第3話(3)準々決勝
西暦2382年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
ルナロンドの特設会場は朝早くから満員御礼となり、
会場の外はブックマーク屋やお土産屋が並び、
会場とはまた違った熱気を放つ。
観客席の上層は企業スポンサーと政財界VIP。
中層は各都市代表団。
下層は一般観客。
空中を飛び交う小型ドローンが観客の表情を映し、
歓声は増幅されてドームを震わせる。
「さあ皆さん、お待たせいたしました!」
実況席の中央、マイクを握るのはピーター氏。
銀髪混じりの短髪に、年季の入ったスーツ。
長年の経験が滲む声は、それだけで場を温める力があった。
「一昨日は開会式と一回戦、休養日を挟み、
本日はいよいよ準々決勝であります!」
歓声。
隣で腕を組む解説者コサック氏が穏やかに頷く。
「ここからは実力者同士の純粋なぶつかり合い。誤魔化しは効きません」
「今朝6時に本日の競技種目と対戦カードが発表されました。
まずは競技種目から!」
巨大スクリーンに文字が浮かぶ。
――サーティーンフラッグス。
ルナロンド・月面ドーム近くの外宇宙に用意された、
直径五キロの球形空間で競われます。
その中には常に移動し続ける小惑星100個をランダムに配置、
そのうち13個にターゲットのフラッグが刺さっています。
先に7本を取得するか、相手を船外へ落とすか、
それとも宇宙船を航行不能にするか。
「クイーン選抜戦以外でもお馴染みの競技ですね。」
「分かりやすいし展開が速い。駆け引きも深いです」
ピーターが笑う。
「つまり、観客先が非常に盛り上がるわけですね!」
会場から笑いと拍手。
「さて、それでは対戦カードです」
第1試合
予選2位 アテナN3(民間)
vs
予選7位 センチュリオンβ1(宇宙軍)
アテナのホログラムが映ると、民間席から大歓声。
一回戦の好成績が記憶に新しい。
第2試合
キャンサーγ2(朧牡丹・民間)
vs
シュプリンガーν6(宇宙軍)
第3試合
レオΘ0(宇宙軍)
vs
クロフトε7(研究所)
第4試合
ヴァルゴΔ4(研究所)
vs
ヴァルキリーC9(民間)
「コサックさん、本日の展望はいかがでしょうか?」
「まず予選1位と2位が当たらない。これは妥当な配置でしょう」
「シード扱いと?」
「そうですね。研究所勢も直接ぶつからない。バランスは取られています」
ピーターが身を乗り出す。
「ズバリ予想は?」
「レオ、ヴァルゴ、センチュリオン、キャンサーですね」
会場がざわつく。
「アテナは一回戦が嵌り過ぎました。
得意種目で二度のラッキーはあり得ません。
それに、宇宙軍は短時間でも対策を練る組織力がある。
キャンサーは対人戦に定評があります。
レオとヴァルゴは格が違う」
観客の反応は賛否半々。
審査員席が映る。
中央にユル・ブリン少将。
表情は変わらない。
その隣にロバート・ボーン研究所長。
知的な眼差しで戦域を見つめる。
その他識者ら、合計5名が審査員を務める。
VIP席では、
ルナウズマサ市政官モモ・トーヤマが静かに座る。
その横でギルド長ゴーツが菓子をつまみながら満足げに頷く。
(今日は生で観戦、これじゃ!これじゃ!)
アリーナ中央、空間が歪む。
球形空間に配置された小惑星群が一斉に動き出す。どんどんランダム性が増して、あちらこちらで衝突し、ますます動きが読めなくなる。
観客の心拍数が上がるのが、会場の空気で分かる。
イーストゲート:
センチュリオンβ1は静かに最終チェックを終える。
(アテナの行動予測を完了、問題ない)
ウエストゲート:
アテナN3は、何も語らず出撃口へ向かう。
ピーターが声を張る。
「それでは――準々決勝、第1試合!」
オープニングファンファーレ。
アテナN3。
センチュリオンβ1。
巨大モニターにイーストとウエスト、それぞれのゲートが映し出される。
カウントダウンが始まった。
10。
9。
8。
観客の誰もが、瞬きを忘れていた。
「――開始!」
ゲートが開き、二機が同時に飛び出した。
◇ ◇ ◇
■第1試合 アテナN3(民間) vs センチュリオンβ1(宇宙軍)
カウントダウンがゼロを刻んだ瞬間、二機は同時に射出された。
無音の宙域で、エンジン光だけが交差する。
《――開始》
次の瞬間、会場に小さなどよめきが走った。
「え……もう1本?」
「早くないか?」
開始から、わずか数秒。
アテナN3が最寄りの小惑星をかすめ、
一切の減速もなくフラッグを回収していた。
「探知が……異常に速い」
実況席の解説が、言葉を探す。
「理論上、あの速度での位置確定は――」
2本目。
3本目。
センチュリオンβ1は、事前に組み上げた予測ルートへ向かうが、
そこにフラッグはない。
(おかしい)
(予測ルートを、すべて先取りされている)
4本目。
5本目。
観客席のざわめきが、明確な熱を帯び始める。
「センチュリオン、まだ1本も取れてないぞ?」
「相手、民間だよな……?」
宇宙軍ブリーフィングルーム。
オッペンハイマー大佐は、腕を組んだまま天井を仰いだ。
「……おかしいだろ」
「データ通りなら、ここまで一方的になるはずがない」
隣で控えていた参謀が、口を開きかけてやめる。
説明が、もはや意味を成さないと理解したからだ。
そして――6本目。
《アテナN3 6/7 リーチ》
場内が、はっきりとざわめいた。
「リーチ!?」
「いや、早すぎる!」
センチュリオンβ1は、即座に戦術を切り替える。
《戦術変更:船外への落下もしくは宇宙船の航行不能》
破れかぶれの突撃。
アテナを落とすか、宇宙船の動きを止めるしかない。
センチュリオンは最大加速で突っ込んだ。
「来たぞ……!」
実況席が声を張る。
だが――
アテナN3は、逃げなかった。
ほんのわずか、進路をずらす。
それだけで、二機の位置関係が変わる。
(……誘導?)
審査員席で、ユル・ブリン少将の視線が、静かに細まった。
(違う)
(避けているのではない)
(――行かせている)
次の瞬間、センチュリオンβ1が気づく。
「小惑星――近すぎる!」
回避操作は間に合わない。
エンジン部が小惑星の縁をかすめ、衝撃が走る。
《エンジン損傷》
《推力低下 50%》
宇宙軍席で、誰かが息を呑んだ。
「……詰んだな」
オッペンハイマー大佐が、低くぼやく。
「この速度じゃ、もう追えん」
その通りだった。
大きくスピードダウンしたセンチュリオンの横を、
アテナN3が静かにすり抜けていく。
7本目のフラッグ。
《回収完了》
《勝利条件達成》
《試合終了》
一瞬の静寂。
そして、遅れて爆発するような歓声。
「7―0!?」
「完全勝利だと……?」
実況席が、半ば呆然と告げる。
「民間代表、アテナN3……宇宙軍機を相手に、
フラッグ一本も与えずのストレート勝ちです」
センチュリオンβ1は、損傷したエンジンを抱え、
ただ漂っていた。
大会サポートドローンに運ばれながら、彼女は結論を出す。
(予測値以上の探知範囲と精度、そして操縦技術でした)
審査員席で、ブリン少将は無言のまま頷いた。
(やはりな)
(あのアストロノイドは、異質だ。
手持ちのリソースを最適化して戦おうとせず、
足りないモノを直ぐに取り入れ、成長しようとする意思がある)
一方、アテナN3は、
勝利を誇るでもなく、観客に応えるでもなく、
ただ静かに帰投コースへ入る。
まるで、
最初から勝敗が決まっていたかのように。
◇ ◇ ◇
■第2試合 キャンサーγ2(朧牡丹/民間) vs シュプリンガーν6(宇宙軍)
序盤、両者の狙いは同じだった。
相手を宇宙船から落下させるか、宇宙船のエンジンを壊す――
それが最短の勝利条件、宇宙軍が好む戦法。
お互いにフラグを意識しつつ、意図的に相手と交差、
相手のバランスを崩そうとする。
だが、安定感で勝る朧牡丹に対し、シュプリンガーν6は
次第に不利を悟り、彼女はやむなく戦法を切り替える。
すなわち、フラッグ取り。
フラッグ探知では朧牡丹が一歩劣っていた。
スコアは静かに、しかし確実に開いていった。
――フラッグ残り6本。
《シュプリンガーν6 5/7》
《キャンサーγ2 2/7》
観測席がざわめく。
誰の目にも、形勢は決したかに思えた。
しかも、
「あーっと!オーバーランか?」
牡丹はフラッグが刺さっている小惑星を通り越してしまった。
取れば3本目。
まだ挽回の可能性があるだけに、これは致命的に思えた。
牡丹は船を減速、180度方向転換して、通り過ぎた小惑星に
逆戻りして再び接近する。その裏側にフラッグがある。
牡丹は集中した。
静かに髪が振動を帯びていった。
(5-3を覚悟したけど、取れば6-2!リーチよ)
牡丹が取り損ねたフラッグを求め、シュプリンガーν6が
最短距離で急接近する。
(死角に入った。これで読まれない)
彼女は速度を落とさず、ヒットアンドアウェイを試みる。
(フラッグを取って、急旋回です)
6本目のフラッグを掴む、
即座にフラッグ情報が更新される。
《シュプリンガーν6 6/7 リーチ》
その瞬間。
小惑星の裏側。
「ダンスビート・アタックランス――牡丹一閃!」
振動していた牡丹のツインテールが一本に交わると、
一瞬でらせん状に伸び、
そのまま小惑星を貫通――
一直線の刺突。
さらにシュプリンガーν6が乗る宇宙船のエンジンを正確に撃ち抜いた。
爆発は起きない。
だが推進は止まり、宇宙船は惰性のまま回転を始めた。
――航行不能。
シュプリンガーν6のフラッグは6本。
朧牡丹は2本。
宇宙船が航行不能となった時点で、その競技者は敗北となる。
勝者は朧牡丹、逆転勝利。
誰もが息を呑んだ。
判定が確定し、
見事な逆転勝利に観客から大声援と万雷の拍手が送られた。
(師匠、ご覧になりましたか?)
拍手と声援を受けて、彼女は、会場のとある席を見つめて、
ふと、昨日の出来事を振り返った。
今日のこの一撃は、決して偶然ではないのだと、
胸の内で静かに確信した。
◇ ◇ ◇
準々決勝前日の休養日、ちょうどショーンが発熱して寝込んでいた頃、
朧牡丹は一人、ホテルに隣接するトレーニングジムを貸し切りにして
自らのグレードアップと調整メンテナンスに取り組んでいた。
使用したのは、ルナウズマサからわざわざ運んで来た専用機材。
牡丹が名付けた“修行カプセル”で朝からずっとだ。
身体動作を極限まで負荷をかけ、信号の伝達速度を最適化、
今回は特別に、ツインテールの髪質強化まで組み込んでいた。
調整と負荷を繰り返し、結果を検証し、再調整する。
カプセルの中で調整を行う度に、意識は研ぎ澄まされ、
ツインテールの“刺す感覚”は研ぎ澄まされていった。
だが、使いこなすためのトライアル&エラーは、
相当の身体負担とストレスを生み、まさに“修行”と呼ぶべき代物であった。
「……まだだ」
ツインテールと身体の連動性にズレがある――
「次」
ツインテールの最大貫通モーメントを徐々に上げて刺突テストを繰り返す。
刺突用サンプルプレートはだんだん硬く、厚くなる。
これぞ無我の境地。
感情が抑え込まれる最中でも、それでも思い浮かぶのはただ一つ
先日、得意の格闘戦で不覚にも完敗した、人間の男の事。
繰り返すこと15回目。
やがて、モニターに結果が表示される。
――目標硬度と肉厚の金属プレートの貫通に成功。
朧牡丹は深く息を吐いた。
満足と同時に、ひとつの“認識”が内部で確定、
システムログが更新される。
自己鍛錬(絆)因子:
特訓前
優先1:モモ・トーヤマ(祖母設定)
優先2:アヤメ・トーヤマ(母設定〈故人〉)
優先3:ニア・ヴェイン(先生設定〈故人〉)
特訓後
優先1:ショーン・マクスヴェイン(師匠設定)
優先2:Unknown(ライバル設定)
優先3: モモ・トーヤマ(祖母設定)
奇しくも、牡丹が使用した機材は、
ショーンの姉・ニアがかつて製作した
――「自己鍛錬システム常駐型-メンテナンスカプセル」だった。
朧牡丹は、その表示を見つめ、
新たな二つの因子に少し驚き――受け入れた。
「師匠か。そうだな、私はとっくに彼を認めていた……」
試しに、
「し、ショーン師匠」と呼んでみると、思いのほか顔や胸が熱くなった。
そしてもう一つ、Unknown(ライバル設定)。
「ふん、おもしろい」
まだ見ぬ強敵を頭に描いて、牡丹は呟いた。
昨日の事を思い返して、向こうに見える関係者席を改めて見る。
そう、ショーン・マクスヴェインをずっと見つめていると、
不意に彼と目が合った。
どきりと胸が鳴る。
師匠という呼び名は、
思いを寄せると力が満ちてくるものなのですね。
ふっと微笑みを返して幸せな気分に浸る朧牡丹。
彼女はまだ、
ショーンの隣に座る女性アストロノイドを深く認識していない。
先ほど完勝を飾ったアテナN3。
後日の――準決勝。
アテナとの、因縁の対決。
その視線の奥に宿るものを、
朧牡丹もアテナもまだ、知らなかった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




