第6話(4)怒りのアテナ
西暦2381年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
■急げ!ペンギン
遠く離れた月面都市で、マジシャンは焦っていた。
格納庫の監視カメラがいきなり真っ白になったかと思えば、
1分足らずで白い靄が晴れると、半数以上が床に倒れていた。
「な?えげつないわ~毒ガスでも使ったんか?!」
最初はそう思ったが、
動いている海賊部下が瞬く間に無力化されている。
圧倒的な個人技
「あかんわ、軍の戦闘特化タイプやな、はぁ~どないしょ?」
「ん?」何やら画面の隅におかしな影が。
カメラを操作していくと、2体のまるまる太ったペンギンが
浮遊式のメンテナンスカプセルを誘導して、ペタペタ歩いていた
「なんや?アレ……そうか、要塞のアストロノイド!」
マジシャンは既に要塞をまる3日以上動かし続けていた。
そのため、操縦アストロノイドへの身体的・頭脳的負担は大きく、
実はかなり前から応答性が鈍くなっていた。
それをマジシャンは高出力電磁波で刺激を与えて、強制的に動かしていた。
(確かに、今なら
アストロノイドを直接破壊するだけで、要塞を無効化できる道理や)
マズい、あのペンギン、
特殊工作員や!現場に対応してもらわんと。
「させんでぇ」
マジシャンはチャリオットに緊急連絡、“ペンギンは工作員”
マジシャンからのメッセージを見て、
クワッと鬼の形相となったチャリオット
(派手な戦闘パフォーマンスは陽動だったか)
部下3人を伴い、開放されている唯一の通路、
ペンギン達が向かっているであろう、
システムへの連絡通路へ走り出した。
(あ、作戦に気づかれましたか)
急がないと
格納庫に残った4人を気絶させると、
アテナも後を追ってスラスターを噴射した。
◇◇◇
アテナが派手に飛び出して、陽動作戦が始まった。
プラン通り進んでいると判断し、
ショーンとシャッテはゆっくりと歩きだした。
二人で浮遊式メンテナンスカプセルを誘導しながら、
ペタペタ、よちよち
球形救命ポッドにペンギンの外装スキンを被せているので、
安全なのだが、如何せん足取りが遅かった。
それでも、見つからずに通路を進み、もうすぐドアのついた行き止まり。
と、そのとき、ハンマーを持った男たちが4人走り寄って来た。
まずい、
外装を剥がされたら救命ポッドだとすぐバレる。
開閉レバーは外からも開けられるのは常識、
前を進んでいるシャッテ・ペンギン、
止めるなら先頭、シャッテがまず狙われる!
海賊どもの恰好を見て、船外酸素計を見て、大丈夫と確認し
ショーンは外に飛び出した。
◇ ◇ ◇
■怒れるアテナ
アテナはスラスター全開で通路に急ぐ。
今ばかりは海賊殲滅に時間がかかり過ぎたと猛省した。
「手加減しすぎました」
あと2mで通路へつながった場所
ゴンッ!!鈍い音がした。
金属が骨に当たる、いやな響きだった。
アテナの胸中に暗雲が立ち込める
とにかく先に進みたいアテナ、待ち伏せの可能性もお構いなく
すっと躊躇なく通路へ入った。
通路の一番奥、
海賊が3人倒れていた。
全員、顔が真っ赤に染まり、痺れたように痙攣している。
その横で、ショーンが床に膝をついているのが見えた。
片手で腹部を押さえ、息を乱している。
ショーンの背後にハンマーを高く振り上げる大柄な男
男は一瞬、アテナと目が合うと、下卑た笑いを向けた。
「お前は間に合わなかったぞ」とでも言われてるような感覚。
アテナの周りの空気が震える。
足元の床が、わずかに鳴る。
「もう一発!」
チャリオットのハンマーが、ショーンの頭に振り下ろされる。
次の瞬間、
ハンマーの頭だけが、スルッと真下に落ちて、ズンッ
鈍い音が通路に響いた。
ハンマーの柄が一瞬で切断されたのだ。
何かの刃が当たった衝撃も、音すら無かった。
「……あ?」
チャリオットは、
自分が空振りしたことにすら、すぐ気づけなかった。
手の中が軽い。
視線を落とす。
――ハンマーの柄、だけを握っていた。
次に視線を上げた瞬間。
目の前に、
アテナが立っていた。
「この……っ!?」
間違いなくチャリオットの先手、確実な間合い。
殴る。
反射的に、力任せに。
だが。
殴りつけたはずの手首が止まる。
掴まれた。
次の瞬間、
「……高周波インパクト」
静かなアテナの呟き。
“ヴォーン”と死神の奏でるような音、1秒
チャリオットの手首の骨が粉砕した。
骨が折れる音ではない、聞いた事のない音。
関節が粉砕され、力が伝わらない。
「がっ……!?」
反対の手の肘を掴まれる。
再びあの音、“ヴォーン” ……肘がぐしゃぐしゃに潰れる
チャリオットの顔が一瞬苦痛に歪む、だが、不気味に笑うと、
脚を半歩引いて、渾身の蹴りを放つ。
“パシッ、ヴォーン”、
それでも、アテナはあっさりと片手で止め、そのまま足首を握り潰す。
「あああぁ!!うぅ」
流石のチャリオットも足首の骨が丸ごと粉々になるや
床に倒れこみうずくまった。
「このバケモノが!」
こんなのが来るなんて聞いてねえぞ
アテナは、止めとばかり一歩踏み出す。
そこで、高周波インパクトをオフ
高周波ブレードもオフ。
うなってた音が、消える。
ただの手刀、首筋に正確な一撃、最短距離で。
チャリオットの意識は、
そこで途切れた。
アテナは、ゆっくりと振り返る。
「キャプテン……」
声が、わずかに揺れている。
「……遅れて、申し訳ありません」
そのときになって初めて、
アテナは自分の手が、微かに震えていることに気づいた。
「いや……充分間に合ったよ」
ショーンは短く言った。
「三人で先に進もう。
目指すは、システム中枢――ヴァルゴだ」
◇ ◇ ◇
追跡カメラの映像が、
コンコルド号ブリッジの大型モニターに映し出されていた。
ハンマーが瞬断。
関節が崩れ、男が倒れる。
ブリッジに、しばし沈黙が落ちる。
「……すげぇ……」
「いや、待て、今の……人間相手だよな?」
「怖……」
誰かが、無意識に喉を鳴らした。
映像の中で、
倒れた海賊を一瞥したアテナが、
すぐにショーンのもとへ駆け寄る。
その表情を見た瞬間。
モリソン大尉は、ふっと息を吐いた。
「……まあ、こんなもんだ」
「え?」
部下たちが一斉に振り向く。
モリソンは、腕を組んだままモニターを見続けていた。
「俺はな、歴代のアストロクイーン3人を間近で見た事がある。
クイーンクラスなら――
あれくらい、当たり前だ」
「え……あ、あれで、ですか?」
「むしろ、地味な方だな。
昔の連中は、もっと凄かった」
一拍置いて、モリソンは続ける。
「……だがな」
映像の中、
アテナがショーンの肩を抱き、
顔を覗き込む。
安堵と、焦りと、
抑えきれない感情が、その表情に浮かんでいた。
「――もう少し、理性的だった」
誰も、口を挟まない。
「クイーンってのはな、
強いだけじゃ足りねぇ。
感情を制御できて、初めて“女王”だ」
モリソンは、
ショーンを見つめるアテナを見て、苦笑した。
「……ああ、なるほどな」
「大尉?」
「あの少年か。あれが原因だ」
少しだけ、声を落とす。
「だったら――
今のままじゃ、クイーンは厳しい」
だが、
最後に付け足すように、こう言った。
「逆に言えば……
そこを越えたら、どうなるか。
俺は、ちょっと見てみたいがな」
ブリッジに、再び沈黙が戻る。
だがその沈黙は、
先ほどとは違う重みを持っていた。
◇ ◇ ◇
その一部始終を、
移動要塞内部の監視カメラで見ていたマジシャンが、舌打ちする。
「チッ……強いわぁ……少数精鋭ってことかいな」
まあ、軍のエース級が討伐に来た。
これだけでも箔が付くってもんやで。
「でも、まだ手はあるんやでぇ!」
マジシャンは画面上の箱型アイコンを次々とタッチ
次の瞬間、
要塞通路に据え付けたコンテナが開き、
中から蜂型ドローンの群れが飛び出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




