第1話(1)
◆プロローグ◆
月の交易航路。
月面都市への帰りの輸送中、目の前に、突如として幽霊船が出現した。
「キャプテン、前方の巨大飛行体と15秒後に最接近します。
スラスター全開で回避行動中ですが、
追突あるいは接触する確率は98.3パーセントです」
相対速度を計算したアテナが、いつも通り静かに告げる。
だがショーンは、船長シートに深く腰掛けたまま微笑んだ。
「大丈夫、任せてくれ。
お祖父ちゃんの船とアテナを、俺は守るよ」
一瞬の沈黙の後、彼女はわずかに声色を変えた。
「……承知しました。
私は、ショーンと帰還する未来を信じます」
時は今より、約450年後の未来――
地球と月、そして宇宙コロニーを結ぶ交易航路が発達し、
宇宙は冒険の場であると同時に、誰もが暮らす「生活圏」でもあった。
月面都市【ルナトキオ】で、宇宙探索者としての一歩を踏み出した少年ショーン。
彼の相棒は、人型支援AI――アテナ。
この物語は、月を駆ける乙女たちと少年が紡ぐ、
「未来願望ファンタジーSFラブコメ」である。
西暦2381年 遠く離れた地球では冬と呼ばれる季節のある日
静寂に光る月面都市ルナトキオ――。
32層の多重防御コーティングが施され、
それでもなお、透明感を保っている外壁ドームの内側には、
100万人の暮らしの灯りが淡く広がり、
その外側にはいつも通りの漆黒が広がっている。
その吸い込まれそうなドームの外を、
スラスターを軽く噴かして、低重力を味方につけては、
20メートル先の外壁ドーム継ぎ目へと
ヒョイヒョイ跳躍する影が一つ。
ショーン・ヴェイン――。
その着地とターンジャンプは滑らかで、
視線は常に次の損傷個所、更にはその先すら見通している。
ドーム外壁の
“わずかな光の歪み”
“微細な傷の反射”
“焦げた粒子の軌跡”
他の作業員は勿論、検査ドローンよりも素早く精確な視線――
普通なら誰も気付けないものを彼は一瞬で見抜く。
蛍光入り瞬間補修剤を貼り付けてマーキングし、
報告端末に記録して次へ――
その流れを、誰よりも速く、正確に。
(……やっぱり今日は浮ついてるなぁ)
心がふわふわして、いつもより跳び過ぎ、
着地で慌てることが何度かあった。
でも、それさえもが楽しい。
明日は、ショーンの誕生日。
待ちに待った16才、成人の年。
――2年間、ずっと待っていた日だ。
単調なはずの点検作業も、今日は妙に丁寧になっていた。
一つ一つが区切りになるのだと思うと、背筋が伸びた。
◇ ◇ ◇
45分間の昼休み。
「ショーン!今日はやけに念入りだったじゃねえか!」
ランチを食べ一息ついていると、セクションリーダーの
ジャックが、笑って声をかけてきた。
「今日で最後ですから。今までありがとうございました」
「正直お前が抜けるのは痛いよ
……探索者になるんだろ?難しい仕事だよなぁ……頑張れよ!」
胸の奥がじんわりと温かくなった。
ショーンは力強く頷いた。
昼休みの終わり間際、ショーンが午後の作業に備えていると、
「よう、しょんべん君!」
横から、聞き慣れた嫌な声が飛んできた。
振り返るまでもなかった。
先輩のサンドガス――10才年上の嫌味な男。
ショーンの名前“ショーン・ヴェイン”を“しょんべん”と、
弄り変換してはネチネチ絡んでくる。
「……こんにちは、サンドガスさん」
ショーンは愛想笑いだけ返す。関われば面倒になると知っているからだ。
「今日が最後なんだって?
しょんべん君もようやっと成人かぁ。ぷぷっ」
サンドガスの軽口はいつも通りだったが、ショーンは
何か妙な“ねばつき”を感じた。
にやけ顔の奥――目だけが笑っていない。
「……どうも」
「まあ頑張れよ? ひゃははは……」
背を向けて歩き去るその“緩すぎる肩”を見て、ショーンの胸に
小さなざわつきが生まれた。
あれ、なんだ?……今、妙に……冷えた気がした。
「おっとと……ショーン!サンドガス見なかったか?」
リーダーのジャックが慌てて駆け込んで来る。
「さっき帰り際に挨拶しましたけど……?」
「くっ、またかよ!……アイツ、
”早退~よろ~!”って、メッセージだけ残して
さっき、いきなり帰ったんだよ!……ったく!」
またいつものさぼり癖かぁ……ショーンは内心で舌打ちした。
仕事の早いショーンに自分のノルマを手伝わせたり、
気まぐれで早退してシフトに穴を開け、残ったメンバーが
居残りで対応したりと、サンドガスの
仲間内での評判は良くなかった。
「すまん、ショーン……
午後はデブリの回収班に回ってくれねえか?」
「おっ! いいですよ!」
突然のシフトチェンジ
だが、デブリ回収の仕事が結構好きなショーンは、
この日ばかりは二つ返事で頷いた。
◇ ◇ ◇
午後の仕事が始まると、
ショーンは倉庫区画で“低高度仕様”のスラスターブーツ
へと履き替えた。
作業通路を通り、気密ハッチを開くと、1メートル下の
月面へ向けてスラスターを弱く噴射し、ふわりと地面へ降り立つ。
直後、背後のラックから4機のカーゴドローンが浮上し、
ショーンの後背にぴたりと追従する。
まだ空っぽの荷台には“衝突注意”を表す黄色い航行灯が
キラキラ瞬いている。
視界の奥、灰色の地平線の向こうには、太陽に照らされて
輝く青い地球
――ショーンの密かな“お気に入り”が今日も浮かんでいた。
担当区画は、幅100メートル・長さ30キロの
月面表面、直線ルート。
隕石片や老朽衛星の破片が飛来し、月面表面に
衝突したデブリは、砂に半ば埋もれている。
これをセンサーで見つけ出してカーゴドローンに回収させるのだ。
デブリ回収は危険度の低い初心者向け、
仕事は簡単、でも単調過ぎて“やりがい”は感じられない。
だが、高所作業担当のショーンにとって、
月面表面の仕事は高速走行を堪能する面白さがあるのだ。
(……やっぱ地面を走るの――楽しいよね)
ショーンは時速80キロで滑るように月面を走り、
周辺視野で前方をぼんやりと捉えていたかと思えば、
突然スラスターを鋭く噴射させる。
瞬間、身体が右へ、左へ、切り返す。
砂煙が細く尾を引く高速ステップ――
まるでスポーツ競技そのものだ。
だが彼の軌道の先には、砂から僅かに
頭を覗かせたデブリが必ずある。
一つ見つければ即座に端末へマーキング。
カーゴドローンへ指示信号を飛ばし、
また次のデブリへ加速する。
その動作がほぼノンストップで続く。
時速80キロで滑走し、ミスは一切ない。
常人ならドローン1台が精一杯だが、
ショーンはいつも4台同時。
むしろドローンが彼のスピードについていけないほどだった。
「な、なんすかあれ……!
あの速さで本当にデブリ見つけてるんですか?」
「先週入った新人には衝撃だよなぁ? あの“高速ステップ”は」
「百発百中、間違いも見逃しも見たことねえよ」
「でも、今日で見納めなんだなぁ」
……無線から聞こえる仲間たちの楽し気な会話が、
独り月面を駆けるショーンの胸に深く染み入った。
こうして本日の仕事終わり――
仲間たちとの最後の挨拶を交わすと、
独り職場を後にするショーン。
その胸の奥は、燈のように温かい期待に満ちていた。
======== 次回更新へつづく ========
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません




