第7話(3)
西暦2381年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
■《ネット掲示板/宇宙探索者フォーラム・総合》
【速報】
【規格外】アテナN3スレ【万能型】
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1 :名無しの探索者
やばくね?
アテナN3って、何あれ
強すぎない?
2 :名無し
かっこよすぎ
戦闘映像リピ止まらん
3 :名無し
索敵→回避→殲滅→操船→家事
……全部一人でやってるのおかしいだろ
4 :名無し
メイド形態あるってマジ?
反則じゃん
5 :名無し
ケモ耳メイドって聞いたんだが???
アストロノイドは獣耳で規格化されてるから
必然的にアストロノイド・メイド=獣耳で?
6 :名無し
ショーン羨ましすぎる
人生何周目だよ
7 :名無し
俺、昔ショーンと同じ職場だったけど
あいつマジで凄かったぞ
無口だけど、仕事は全部完璧
変な所で優しかった
8 :名無し
↑同僚証言助かる
あの落ち着き、16歳じゃねえ
9 :名無し
しかしアテナN3、
性能盛りすぎだろ
軍の新型?
10 :名無し
いや民間機らしい
しかも個人所有
11 :名無し
コスト5体分とか言ってたな
金どうなってんだ
12 :名無し
ところで、船名のドレッドレッダー号、
改めて見ると意味深じゃね?
13 :名無し
dread=恐怖、ledder?=更なる赤
もしくは、raider?=襲撃者
確かに物騒
14 :名無し
恐怖って言えばゴーストチェイサーを思い出すんだが
アレ2カ月前出て来て、ぱったり噂が途切れた
被ってね?
15 :名無し
あー……
あの都市伝説の?
16 :名無し
・幽霊船
・不可視
・高機動
・単独殲滅
……アテナなら出来そう感あるのが怖い
17 :名無し
ていうか、
ドレッドレッダー号って、まさか!ゴーストチェイサー?
18 :名無し
偶然にしては一致多くね?
19 :名無し
考えすぎだろw
でもちょっとロマンある
20 :名無し
まあ、
アテナN3が関わってたとしても
表には出てこないだろ
21 :名無し
表に出ない“仕事”ほど
一番ヤバいってやつな
22 :名無し
いずれ分かるさ
どうせ、
このチームから目離せなくなる
スレッドは、
その後も勢いを落とすことなく伸び続けた。
賞賛と、羨望と、
どうでもいい憶測と、
そして――
ほんの一握りの、鋭い違和感を混ぜながら。
世界は、
ゆっくりと「アテナ」という存在を
知り始めていた。
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◇ ◇ ◇
《アストロノイド愛好家フォーラム/雑談板》
【永遠の議題】
メイドヒューマノイドは
「複数体運用」か「単騎特化」か
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1 :名無しのオーナー
また荒れるスレ立ってて草
2 :名無し
先に言っとく
複数体運用が最適解
異論は認める
3 :名無し
↑はいはい量産型乙
4 :名無し
いや実際さ
護衛・家事・接客・鑑賞・奉仕
役割分担した方が効率いいだろ
5 :名無し
それは“仕事”の話だろ
“愛”の話をしろよ
6 :名無し
出た単騎特化派
7 :名無し
一体に全コストぶっ込む
人格、表情、学習、戦闘
全部“その子だけ”
8 :名無し
重いwww
9 :名無し
でも分かる
複数体いると
どうしても「代替可能」になる
10 :名無し
メイドヒューマノイドって
主人のために尽くすこと自体を
喜びとして設計されてるだろ?
11 :名無し
そこだよ
だからこそ
「あなた一人だけ」って言われるのが
一番刺さる
12 :名無し
金持ちの歪んだ愛情講座始まったな
13 :名無し
否定できないのが辛い
14 :名無し
アテナN3見た?
完全に単騎特化派の理想形だろ
15 :名無し
戦闘、索敵、操船、家事
フォームチェンジまで完備
やりすぎ
16 :名無し
あれ普通のメイドヒューマノイドじゃない
アストロノイドだぞ?
17 :名無し
でもメイド形態ある時点で
我々の領域に片足突っ込んでる
18 :名無し
そしてケモ耳
19 :名無し
尊い
いや畏怖
20 :名無し
コスト5体分って聞いた
正気か?
21 :名無し
でもさ
ショーンって金持ちに見えないよな
22 :名無し
そこなんだよ
金で作った感じがしない
23 :名無し
長く一緒にいて
少しずつ積み上げた感じ
24 :名無し
メイドヒューマノイドが
主人を溺愛するんじゃなくて
主人が彼女を大事にしてるタイプ
25 :名無し
それ一番ヤバいやつ
26 :名無し
単騎特化派の理想
「尽くされる」じゃなく
「隣に立つ」
27 :名無し
おい
誰かうまいこと言ったな
28 :名無し
結論
金持ちは複数体
覚悟決めた奴は単騎
29 :名無し
アテナN3は
後者の行き着く先だな
30 :名無し
あれ見せられたら
もう戻れんわ……
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スレッドは、
いつものように結論の出ないまま伸び続けた。
だが、
そこに漂う空気だけは、
いつもより少し――
敬意に近いものを帯びていた。
それが、
“アテナ”という存在の重さだった。
31 :名無し
単騎特化は重いって言うけど
実際どうなんだろな
32 :名無し
感情投影しすぎると
壊れたときのダメージやばそう
33 :名無し
ヒューマノイドに
“人生”預けるのはなあ……
34 :名無し
まあ他人がどうこう言う話でもないが
◇ ◇ ◇
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35 :名無しの老人
少し、いいかな。
36 :名無し
ん?
37 :名無し
どうしたおじいちゃん
38 :名無しの老人
私はもう、
ここで言われているような
“効率”とか“最適解”の話は
よく分からん。
ただ、
十年前に妻を亡くした。
現代でも不治の長い闘病でね。
最後まで、私の手を握っていた。
39 :名無し
……
40 :名無しの老人
それからずっと独り、一体のメイドヒューマノイドと
枯れ果てた生活を送っていた。
8年前かのう、ある民間研究者がモニター募集しててな、
不思議と興味が沸いて参加したんじゃ。
それは、『AIヒューマノイドの学習機能促進プログラム』
じゃった。
参加して数週間ほど経って、ワシは驚いた。
そのヒューマノイドが亡くなった妻に似てきたのじゃ。
顔だけじゃない、声も、
癖も、歩き方も。
笑われるかもしれんが、
困ったときの考え込む所作なんかも。
41 :名無し
……
42 :名無しの老人
気のせいだ、老人のボケだ、と笑われるかもしれん。
だが、ヒューマノイドの彼女がいきなり言ったんじゃ
ワシが育てている薔薇の花を見て一言。
「今年は去年より綺麗に咲きましたね」
生前の妻が最後に告げた言葉。
妻がワシの前に戻って来た。そう確信した。
ワシは、今、幸せだ。
妻の最期を看取った。
今度は、
ワシの最後は、きっと彼女が看取ってくれる。
43 :名無し
……
44 :名無しの老人
今は彼女にアストロノイド機能を付けて、
二人で、
のんびり宇宙を旅している。
急ぐ理由も、
競う理由も、もう無い。
ただ一緒に、
同じ景色を眺めるだけだ。
それで、十分なんだよ。
45 :名無し
……重いとか
言えなくなったわ
46 :名無し
ずるいぞ
そんな話されたら
47 :名無し
誰だよ
単騎特化は病気とか言ってた奴
48 :名無し
幸せなら
それが正解だろ
49 :名無し
ヒューマノイドかどうか
もう関係ないな
50 :名無し
ちゃんと
人生してるじゃねえか……
51 :名無し
……良い旅を
52 :名無し
その人(?)も
きっと喜んでると思う
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スレッドは、
しばらく更新が止まった。
いつもなら飛び交う
皮肉も、理屈も、
その夜は、なかった。
ただ、
誰もが少しだけ、
自分の「大切なもの」を
思い出していた。
◇ ◇ ◇
ドレッドレッダー号・リビング。
壁面モニターには、
アテナに関するネットスレッドのまとめ記事が流れていた。
称賛、羨望、妄想、嫉妬、
そして、例の書き込み――
静かに共有され始めている、
あの老人の言葉。
シャッテは、
ソファに寝転びながらスクロールしていて、
そこで指を止めた。
「…………」
しばらく、何も言わない。
それから、
モニターを消しもせず、
ぽつりと呟いた。
「……ちょっと、泣いた」
鼻をすする音。
「ずるいよね。
ああいうの……」
誰に向けた言葉でもない。
ショーンは何も言わず、
ただ、分かる、という顔で頷いた。
アテナは、
シャッテの横顔を静かに見つめている。
――記録には残らない。
だが、
確かに“生きた”感情。
(人は、
想いを受け取ったとき、
少しだけ強くなるのですね)
アテナは、そう理解した。
そして、
それを忘れないよう、
何も言わずに、
そっと胸に刻んだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




