第3話(1)準々決勝、その前日
西暦2382年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
「今までと違って、今回はかなり楽しめたな」
宇宙探索者ギルドのゴーツギルド長は、
執務室で少しの休息中、
昨日行われたアストロクイーン選抜戦本戦の開会式と、
一回戦をライブ中継で堪能したことを思い起こした。
そして、現地で観戦できないことを少し残念に思っていた。
去年、突然台頭してきた
ショーン・マクスヴェイン率いるチーム『ニアサイド』。
そこから、まさかのアストロクイーン選抜戦本戦出場者が二名。
先ほどまで行われていた一回戦も揃って突破。
明日はそれぞれ準々決勝を戦うこともあり、
地元のルナトキオ支部には
ひっきりなしに問い合わせが来ているらしい。
◇ ◇ ◇
ゴーツが幹部たちと打合せていると、受付から突然の連絡。
商工組合ギルドの幹部たちが、
ここルナヒューストン本部に来訪されたとのこと。
彼らは相変わらず自己中心的だな。
だが、組織のトップとして取り合わない訳にもいかず、
ゴーツは幹部たちと共に話し合いの場に応じた。
「ギルド長!何とかお助け下さい!
もはや我々では手に負えないのです!」
ここ最近、宇宙海賊どもは大人しかったが、
アストロクイーン選抜戦に便乗して、
開催地ルナロンド周辺で略奪が横行していた。
一つ一つは小さな略奪や強盗。
それが、今日だけで数百件。
しかも、同じ時間帯に起こったため手が回らなかった。
明らかに、開会式のお祭りムードに乗じた組織的活動。
商工組合や警察が綿密に配備した警備網の、
見事に裏をかいて実行されており、
明らかに情報をハッキングされている手口だった。
(これは!現地に赴くチャンスじゃ!)
「ふむ…分かりました。
それでは探索者からも警備部隊を募りましょう」
そして、ゴーツは、尤もらしい理由をつける。
「幸い、彼の地にはユル・ブリン少将が滞在中。
彼に相談し、略奪組織討伐の支援をお願いしましょうぞ!」
おおお!ありがたい!
よろしく頼みますぞ!
歓喜に沸き、安堵する商工組合ギルドの幹部達。
ゴーツはそそくさと旅支度を整えると、ルナロンドへ向かった。
完全な観光モードで。
◇ ◇ ◇
商工組合が手配したチャーター機で、
ゴーツは数時間でルナロンドに到着。
更に、ノータイムで大会審査員が滞在している宿泊地を訪れた。
ユル・ブリン少将は宇宙軍随一の実力者。
そのため、めったに会うことのかなわない人物。
それでも面会の申し出に意外にもあっさりと応じてくれた。
こうしてゴーツは、ユル・ブリン少将と面会を果たす。
「少将閣下、実は選抜戦の盛り上がりにかこつけて、
略奪や強盗が一気に増えました。
どうやら、いつぞやの宇宙海賊どもが、
警備網をハッキングして暴れまわっているのです。
商工組合から救援要請を受け、我々宇宙探索者ギルドも協力を始めました」
「なるほど、それで?」
ユル・ブリン少将は表情を変えずに続きを促す。
「そこで、早期解決を図るために、
ここはひとつ、
宇宙軍にも協力を仰ぎたいと思い、
閣下にお願いに参りました。
ビッグイベントを楽しむ民衆のためにも、
なんとしても現地の治安を維持したいのです!」
ゴーツは目力をこめてユル・ブリン少将に嘆願した。
「分かりました」
ユル・ブリンは即答した。
少し待ってください、と彼はどこかに連絡する。
5分後。
一人のアストロノイドが入室して来た。
(なんと!一二星座アストロノイド、獅子座のレオΘ0!!)
艶のあるオレンジの長髪を低く結い上げ、
その中に金のメッシュが走る。
鋭くも静かな金色の瞳。
ゴーツに迫る長身と、鍛え上げられたしなやかな体躯。
モニター越しに観ていたときも、
随分と風格があるな、と感じていたゴーツだった。
だが。
――格が違う
歴戦のゴーツさえも、
思わず、後ずさりしたくなるほどの威圧感が、彼女にはあった。
「……遅れました」
レオはユル・ブリンとゴーツにピシッと敬礼し、
後ろ手で腕を組み、直立した。
「レオ、キミは明日の早朝、散歩して来なさい」
レオはピクリと獅子の耳を動かし、言葉の続きを待つ。
「宇宙探索者ギルドは明日、商工組合と地元警察に助力するため、
大規模なゴミ掃除を予定している。
散歩のついでに、
ゴミが沸いている場所を見つけて、
こちらのゴーツ・ギルド長に連絡するように」
ユル・ブリンは一度言葉を切ると、少し考えて言葉を付け足した。
「…そうだな、ついでに突入部隊が進みやすいように少し手助けも頼む」
「はい、それでは情報を整理し、行動計画として復唱いたします」
「明日4時より、ルナロンド周辺を探索調査、
犯罪者集団のアジトを特定し、突入部隊へ情報提供いたします」
「その際、防御システムへ侵入し、制御権限を掌握します。
トラップ類は全て解除、扉は全て開放して突入部隊を支援します」
レオは少将の意を汲んで、より具体的に復唱した。
「なぜ、4時かね?」
「商工組合の警備スケジュールは、毎日5時に更新されます。
その前に広域探査を使って、怪しい場所に目星をつけておき、
5時にハッキングを始める輩を、逆ハックで絞り込みます」
ユル・ブリンは満足げに頷いた。
「それで良い。成功すると人は浮かれ易い。
脇が甘くなってるはず、そこを突いてくれ」
「ご協力に感謝いたします。
一刻も早く関係者へ準備させたいので、本日はこれで失礼します」
ゴーツは深々と一礼した。
こうして、ゴーツは宇宙軍の支援内容を伝えて、
地元警察、商工組合の傭兵部隊、そして宇宙探索者ギルドの各組織に、
明日早朝に400人を討伐する突入部隊の編成を急がせた。
◇ ◇ ◇
■準々決勝の朝
前日、密命を与えられたレオΘ0。
「少し散歩してきます」
悠然と外出し、ルナロンドの象徴、時計台のてっぺんまで上昇する。
意識をルナロンド全域に向けてサーチをかける。
「海賊たちは略奪の成功に浮足立っている筈。
よもやハッキング中に、
自分たちが逆ハックされるとは思ってもいないでしょう」
そして朝5時。
……敵のハッキングを確認。
逆ハッキング開始。
ここより南へ5キロの地点。
レオは時計台から飛び跳ねると、音もなく上空を移動した。
5分後、その場所に到達する。
表向きは古い洋館だった。
レオは近距離詳細サーチをかける。
建物は廃墟として登録抹消物件。
無人のはずですが、約400名の生体反応を確認。
どうやら地下3階の要塞構造に改造している様ですね
ゲート、隔壁、侵入防止トラップが各階層ごとに数カ所存在します。
状況確認を素早く終えると、レオはその場を離れた。
事前に共有した連絡グループにメッセージを送ると、
レオは宿泊先までのんびりと散歩して戻った。
時計台の南方5キロ――
古い洋館は地下に要塞――
3層構造に400人――
ゲート、モニター、トラップ類、全て無効化――
ゴーツは、ホテルの一室でメッセージを受け取った。
表示された四行を見た瞬間、にやりと笑った。
「……本当に散歩程度なのだな」
早い。
10分と経っていなかった。
だが、それで十分なのだろう。
ギルド幹部・商工組合・警察は情報共有リンク済み。
もはやゴーツに仕事は残っていなかった。
「素晴らしい手際だった。
商工組合は満足、
地元警察は面目躍如、
ギルドにも支援報酬がたっぷり……」
(そして儂は、のんびりと大会を満喫できる)
感謝の気持ちとばかりに商工組合の各々が手配してくれた、
ホテルと食事、事後の視察と称する観光案内。
そして決勝戦までのプレミア観戦チケット。
――本部に残った諸事を任せた部下には申し訳ないがな。
プライベートジャグジーに浸かりながらゴーツは独り言ちた。
◇ ◇ ◇
■ハーミットの末路
クイーン選抜戦に乗じた、今回の略奪事件は、
海賊ファミリーの幹部を首魁とする集団の犯行だった。
中核となっていたのは、情報工作担当のジェッド。
彼を中心に警備システムへ侵入し、
商工組合・警察・民間警備のスケジュールを掌握。
四百名規模の実働部隊を分散配置し、
小規模な略奪を同時多発的に行った。
派手さはないが、確実に利益を積み上げるやり方だった。
しかし、この日の朝、肝心のジェッドは、この場にいなかった。
昨日、『シャッテを発見したから追い込む』と、伝言があっただけ。
そのまま連絡が途絶えていた。
「……チッ、使えねえ奴だ」
まさか、我を忘れて夜通しやってんじゃねえだろうな?
ハーミットは舌打ちしたが、作戦を止めるつもりはなかった。
警備情報は、すでに手に入っている。
ジェッド抜きでも、同じことは出来る――そう思い込んでいた。
こうして準々決勝の朝。
ハーミット一味は、
これまでと同じように警備システムをハッキングする。
「よし、通った。
警察の巡回ルート、チェック。
傭兵部隊の担当区画も把握した」
いつも通りの手応え。
あとは時間を揃えて飽和攻撃で略奪開始だ。
誰もが成功を疑っていなかった。
だが――。
「こちら地上ゲート!何者かが集団で侵入!ガハァ!」
「おい、どうした!何だ、モニターが映らないぞ?」
「隔壁が閉じません!トラップも無反応!突破されてます!」
「そんなバカな!ログは……あるぞ。
でも、起動信号が出てねえ。まるで……」
その瞬間だった。
地下通路の照明が一斉に切り替わり、
警告灯が赤く点滅する。
《――ロックアウト完了》
無機質なシステム音声。
「な、何だ!? 誰が操作してる!」
ハーミットが怒鳴るが、返答はない。
すでに全トラップは解除され、
自動砲座・隔壁・非常脱出口――
すべてが「安全状態」で固定されていた。
外部からの再起動も不可。
管理権限は完全に奪われている。
「……システムをハッキングされてるのか?」
理解した時には、遅かった。
地上と地下の一層から三層すべてに、
警察の特殊部隊と、商工組合が雇った傭兵部隊が同時侵入。
抵抗らしい抵抗も出来ず、
400名の海賊は、あっという間に制圧された。
ハーミットは床に押さえつけられながら、歯噛みする。
「くそ……ジェッドの野郎か?……ぐほっ!」
だが真実は違う。
ジェッドがいようといまいと、
この結果は変わらなかった。
すでに“獅子”は、盤面を読み切っていたのだから。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




