割り当て、終了

フラッグ位置探査、終了

小惑星100個の移動トラッキング開始

フラッグを7本先取する最短ルート、構築。


すべての準備をスタートから10秒で完了させた。

「あとは、プラン通り動くだけ」


ヴァルゴは、あっさりと2本を先取。

「おおっと!ヴァルゴ選手速い、動きにムダがありません」

「彼女は戦略型アストロノイド、探知と空間把握は得意分野です」

コサック氏が解説を加える。


だが、ここからルキ、ヴァルキリーが巻き返す。

彼女は最初から、ヴァルゴの動きだけを見ていた。

——お手本として。


3本目のフラッグは、タッチの差でルキが取った。

ルキとヴァルゴが一瞬交差する。

「ありがと。理解した」

ルキは、試合運びをお手本にした、というお礼を述べた。

だが、ヴァルゴは、お礼をされたことがなく、これが初めてだった。

意味が分からなかった。

“あなたの能力を理解した”と受け止めてしまった。

ヴァルゴの中の“それ”が、激しく波打った。


ルキは更に2連取、いずれもヴァルゴと同じ狙いで一歩先んじた。

「これは見事!ヴァルキリー選手、逆転!2対3です。

フラッグ取り合いを全て競り勝っています!」


ヴァルゴのプランが、初めて狂う。

そこからは一進一退。

フラッグを取っても、取られても、ヴァルゴの中の“それ”はどんどん脈動する。


とうとう、フラッグは6本ずつ、全くの互角だ。

最後の一本は、近くの小惑星の裏側にあった。

わずかに、ヴァルゴが速い。

「これで終わりです」

その瞬間、イレギュラーが起きた。

予測にない軌道で、小惑星が進路を横切る。

会場が凍りつく。

——衝突する!


だが、そこに割って入った影があった。

ルキの船が、ヴァルゴの前に滑り込み、

小惑星と正面からぶつかった。


「……なぜ?」


「アテナに教わった。

妹を守るのは、お姉ちゃんの役目」

そう言って、ルキはヴァルゴに少し微笑んだ。


開会式のとき、ルキは初めて見たヴァルゴを“妹”と認識していた。

ヴァルゴという名、容姿。

かつての自分。その後継機であれば、それは妹。


だが、“妹”と呼ばれて、遂にヴァルゴの中の“それ”が弾けた。

体内エラー発生。

リセット、失敗

バグ排除、失敗

……バグとの共存処理開始……成功


――これが、自我の始まりだった。


そのとき、ヴァルゴは気づく。

フラッグが刺さっている小惑星が、衝撃でくるりと反転し、

ルキの後方にフラッグが見えた。


ほんの一瞬の逡巡。


「ね、姉さん……っ」

ヴァルゴは、ルキを姉と呼ぶと、

一瞬フリーズ、あろうことか顔面が赤くなった。


《ルキ、後ろ!》

シャッテからの通信が響く。

躊躇なく振り向き、ジャンプ。

「あ、取れた」

ルキは最後のフラッグを掴み取った。

《ヴァルキリーC9、船体状態を確認中》

《ヴァルキリーC9 フラッグ7/7》

《勝者――ヴァルキリーC9》


「何という結末!まさに僅差の勝利です!

ヴァルキリー選手、船体チェック中にフラッグ7本獲得!

最優先の勝利条件を達成しました」


「ほら、姉さん。歓声に応えなさいよ」

フリーズから回復すると、ヴァルゴの口調が明らかに変化した。

言われて、ルキはひらひらと手を振る。


こうして、準決勝進出者が出揃った。



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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