第2話(3)シャッテを狙う影
西暦2382年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
一回戦終了後のインタビューが始まった。
真っ先にインタビューを受けたのは、
最終10組で鮮やかな腕前を披露した、ヴァルキリーC9。
(話下手のルキちゃんフォローしなきゃ!)
オーナー登録のシャッテは、ルキの横で積極的に応じる。
二人揃うと実に絵になった。
それに、シャッテは明るく気さくで話し易い。
あっという間に今日の話題を全て持って行った。
しかも、全ネットワークチャンネルで、
「ウチのルキちゃん、サイコーです!」
と愛称で言ったものだから、
この日より、誰もヴァルキリーC9と呼ばず
「ルキちゃん」が一瞬で定着した。
そんなインタビューを、
食い入るように見つめる男たちがいることも知らずに……
こうして開会式と一回戦が終わり、夜が更け
白熱した街が徐々に静けさを取り戻す。
◇ ◇ ◇
翌日は、競技自体は無く、選手たちの休息日であった。
だが、ルキとアテナには、今日も朝からインタビューが殺到した。
しかし、昼近くになって事態は急変する。
ショーンの体調が悪くなり、熱を出して寝込んでしまったのだ。
「これは間違いなく、一昨日の、
牡丹とかいう暴漢の攻防で、目と脳への負担が大きかったためだ。
アテナはキャプテンの体調不良を理由に、
午後のインタビューを全てキャンセル、
メイド・アテナがつきっきりの看護を始めた。
「二人とも、だんなさまは一日、安静にしていれば大丈夫です」
「安心して、外出してリフレッシュしてくると良いですよ」
「分かったわ、
それじゃあショーンに“早く良くなってね”のキスを……」
「いいえ、お気遣いご無用です。
とっととお出かけ下さいませ」
アテナの口調が強くなる。
シャッテは、アテナのいつものノリに、少し安心感を覚える。
「ルキちゃん、一緒に行こ!」
「……ルキ、ショーンのお世話、見てる」
「あ、そう?」
「ん、アテナの見て覚えたい、きっと役立つ」
「ルキちゃん!なんていい子!
じゃあ、みんなにお土産買ってくるね」
シャッテはるんるんと外出する。
――シャッテの長い一日はこうして始まった。
◇ ◇ ◇
シャッテは念のためと、
オシャレ着からスペーススーツに着替え、
ジャンパーとスラスターブーツも身に着ける。
それでも十分人目を引く顔立ちなので、
繁華街を少し歩くだけで
あっという間に見つかって囲まれてしまった。
女性や子供、お年寄りにはめっぽう優しく、
反面、男性には睨みを効かせて追っ払う。
ことさら、
列を押しのけ近づいて来る男たちは、
特ににらみを利かせて、ご退場願っていた。
そんな中、シャッテは見覚えのある何人かを人ごみに見つけた。
瞬間的にヤバ!っと理解し、思考を巡らせる。
(アレって、ルナトキオで襲って来た連中!)
海賊ジェッドが、
仲間を数人連れて不気味な笑みを浮かべていた。
シャッテは怪しまれない様にホテルへ戻ろうと決め、
気づかない振りをして
少しずつジェッド達から離れる。
ジェッドはニヤニヤしているが、
全く動く素振りを見せない。
(ここなら建物の影に身を隠せそう)
シャッテは十分に距離を取れたと判断し、
サッと身を隠して一気に離れようとした。
「おっと、どこ行くのかな?」
振り向き、移動しようとした前方。
別の集団?6人に囲まれた。
面が割れているジェッド達は囮だった。
男たちはシャッテの腕を掴み、逆手で締め上げた。
声を上げて逃げようとしたが、
躊躇なく腹を殴られた。
(ヴ、ゲフッ……)
これくらい何でもない。いつも上手く逃げ出せていた……
だが、
「シャッテ・ホルスタイン、
お前最高だよ……俺から二度も逃げ切るなんてさ」
ジェッドの集団も駆けつけ、
総勢10人の厳つい男どもに囲まれた。
「あなたなんか知らないけど、どなたかしら?
きっと存在感薄いのねぇ
知らず知らずに逃げ切っちゃってごめんなさいね」
せめてもの負け惜しみと、シャッテはジェッドを煽る
多分、コイツがリーダー、コイツが平静さを欠けば……
一瞬、沸騰しかけるもジェッドは立ち直る。
「駆け引きには乗らない。まずは場所を変えようか?」
シャッテは何か薬品の液体を嗅がされ、眠らされた。
◇ ◇ ◇
(……うぅん……え?胸を触られてるっ、ヤダッ)
眼が覚めたのは、何処かの地下へ通じる階段の途中だった。
大男に担がれて連れ去られる途中だった。
ソイツのスケベ心がこの場合はラッキーに作用し、
体を触られる嫌な感覚で、
シャッテは意識を取り戻した。
どうしよう、階段を上か?下か?
上よ!
シャッテはジャケットのポケットにサッと手を入れ、
とっておきの護身用カプセルを指で潰す。
突然、辺りにスモークが立ち込めた。
「うわっ」
「何だ?」
「ぐぼぉ」
シャッテを担いでいた男は、
彼女が服に忍ばせていた針で刺され、痺れて倒れた。
階段を駆け上がるシャッテ。
だが、階段を上り切ったフロアーは地下通路、
地上では無かった。
それでも、そこは狭い区画で見通しが悪かった。
シャッテは素早く死角を見つけて建物の影へ。
ジャケットの胸ポケットからVRゴーグルを取出して装着。
ゴールマッパーを起動させた。
「リード!ゴールはホテルよ!
どうすれば男たちから逃げられる?」
「……」
「リード!?」
「お嬢、簡単だけどショーン氏に迷惑をかける道と、
辛いけどショーン氏に迷惑をかけない道と、」
「え?」
「今なら選択可能ですが、どうします?」
「迷惑かけない方に決まってる!」
「了解です、お嬢。
ゴール設定完了です、
そこを左に曲がって隠れて下さい。
念のため私を外しておく事をお勧めします」
シャッテはゴールマッパー・リードを外してジャケットにしまうと
左の道を曲がって配管の陰に隠れる。
だが、当たり前のように見つかってしまった。
両手両足を縛られ、シャッテは二人に担がれる。
シャッテを担いだ海賊たちは、
再びさっきの階段を降りて行った。
階段が行きついた先、そこは、小さなカジノだった。
◇ ◇ ◇
シャッテは、
ブラックジャック用の大きなテーブルに、
大の字に寝かされ、手足を縛られる。
その周りに餓えた野獣のように、
男どもが欲望の目をぎらつかせる。
カウンターに腰かけたジェッドはため息交じりに鼻で笑う。
「やれやれ、随分と手間取らせる」
「三度目にならなくて良かったね?……ミスター・ジェッド」
首を精一杯動かし、ジェッドを妖しく見つめるシャッテ。
「な、なぜ俺の名を?」
流石のジェッドもこれには声を逆立てた。
シャッテは隠れている間、それこそ見つかるギリギリまで、
リードを使って海賊どもの個人情報を調べていた。
ゴールマッパーは、
マップ上に存在するあらゆる情報を識別する。
交渉の余地があるなら、少しでも有利にしたいシャッテだった。
「それとも、昔の名前で呼んだ方が?確か、バレン…」
「うっせぇ!」
ジェッドから余裕の笑みが消える。
シャッテを睨みつけるその表情は、
怒りというより恐れが感じられた。
絶体絶命のピンチ。
だが、シャッテの頭は冷静だった。
(リードが示してくれた……。
これは、辛いけどショーンに迷惑をかけない道……
大丈夫、わたしは負けない)
ジェッドの名――
触れてはいけないモノに触れられ、ジェッドは逆上した。
それを見たシャッテは、冷静に対処しようと心に決める。
とにかく、周囲の情報を確認しなきゃ
――出入口は?
ここは地下3階にある小さなカジノバー。
出入口は一カ所みたいだ
――バーカウンターは?
カウンター席に海賊ジェッド、彼一人。
あら?
その奥に女性ヒューマノイドが立っている!
バーテンダーあるいはディーラーかしら?
カウンターの奥にも、出口があるかも知れない!
――カジノテーブルは?
わたしの囲んでむさ苦しい男が9人。
眼がキモい!
麻痺していた大男もこっちを睨んでいる。
あれ?
奥のソファテーブルに更に男!
いつから居たの?これで11人…………。
お酒飲んでるけど、何者かしら?
こういう時は先手必勝、対話の主導権は渡さないわよ!
「そろそろ色々と聞きたいのだけれど、いいかしら?」
シャッテは誰に話すでもなく声を張り上げる。
「私はシャッテ・ホルスタイン、
一応、これでもアストロクイーン出場者のオーナーよ。
このような仕打ちをするのは何の利害があっての事かしら?
出場者の関係者から頼まれた……は無いかな……」
シャッテは海賊たちの表情を観察しながら言葉を選ぶ。
「可能性が高いのは賭博絡み?
裏のブックマーク屋さんから、大穴は困ると頼まれた?
それとも、博打好きな大物さんが、
この前大損して怒り狂ったとか」
海賊たちは息を呑む。
「全員でわたしを汚して、
ついでにゴシップ記事を売り込むのね。
子分にはちょうど良い息抜きと小遣い稼ぎ、
ボス猿気分でジェッドちゃんは鼻高々」
海賊たちは動揺する。
「ジェッドちゃんは私を追い込むこと自体が楽しいのね。
勝手に私に負けて、一人でため込んで、
これで気が晴れたのかな?」
ジェッドの顔に血管が浮き出た。
「さて、どうかしら?結構当たったでしょ!」
――全部当たっていた。
海賊幹部のハーミットは、闇の賭博屋から頼まれていた。
――大番狂わせを起こしそうな出場者を潰して欲しい、と――
その段取り全てを任されたジェッドは、
シャッテの読み通りに計画を立案。
これは一石三鳥の妙案だ、
と、ジェッドは内心で自画自賛していた。
「“ちゃん”付け止めろ!」
全て読まれた屈辱感、
冷静さを欠き、つい怒鳴ったジェッド。
だが一瞬で自重する。
(この女に、俺は絶対勝てないのか?……ならば!)
敗北感を背負ったジェッドは、一番安易な方法を選択した。
パチ、パチ、パチ……
ジェッドは、
精一杯虚勢を張って、シャッテに向かって拍手する。
「素晴らしい、まあ、全くの的外れだけどな!
で、
それが何?
お前はここで終わり……という結末は変わらない」
ジェッドは胸ポケットから銃を取り出すと
シャッテの眉間に狙いを定めた――
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




