第2話(1)本戦開催地ルナロンドへ
西暦2382年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
アストロクイーン選抜戦の本戦会場は、
大きな時計台モニュメントが印象深い、月面都市ルナロンド。
ショーン達は開会式5日前に、
ドレッドレッダー号でここに入港した。
本戦出場者はVIP扱い、
招待された一流ホテルのロイヤルスイートルーム
2名の本戦出場者を有するチーム・ニアサイドは、
それがワンフロア、丸ごとあてがわれるという高待遇を受ける。
ルームサービスは注文して3分でアツアツのモーニングが運ばれ、
夜はホットタブにベテランの女性マッサージ師の癒しと、
普段はマッサージする側のアテナも、
“とてもお上手で勉強になりますわ”とご満悦。
どうやら、民間アストロノイドでも、
本戦出場者、というだけで箔がつくらしく、
ホテル側のサービスは至れり尽くせりだった。
「ねえ、ショーン!
明日はアテにゃんとルキちゃんが、
大会運営委員会からの呼び出しで、
一日中向こうだから、二人で何処か行きましょうよ!」
シャッテがショーンの肩にもたれ掛かってデートアピールする。
だが、
「シャッテ、俺たちも明日は選手紹介の撮影があるからね」
「え、そうだっけ?」
「シャッテさん、出場者とそのオーナーです。
明日はスケジュールパンパンですよ?」
「そうだったぁ。
アテにゃんのオーナーはショーン。
わたしはルキちゃんのオーナーだった」
ルキことヴァルキリーC9が、
大きな体でシャッテに背中から抱きつく。
「ルキ、ままシャと一緒」
翌日、早々に選手紹介の撮影を終えた4人だが、
その後に選手のボディチェックを行うとのことで、
男性のショーンは席を外すこととなった。
施設を色々と覗いていくうちに、小さなトレーニングルームがあった。
暇つぶしにちょうどいいかな、
中に入ってストレッチを始める。
少し体が温まってくると、ショーンは上着を脱いで、
下着姿で逆立ちやブリッジなど、
いつものルーティンメニューを行うのであった。
だが、使用中の表示は付いていなかったが、
そこは先約の人物が既に使っていた。
◇ ◇ ◇
蟹座の朧牡丹は、
主人のモモ退役中将と共に、
2週間も前からルナロンドに滞在していた。
モモはここに友人・知人が多く、
毎日護衛に付き添っていたが、
今日は本戦の説明会があるので、主人の元を離れていた。
一通り終わった後、最近体を動かしていなかったため、
個人使用のトレーニングルームで軽く運動し、
その後、奥のサウナ室で座禅を組み、深い瞑想に入った。
――トレーニングウェアではなく、下着一枚の姿で。
瞑想を終えて、ふと、隣の部屋に誰か居ることに気づく。
(ふむ、痴漢か、暴漢か……)
牡丹は勢いよくドアを開けて、中に入る。
そこに居たのは、
ブリッジをして瞑想するショーンだった。
さすがの牡丹も、
まさか下着姿の男が股間をこちらに向けて、
ブリッジをしているとは想像すらできず、
しばらく固まっていた。
「え?この……ち、痴漢!変質者!」
タオル一枚を胸に巻き付けた下着姿の牡丹は、
高速で踏み込み、ショーンに蹴りと手刀を放った。
ショーンは、
ドアが開く音で目を開けると、驚いてバランスを崩しかける。
下着一枚の女性が飛び込んでくるとは夢にも思わなかった。
(な、なんだ?何かやらかしたのか?俺……)
痴漢、変質者と叫ばれ、女性が襲い掛かってくる。
鋭い蹴りと手刀の連続攻撃、
ブリッジから起き上がると、体をひねって蹴りを避け、
手刀は勢いに合わせて受け流す
初撃を躱された女性は、一瞬、不敵な笑みを浮かべると、
手刀、掌底、貫手、正拳突き、間髪入れずに攻撃を放ってくる。
緩急をつけ、足さばきも変幻自在。
間合いが絶えず変化する。
躱し続けるショーンには全て見える。
とは言え、体の方が、特に呼吸が苦しくなる。
(もう無呼吸で1分くらい……限界だな)
「牡丹や、子供相手に本気になるんじゃないよ」
主人のモモ退役中将が、二人の間に割って入った。
◇ ◇ ◇
「なるほど、お前さんがショーン・マクスヴェインか」
「はい、どうも失礼しました」
モモのおかげで、二人はようやく落ち着いた。
「ショーン殿、痴漢と早合点して申し訳ない」
「いえ、こちらこそすみません(いろいろ見てしまって)」
「牡丹や、そもそも入口の表示を【使用中】にしなかったのが悪い」
「うぅ、おっしゃる通りです」
「ショーン君、悪かったね。
この子は自分の身の回りは結構ずぼらな事が多いんだよ。
仕事のときはしっかり者で、凛としてるんだけどね。
怪我は無いかい?」
「あ、はい、何ともありません。
牡丹さんが手加減してくれたおかげです」
牡丹の頭上の狼耳がピクンと動いた。
「それでは失礼します」
呼吸が整うと、ショーンは一礼して部屋を出て行った。
「牡丹や、手加減しておったかの?」
「いえ、最初はともかく、ラスト30秒は全て本気でした」
「何発入った?」
「220発打って、一発も入りませんでした」
「人間相手に完敗じゃな?ふふふ、面白いものを見せて貰ったよ」
「面目次第もございません。
しかもあちらは、
カウンターのタイミングで一発も打って来ませんでした」
「殺気が無い子だよ、
牡丹や、あれが明鏡止水という武の極意かも知れないね」
(こちらが間合いに踏み込んでも、恐れがない……。
それでいて、こちらを傷つける意思が、一切なかった)
「ショーン・マクスヴェイン殿」
本戦を前に、蟹座の朧牡丹に一人の名前が強く刻まれた。
ショーンはボディチェックを終えたアテナ達と合流し、
夜の繁華街へと繰り出す。
アクセサリーショップでお揃いの髪飾りやブレスレットを買い、
美味しそうなレストランに入る。
アテナが一言、オーナーシェフにお願いすると、
個室ブースに案内され、
ゆっくり落ち着いて4人はディナーを楽しんだ。
夜、ホテルに戻ってそれぞれで寛ぐ。
「この街、すごく落ち着くし、変にピリピリしてないのがいいわ!
ルキちゃん、楽しかった?」
シャッテがヴァルキリーの方を振り返りながら尋ねる。
「……きらきら」
短い一言だったが、満足そうだった。
アテナが静かに頷く。
「いよいよ明日が本戦開会式ですけど、
賑やかな雰囲気の中、僅かに漂う殺気。成熟した緊張感です」
「もし、勝ち進む場合、皆さんに忠告を」
アテナは真面目な表情で語る。
「ご存じとは思いますが、アストロクイーン選抜戦は
公式、非公式、様々なブックマーク――いわゆる賭け事の対象です。
くれぐれもトラブルに巻き込まれない様お願いします」
「特にシャッテさん、お願いしますね?」
「ルキ、シャッテさんを守りなさいね」
「あれ?わたしって信用ない?」
「ゼロです。あなたはトラブルの中心ですから」
「ひどぉい!ルキちゃーん、アテにゃんの当たりが強いよ~」
「ヨシヨシ」ルキに頭を撫でられるシャッテ。
(今日の牡丹さんって、キャンサーγ2の事だったのか)
3人の会話を聞きながら、
ショーンは昼間のアストロノイドを思い出す。
(あの技、ルキじゃ受けきれないかな)
少し心配になるショーン、完全に父親目線であった。
アテナが、ショーンの視線に気づく。
「……ショーン」
「ん?」
「何か、ありましたね」
「……ああ」
否定しなかった。
「昼間に少しな」
「事件ですか?」
「ちょっとした行き違いで」ショーンは事の次第をみんなに伝える。
その瞬間、アテナの目が冷える。
「それは一方的な遭遇戦です。
その牡丹というのは、蟹座、キャンサーγ2ですね。
対戦したら潰します。
道ですれ違ったら拘束します」
「ア、アテナ?」
アテナの怒りを鎮めるのは大変だった。
「……ショーン」
ルキが小さく呟く。
「……眠い」
その一言で、夜が終わる予感がした。
ショーンは、頷いた。
「うん、それじゃあ、今夜はここまで。
明日は開会式、それから本戦一回戦だ」
ルナロンドの夜は静かに、更けていった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




