第1話(2)ルキの成長
西暦2382年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
■ルキの快進撃
宇宙探索者ギルド本部、
その登録カウンター前は、今日も人で溢れていた。
だが、その一角だけ、妙に空気がざわついている。
「……えっと、名前は――ヴァルキリーC9、ですね?」
受付嬢が端末を確認しながら、ちらりと視線を上げる。
そこに立っていたのは、
第一印象だけなら「一流のアストロノイド」
アテナよりも少し高い長身に、無駄のない直線的な肢体。
感情の起伏をほとんど見せない、
無表情な顔立ちのアストロノイドだった。
「ん?ううん、ルキ……だよ……」
やはり、まだ会話はおぼつかない。
その後ろで、アテナN3が穏やかに微笑んだ。
「ルキことヴァルキリーC9は、本日付けで追加登録になります。
私がメンターを務めますので、手続きの方を」
「……確認しました。能力評価は――Cマイナス?ですか」
一瞬、周囲のざわめきが大きくなる。
C-。
アストロノイドは最低限でもC級と言われている。
その基準にも届かないポンコツ。
そこにいる誰もがそう感じた。
だが。
「問題ありません」
アテナは即答した。
「この子は、訳あって体が破壊され、再生したばかり。
数値が低いのは、仕方が無いのです。
実務を経験するほど、能力向上しますので
どうかご勘案を」
丁寧にお辞儀をするアテナ。
ヴァルキリーC9は、じーーっとアテナと受付嬢を交互に見続ける。
「ルキ、頑張る」
アテナを真似て、受付嬢へお辞儀をする。
再生アストロノイドが、頑張ると言ってくるなんて!
見た目と相反する健気さに打たれ、場の空気が温かくなった。
こうして――
ヴァルキリーC9、愛称“ルキ”は、
正式にアストロノイドとして登録されたのだった。
◇ ◇ ◇
「よし! 今日から本格始動だね!」
ドレッドレッダー号のリビングルーム。
シャッテが両手をぱん、と叩いて声を上げる。
「ウチのルキは、やれば出来る子! 楽しくやろー!」
「ぉぉ……」ルキはテンションが低いがやる気はある。
その横で、ショーンは少し不安そうに端末を覗いていた。
「……全部指名依頼か、思ったより立て込んでるね」
「問題ありません、キャプテン」
アテナが即座に答える。
「基礎行動、判断速度、協調動作。
実務の中で覚える方が、この子には向いています」
「うん……アテナがそう言うなら」
こうして、新年早々のドレッドレッダー号は、
依頼漬けの日々へと突入した。
◇ ◇ ◇
輸送任務。
貨物船団の護衛。
小惑星帯の簡易調査。
色々な任務に必要な様々な作業と操作。
どれも最初の一回は、ルキは必ず失敗した。
「アテ姉、失敗した、ズレた」
「問題ありません。次は、今の誤差を覚えて」
「分かった」
アテナの指示は、厳しいが的確だった。
感情的に叱ることはなく、失敗を“情報”として積み上げていく。
「いい感じだよ!」シャッテはその横で、こまめに声を掛ける。
「……これ、なに?」
コクピットで、巨大な星図マップを前に、
ルキは首を傾げていた。
指差しているのは、立体表示された航路データ。
幼児が絵本を見るような仕草だった。
「ここは小惑星帯。こっちはデブリが密集する危険地帯だよ」
「……ふーん」
理解したのかどうかも分からない反応。
判断力も、社会的な態度も、ほぼ“幼児並み”。
ショーンは思わず、アテナに視線を送る。
「……大丈夫かな」
「大丈夫です」
アテナは即答だった。
「この子は、“覚えるべきもの”と“今はいらないもの”を、
選別出来ています」
その言葉は、すぐに証明された。
◇ ◇ ◇
翌日。
「……ルート、作ってみた」
ルキは、昨日みた星図マップから、
小惑星帯と危険領域を踏まえて安全な航行ルートを描いた。
「え、それって昨日の?」
「……ん」
無表情のまま、当たり前のように言う。
それだけではない。
任務スケジュール、補給タイミング、待機時間。
時間管理に関しては、数日でアテナを補佐できるレベルに達していた。
「ショー…キャプ、テン。
3時間後にドッキングベイ。20分前に準備」
「うん、よろしく」
ショーンがニコッと笑うと、ルキは少しだけ首を傾げた。
「……役に立つ?」
「うん。すごく」
「……なら、いい」
それ以上の言葉はなかった。
◇ ◇ ◇
唯一、ルキが明確に拒否したものがあった。
――ドレッドレッダー号中枢AIとのリンク。
「……いや」
初回接続の際、ルキは一歩引いて、はっきりそう言った。
「……怖い」
感情のこもらない声。
だが、それはルキなりの精一杯の拒絶だった。
船内が一瞬、静かになる。
「無理しなくていいよ」
最初にそう言ったのはシャッテだった。
「でもね、ルキ。みんな最初はちょっと怖いんだ」
「……」
「一緒にやろ? 独りじゃないから」
ショーンも頷く。
しばらくの沈黙。
ルキは床を見つめ、それから――
「……ん」
小さく頷いた。
「……やる」
リンク開始。
次の瞬間。
「……あ」
ルキの目が、わずかに見開かれる。
宇宙船AIから流れ込む情報。
制御、感覚、対話。
数秒後。
「……聞こえる」
「え、もう?」
シャッテが声を上げる間もなく、
「……応答、返せる」
ルキは、淡々とAIと通信を始めていた。
数分後には、
簡単な航行補正を“会話”だけで済ませてみせる。
「……この子、適応早すぎない?」
「予測はしていました」
アテナは静かに言った。
「恐怖を越えた瞬間、学習制限が外れるタイプです」
こうして――
無表情で、口数が少なく、
中身はまだ未熟で。
けれど、
“必要なもの”を異常な速度で吸収する”アストロノイド。
ルキことヴァルキリーC9は、
ドレッドレッダー号の一員として、静かに、しかし確実に成長していった。
◇ ◇ ◇
■ アステロイドの襲撃者――
複雑に入り組み、刻々と姿が変わる小惑星帯、
アステロイド・ラビリンス。
最近、この周辺に襲撃者が頻繁に目撃されている。
実はこれ、
幽霊船とのリンクが強制切断されたため、
護衛対象の幽霊船を探し回っている、
4機のドローン戦闘機だった。
商業航路を進む宇宙船を索敵し、
近寄ってくる船を、辺り構わず襲撃してくる。
航行不能に追い込まれるケースも起きていた。
商業組合の要請を受け、
宇宙探索者ギルドは即座に大規模合同討伐を決定。
B級からD級までの、
合計9チームが討伐に名乗りを上げた。
だが――これまで成果は芳しくなかった。
討伐初日は、それぞれが得意な方法で包囲網を展開した。
索敵に特化する者、
カウンターを仕掛けようと後方から身構える者。
しかし、神出鬼没のドローン戦闘機部隊に大苦戦。
探索者チーム自身達も競い合う形になり、
互いをけん制し、
そこを突かれて、宇宙船のエンジンが破壊される。
その結果、初日で2チームが離脱した。
昨日は互いに連携するよう、陣形を組んで、包囲波状攻撃を試みた。
これはドローン戦闘機群を上手く押し込み、
討伐かと思われたが、
戦闘機4機が一隻にシンクロ攻撃、
宇宙船1機がエンジンを破壊されてしまい、
包囲網に隙間が生じてしまい、そこから逃げられてしまった。
二日目が終わって、残りは6チームとなった。
厄介なのは、4機同時のシンクロ攻撃だ。
距離も角度も異なる4機から撃たれた4発全てが、
同じ座標に、完全同期で命中するシンクロ攻撃、
これを食らうと確実にやられた。
ただ一隻、
新人のドレッドレッダー号だけが一度防御を成功させた。
「キャプテン、
シャッテさんと一緒に、敵戦術の解析を完了しました」
「ありがとう、シャッテ、アテナ」
「ふふ、わたし尽くすタイプだから」
ショーン達は結果を議論し、
立てた作戦を討伐部隊リーダーに伝えた。
リーダー役のB級探索者ベンジャミン・イトーは、
作戦の提案者、
ショーンが去ると、出発前の出来事を思い出すした。
ギルド長ゴーツから頼まれていたのだ。
“伸びる奴だから鍛えてくれ”と。
彼はこう答えた。
若いうちは失敗も経験だ。
まあ、死なせない程度には面倒見ますよ、と。
だが、
(ゴーツさん、コイツ仕上がってるんじゃね?)
今日のショーンは実に良く立ち回っていた。
シンクロ攻撃に苦戦する中、味方と敵との間に船体を入れ、
凶悪な例のシンクロ攻撃を、
絶妙のシールド展開で防いでくれていた。
そして、そのショーンが提案してきたのだ。
「俺たちが囮に動きます」
三日目――
一隻の宇宙船が、アステロイド・ラビリンスを迷いなく航行する。
ショーン率いるチーム『ニアサイド』のドレッドレッダー号。
「……ここ、来るよ」
戦術解析した結果、
今日のショーン達は、敵の出現位置を予測して行動していた。
その立役者は、なんとルキだ。
マップ作成と座標計算は、既にアテナと同格、
二日間の戦闘機の行動ログから、
ここに周遊してくると計算したのだ。
そこは、何もない宇宙空間だった
「ホントにここかよ?」
「騙されてねえか?これ……!」
どの探索者チームも、ポッと出の新人を疑わしい目で見ている
「チーム・ニアサイドから連絡、
もうすぐアステロイドが大量に流れて来ます。
小惑星同士のすき間に注意するように、と」
ほどなくして、
探索者たちの目の前に膨大な数の小惑星が流れてくる。
5分もしないうちに、
辺りはアステロイド・ラビリンスに飲み込まれた。
「うほぉ!本当に流れてきた!」
「こんなの初めてだよ」
「すげー」
そのとき、
ひと際大きな小惑星の裏側から、
4機のドローン戦闘機が飛び出て来た。
だが、それらは、
囮で前へ出ていたドレッドレッダー号ではなく、
後方の宇宙船に向かっている。
「ベック!注意しろ!」
オープンチャンネルでベンジャミンが叫ぶ。
シンクロ攻撃のレーザーがベックの宇宙船めがけて4発飛んでくる。
ベックの宇宙船は、操船サポートをルキとのリンクで受信、
完璧なタイミングでシールド展開、シンクロ攻撃を防いだ。
オープンチャンネルから、ルキのほんわかした声が聞こえた。
「こっちも、みんなで、シンクロ。
向こうのエンジン、全機ロックオン、撃てば当たるよ」
圧巻だった。
1分後。
漂う残骸。
討伐完了。
リンクしていた宇宙船のクルーは、一斉にざわついた。
『おいおい、これって』
『艦隊リンク?』
『まるで、宇宙軍の正規艦隊みたいだった』
ベンジャミンは任務完了にホッとするも、
(ギルド長、俺が教える事、何もありませんでした)
ドレッドレッダー号の中では、
「ルキ、できた?」と、
自信無げに聞いてくるヴァルキリーを囲んで。
任務成功をべた褒めする3人の笑い声。
探索者チーム――ニアサイド
そのホープ、【リンクマスター・ヴァルキリーC9】
その名は、この日、探索者たちの記憶に刻まれた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




