第1話(3)朧牡丹vsハングマン
西暦2381年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
海賊ファミリーのハングマンは憤っていた。
ルナウズマサ。
本来なら歯牙にもかけない小さな町。
鼻歌交じりに夜の繁華街を、30人の部下と一緒に軽くひと暴れ、
出て来た親玉を絞めて、小さな観光地を牛耳っていく筈だった。
あの着物の女と出会うまでは。
気が付けば気を失って、留置場に全員放り込まれていた。
誰も怪我を負っていない。
ただ、全員が一瞬で気を失っていたのだ。
ハングマンらは罰金、そして町からの退去命令で済んでいた。
「恐らくあれは麻痺ガス。あの女は気を引くためのデコイだった」
一度町から強制退去させられたが、当然お構いなし。
闇市場で全身防御スーツと銃火器を揃え、
更に、軍用ドローン強化歩兵を100体、
海賊ファミリーの共用倉庫から持ち出した。
――後で返せばいいのさ。
動きを抑え込んで、一斉掃射、消し炭にしてくれるわっ!
ハングマンの復讐心は燃え滾っていた。
◇ ◇ ◇
――その頃。
ルナウズマサ中心区、
市政官公邸の奥。
日本庭園が望める小さな茶室に、
静かなひとときが流れていた。
「……結構なお点前だ」
抹茶を一口含み、
穏やかに微笑む老将がいた。
モモ・トーヤマ。
退役中将にして、ルナウズマサ市政官。
紫色の着物がよく似合う小柄な老婦人。
だが、ピンと伸びた背筋、流れるような優雅な所作は、
老いなど微塵も感じさせない佇まいが、
彼女の人生の深さを物語る。
「恐れ入ります、モモ様」
朧牡丹は正座し、丁寧に頭を下げる。
アストロノイドとは本来、無機質で無表情。
だが、そこには、
まるで、静かなひと時を祖母と楽しむ”孫娘”のような表情だった。
湯気が立ち、
茶筅の音が、かすかに響く。
――その静寂を破ったのは、
壁面モニターの警告光だった。
《緊急警報》
《ルナウズマサの通行ゲートで事件発生》
《エントランスを強行突破し、何者かが乱入》
《武装集団31人とドローン兵100体が繁華街へ進行中》
モモは溜息を一つ。
「……やれやれ、この前の連中かね」
牡丹は即座に立ち上がる。
モモは湯呑を置き、一言だけ告げた。
「頼んだよ、牡丹」
それだけで、十分だった。
「――はい」
障子が開き、朧牡丹の姿はすっと消えた。
ハングマン一味はルナウズマサの通行ゲートを強引に突破した。
今回は問答無用、
暴力の限りを尽くして町のあちらこちらを潰して回る。
後先考えない八つ当たりだ。
観光シンボルであるモニュメントが倒壊、
怒号と銃声が繁華街を切り裂く。
「逃げろ!」
「伏せて!」
「なんでこんな……!」
観光客が悲鳴を上げ、
屋台が倒れ、店先が潰される。
「やめて! 子どもが――!」
「助けて……!」
通りの陰に身を寄せた市民たちは、
ただ祈ることしかできなかった。
「キャハハハ!!
こうなったのは牡丹とかいうアストロノイドのせいだ!
よく覚えとけ!カカカッ!」
「ほれほれ!もっとしっかり逃げなきゃ!きゃはは!」
「あぁ!ハングマンさん!出ました、あの女!」
大通り道の真ん中に、朧牡丹が立っていた。
「あなた方は、この町から退去命令を受けたはずですが?」
「あーん?関係ねえんだよ、オラァ!!」
四方からチェーンが伸び、
ジャラジャラと朧牡丹の体に巻き付く。
朧牡丹は冷ややかな視線で語り出す。
「ここは我が主が市政官として統轄する観光の町。
これより先、私の全ての行動は正当防衛として認可されます」
一度、目を閉じる牡丹、
ジャリジャリ、ギリギリと太い鎖の束が牡丹の体を締め上げる。
《牡丹さま、
シールド武装の警備隊を周囲に配備完了です。
市民と観光客の保護はお任せを――》
警備隊長の通信が、牡丹の細い眉をぴくりと動かす。
《ご存分に……》
ギュギュイン!!!
激しく金属が削れる音!
一瞬で鎖が粉々に砕けた――それは高周波インパクト。
ハングマン達の笑い声が一瞬で止む。
キッと目を見開き、
口上を結ぶ。
「覚えておきなさい、私の名は
【一騎当千アストロノイド】蟹座の朧牡丹。
これが、あなた方を処分する者の名です」
牡丹は腰の二本の太刀を、抜かずに頭上に高く放り投げる。
ツインテールのつややかな黒髪が、
生き物のように伸び、
左右それぞれが太刀を掴み取る。
「……髪が、動いてる……!」
ひゅんひゅんと頭上で二本の太刀を振り回すツインテール。
朧牡丹は髪を自在に操る二刀流だった。
ツインテールは、長さ10メートルまで伸縮自在、
それぞれがAI制御で個別に動く。
牡丹に死角は皆無だった。
こうして、近くの海賊たちが次々と攻撃を受ける。
「うぎゃっ!」
「ぐあぁっ!」
朧牡丹は腕を組み、悠然と佇んでいる。
「安心なさい。あなた方は“みね打ち”で許して差し上げます。
この町を無駄に血で汚す必要もありませんので」
朧牡丹が太刀をこん棒代わりにして小突く、
その衝撃だけで海賊どもは昏倒した。
「強化歩兵を突入させろ!身動き塞いで髪を切れ!」
後ろに控えていた100体ものドローン歩兵が一斉に起動、
八方を綺麗に包囲し、果敢に突っ込んでくる。
「ダンスビート・殲滅モード――ボルテック【瞬歩万雷】!」
超加速、1秒で時速60キロへ、
圧倒的速度でそのまま強化歩兵にぶつかると思いきや、
ふわりと空気投げで、強化歩兵を投げ飛ばす。
朧牡丹の戦闘スタイル――
中距離はツインテール二刀流の範囲攻撃。
近距離は超加速で相手を躱して一発KOする格闘術。
次々と投げ飛ばされ、
あるいは一撃で機体を打ち抜かれ、機能停止する強化歩兵。
完全武装の海賊たちがどれだけレーザーを撃とうが当たらない。
「なんなんだ?コイツ!普通じゃない」
ハングマンは我が目を疑った。
――蟹座?
目の前のアストロノイドが
“蟹座の朧牡丹”と言っていたのを改めて思い出す。
「蟹座って、キャンサー?ま、まさか“ヴァルゴ”の同類?」
「一二星座アストロノイドの一人?……」
――こんなところに?なんで?宇宙軍最高のアストロノイドが?
危険と常に隣合わせだったハングマン、
だがそれは、鈍いからでは無かった。
敵にも味方にも気づかれないよう、静かに後ずさりし始めた。
そして、嵐は過ぎ去った――
大通りには、
昏倒した海賊とドローンの残骸だけが残っていた。
沈黙、
次いで、
爆発するような歓声。
「助かった……」
「朧さぁーん!」
「牡丹さま……!」
歓声が繁華街を揺らす。
朧牡丹は一瞬、立ち尽くし、
困ったように視線を泳がせた。
(……どう応えましょう?)
そのとき。
屋台の店先に目が留まる。
白い――
狐のお面。
「……店主、これを買いますね」
朧牡丹はそれを受け取り、
そっと顔につけた。
そして。
照れを隠すように、
小さく手を挙げる。
「……皆さんご無事で何よりです」
拍手と笑顔。
恐怖は、完全に消えていた。
遠くで、
ハングマンが必死に逃げる姿を、
誰も気にも留めなかった。
その日、
ルナウズマサの屋台から
白狐の面は、
あっという間に売り切れたという。
◇ ◇ ◇
■選抜戦予選~結果発表!
――こちらは、ルナ・ネットワークニュースです。
人気女性キャスターがオープニングの挨拶を飾る。
背景に大きく映し出された歴代アストロクイーン3名のホログラム。
そして、キャスターの横には、
まだ見ぬ四代目のシルエット像がゆっくりと回転している。
第4回アストロクイーン選抜戦
民間アストロノイドの本選出場をかけた、初めての予選ラウンド。
一万人を超える民間アストロノイドが予選にエントリー、
一次予選の3ヵ月間、彼女たちは
いつもの仕事を完了する度に、
大会規約に基づいて自動評価され、ポイント付与されました。
そして、一次予選上位200名が二次予選に進出。
更に3ヵ月間、ポイントを競い合い
遂に先ほど、二次予選の全日程が終了いたしました。
それではこれより、第4回アストロクイーン選抜戦の、
本選出場を果たした獲得ポイント上位6名を
発表いたします!
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「ショーン、始まったね」
シャッテがドレッドレッダー号リビングのソファで
ごろりと寝転ぶ。
ルキことヴァルキリーC9も、
シャッテの横で真似をしてごろり。
「シャッテさん、ルキが真似しますので無作法はお控え下さい」
メイド・アテナにぴしゃりと言われ、
は~い、とシャッテは座りなおす。
は~い、ルキも真似をする。
◇ ◇ ◇
予選ラウンド1位!
ルナウズマサ観光協会所属
キャンサーγ2!!
ニックネーム【一騎当千の朧牡丹】
獲得ポイント1502点
大きなプラス評価は、
ルナウズマサ襲撃事件で武装海賊30人の捕獲
軍用強化歩兵100体の単独鎮圧です。
艶やかな着物姿のホログラムが会場に映ると、大きな歓声が上がった。
「アテにゃん、あれって着物だよね?」
「ルナウズマサは和服が楽しめる有名な観光地ですよ」
「ルキ、着物、欲しい」
3人とも着物の情報が大切なようだ。
予選ラウンド2位!
ルナロンド大使館所属
コネリーA7!!
ニックネーム【スパイレディ】
獲得ポイント1395点
大きなプラス評価は、
ルナパーリ大使館の爆破テロを未然に防ぎ、
敵アジトを探し出して当局に情報提供
スタイリッシュな黒のスーツにサングラス、またもや大きな歓声が上がった。
「うわ~これぞスパイって感じ?」
「恐らく情報操作の一種ですね、
本当の彼女はもっと目立たない姿だと思いますよ」
「ルキ、サングラス、欲しい」
3人とも、またもや服装に目がいっている。
――第3位
宇宙探索者ギルド、ルナトキオ所属
アテナN3
ニックネーム【天衣無縫の万能プレミア】
獲得ポイント1366点
大きなプラス評価は、
海賊討伐の特殊工作活動
海賊30人と海賊幹部の捕獲
だが、アテナの外見ホログラムは、まさかの2枚。
宇宙スーツとメイド姿が数秒おきに入れ替わっている。
かつてニュースで取り上げられてから、
当局からメイド姿の提供も催促されていたのだ。
「惜しい、アテにゃん9点差!おめでとう」
「アテ姉、ころころ」
「アテナおめでとう、忙しくなるね」
「ショーン。ありがとうございます。
でも、あのニックネームは心外ですわ」
それでもアテナは少し照れたように微笑んだ。
――第4位
宇宙探索者ギルド、ルナトキオ所属
ヴァルキリーC9
ニックネーム【リンクマスター】
獲得ポイント1288点
大きなプラス評価は、
アステロイド・ラビリンスの移動パターン解析
宇宙船6隻を統制して民間機初のシンクロ攻撃を実現
「あ!ルキちゃん4位だって!凄い凄い」
シャッテが跳び上がり、思わずルキに抱きついた。
「やっぱりルキは凄い子! ね!ショーン、アテにゃん!」
ルキはキョトンとしている。
「……シャッテさん?
先ほど予選通過のメッセージが届いて、喜んでましたよね?」
「ちっちっちっ、アテにゃん!こういうのは、
リアタイで二度見して、もう一回喜ぶものなのよ?
それに、順位とか書かれてなかったし」
そして、ルキのホログラムが映し出されると、みんなビックリ。
「誰?あれ」
「さあ?どちら様でしょう?」
静かに目を閉じて宇宙船シートに腰かけ、たたずむ姿。
まるで肖像画に描かれた貴婦人……
いや、どうみても架空の似顔絵だった。
案の定、女性キャスターがフォローを入れる。
えー、みなさん、
実はヴァルキリーC9選手は情報が少なく、
ホログラムが今回は間に合いませんでしたので、
急遽、似顔絵を描かせて頂きました。
スタッフ一同、リンクマスターのイメージにピッタリと
自画自賛しております。
「シャッテさん、ルキ?
これは先ほどのソファで雑魚寝とは凄いギャップです
あれはもう、やらないように」
◇ ◇ ◇
――こうして、アテナとルキは揃って本選出場となった。
有識者の解説が番組を締めくくる。
この中で本命はやはり、キャンサーγ2ですな。
そもそも、宇宙軍エリート集団、一二星座アストロノイドの一人
何故民間に居るか不思議でしたが、
彼女のオーナーはモモ・トーヤマ退役中将とのこと。
現在のルナウズマサ市政官ですから、
その伝手で民間へ払い下げられた訳ですね。
他に注目したいのはヴァルキリーC9ですね。
リンクマスターの異名が示す通り、
宇宙船団を率いる資質があります。
未知の宇宙空間に対しても、マップ構築と座標解析で、
遅滞なく艦隊運用を行う能力に期待が持てますね
こちらも台風の目となるのではないでしょうか
======== 次回更新へつづく ========
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
《作者より一言》
お読みいただき、有難うございます。
話数
週末中心に投稿出来るように頑張りますので
応援して下さると励みになります。




