第6話(1)
西暦2381年。
この時代、地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路は発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、
誰もが暮らす「生活圏」となっていた。
これは、月面都市を舞台に繰り広げられる、
少し先の未来を夢見るファンタジー。
■ 幽霊船の脅威
幽霊船がついに民間船を襲い始めた。
海賊ギルドによる明確な悪意をもった、計画的な襲撃だ。
ドレッドレッダー号のブリッジには、重い沈黙が落ちる。
「あなた方を幽霊船の被害者として、信頼してお話しします。
と言っても……
これまで分かっていることは、まだ少ないのだけれど」
エマは端末を操作しながら続けた。
「海賊は彼らの常套手段、
未認証IDでゼロリンクオメガと不正にリンク、
現在航行中の宇宙船情報をハッキング、
とりわけ宇宙貨物船、
それも高価な物資を運搬している船を厳選してます」
ホイットニーが静かに補足する。
「やり口はいたって簡単、いわゆる“ちから技”、
宇宙貨物船に幽霊船を後方からぶつける、
それで推進装置を破壊させる」
「そうして商船に勧告、
『積み荷を出せば何もしない』と、
放出された物資を要塞が回収してその場を離脱、って訳」
「!……それって」
何かに気づくシャッテ。
「ん?何か気づいたのかい?遠慮しないで聞かせてくれる?」
何だかんだ、ホイットニーはシャッテの頭脳を高く評価していた。
「うん、それって、わたしがやってた手口そのままです。
移動しかできなくて、武器は一切使えませんでした。
それから、第2ロックが解除できるなら、ステルスだって
とっくに修復してると思います。
でも、それが出来てないんだから……」
だが、シャッテも自分の推測に自信があるわけではなかった。
「だから、ロック解除は進んでいないと思います。
……たぶん。たぶん、ですけど」
すかさず、ホイットニーに、
“手の内を隠してるだけでは?”と問われると、
シャッテは言葉に詰まってしまった。
「ここは慎重に行くべきね。
エマ、要塞ロック第2段階は“全武装の有効化”よ。
勿論、メイン装備の“アレ”も。
複数艦隊で包囲攻撃を試みても、
アレ使われたら一瞬で全滅もありえるわ」
(そうだった!
“アレ”は、三か月前に発表された宇宙軍の新兵器。
――対艦戦を想定した、切り札中の切り札だ。
軍を挙げての盛大なPRイベントで、世間の記憶にも新しい。
ここで使われたら、“軍の最新兵器が何故?”ってことに……
そうなれば……
“海賊に奪われた”という“軍の汚名”が、世間に公になってしまう!)
エマは頭の中で、“極秘任務のセカンドプラン”を思い出す。
“奪還が無理と判断した場合、
世間に表沙汰になる前に”全て“を抹殺せよ”――
最悪の場合、非情な命令に手を染めなければならない。
それを考えているうちに、エマの顔色がどんどん悪くなった。
(全てを抹殺……
つまり、関わった民間人とアストロノイドも含めて……)
エマはショーンと眼を合わせるのが怖くなった。
「邪魔者は消せ……」
ショーンが、考え事の途中で、ぽつりと呟いた。
みんなきょとんとする中、
エマだけが「ヒィ?!」っと、息が詰まってしまい、
下を向いて顔面蒼白で膝をガクガク震わせている。
「あ、ごめんなさい!
これ、お祖父ちゃんが語ってくれた、古い映画のタイトルなんです」
400年以上前の映画で、俺は名前しか知らないんですけど、
なんかカッコいいなって」
「なぁんだ、びっくりしたじゃない!」
シャッテが明るい声で返す。
「海賊って、ホンっと邪魔者よねぇ!」
「“邪魔者は消せ……!”どう、上手い?」
ショーンの声マネをしてドヤるシャッテ
ケラケラと明るく笑うショーン、あきれるアテナ
エマだけが耐えきれない圧に押しつぶされた。
重苦しかった場が、ひとしきり和んだ後、ショーンはエマに向かう。
「エマさん、僕に作戦があります。
聞いてください」
エマは恐る恐るショーンの方を向くと、無言で頷いた。
ショーンはゆっくりと、何かを確認しながら作戦を説明した。
◇ ◇ ◇
「それって、かなり危険じゃないの!大丈夫?」
意外な事にホイットニーは心配性だった
「もちろん、任せてください!」
自信満々に豊満な胸を叩くシャッテ、この作戦のキーパーソンだ
「エマさん、それではよろしくお願いします」
「ええ、任せて頂戴、必ず上を説得して見せるわ」
エマは短く息を吸い、頷いた。
「今夜、緊急合同会議が開かれる。そこで――」
(運命が大きく変わるわ……!)
先ほどとは打って変わって、エマはとても前向きだった。
(ショーン・マクスヴェイン――少年の姿をした歴戦の強者……!)
エマは軽く身震いすると、急ぎ宇宙軍へ戻るのだった。
◇ ◇ ◇
■ 緊急合同会議
宇宙軍、探索者ギルド、商工組合、警察。
オンラインで繋がれた緊急合同会議は、開始直後から騒然としていた。
最初に、商工組合の代表が、最新状況を報告する。
「幽霊船の襲撃被害は本日だけで20回、
総額200億[ゴールド]を超えました」
「現在は交易航路を完全封鎖、素早い対応が求められます」
商工組合が切実な要望を懇願してくる。
宇宙軍は何をやっとるか、
宇宙探索者ギルドも不甲斐ない。
自分の立場を主張するだけで、議論がまとまらない。
軍の広報担当として、エマは立ち上がり、全員を見渡した。
「宇宙軍におきましては、既に幽霊船の無力化、鎮圧に向けて
作戦行動を準備中です。
詳細は申し上げることはできませんが、
“とある民間協力者”の支援の下、
幽霊船の行動パターンも計算済みです。
明日には全て解決するであろうと、確信しております!」
何だ、それは?民間が?ざわめきが更に拡大する。
“それを信用できる根拠は?”
エマは、“この質問を待ってたわ”、一瞬、身ぶるいして息を整える。
「彼らは、既に幽霊船を察知、追跡した実績がございます。
皆様の中にも、最近噂の、
“ゴースト・チェイサー”をご存じの方もいらっしゃるのでは?」
会議が一瞬でパニックになる。
「都市伝説だろ!実在するのか?」
「ゼットリンクからデータ盗んでるって話だ、違法組織じゃ?」
事態の収拾がつきそうにない。だが、エマはこれでいい、と思った。
「!!――まさかとは思いますが、
ゴーストチェイサーは宇宙軍と何か関係があるのですか?」
よし――勝ったわ
エマはそう思い、デスクの下で小さくガッツポーズした。
(ショーンくんの読み通りね。
見事に世間の目が、
宇宙軍からゴーストチェイサーに移ってくれたわ)
「皆さん静粛に――」
突然、会場中に低い声が響き渡る。
モニターに映る軍人の姿を見て、全員が静まり返った。
「ご安心を。
我ら宇宙軍は、ただ今広報担当が説明した通り、
明日未明より作戦を開始します。
皆様には、くれぐれも、作戦成功までご内密に願います」
宇宙軍ナンバー2、ツカサ中将が丁寧に頭を下げた。
一瞬で、空気が変わった。
会議はここで終了した。
◇ ◇ ◇
会議の後、エマは上官に連れられて、先ほどの人物を訪問していた。
ツカサ・ショーリ中将。
宇宙軍ナンバー2にして、
エマ・ソーンの“上官の、さらに上官”、その人だ。
「提督、この度はこちらのエマ少佐が、独断で、小官の承認も得ず、
大変なご迷惑をお掛け致しました。
軍規を乱した少佐には、
訓告並びに謹慎をもって責任を取らせます」
続いてエマも、謝罪の弁を述べる。
「ツカサ提督、この度は小官の軍規を逸した行動にも関わらず、
寛大なご採決を下さり有難うございました」
(この程度で済んで良かった……)
エマは自分の処遇が思ったよりも軽くて、いささか拍子抜けした。
「いや、気にしないでくれ」
ツカサ提督はニカっと笑い、遠い目をして語り出した。
「しかし、そうか、あの子も成人したか」
「はい?……はい」何となく口裏を合わせるエマ。
「キミ、良く知ってたね?ショーン君は、私が名付け親だって」
(え?)初耳だ
「彼の父親、偉大なS級探索者ダイ・マクスヴェインは
私の一つ上、軍学校の学寮で同じ部屋だったのだよ」
「とても良い先輩でね、若い時分に本当に世話になった。
ある日、
ダイ先輩が“子供が生まれるから名前を付けてくれ”って、
私を訪れたんだ。
嬉しくてね、“ハイ、喜んで”、
と言ったものの、色々悩んでたら、
“ショーリ”の文字から付けて欲しいと頼まれてな。
それで“ショーン”と名付けたんだよ」
――エマはようやく合点がいった。
ドレッドレッダー号を去る間際、アテナに呼び止められ、
「計画書を上申する時は、上官ではなく、
どうか、ツカサ中将ご本人に、
“探索者ショーン・マクスヴェインからです”
と、言ってご提出ください」
そう、頼まれていた。
エマは訳が解らなかったが、
懸命な表情で頼まれて断れず、懲罰覚悟でやったのだった。
エマの上官は太鼓持ちよろしく、突然ショーンを褒めちぎる。
エマには、そんな手のひら返しも全く気にならなかった。
――ああ。これでショーンの身は守られる
胸の奥に、ようやく息が通った気がした。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




