2.記憶の混乱と人格の否定
難しくなっちゃった。ちょっと面白くないかも。
長いと思ったら読み飛ばしてください。
シーカーギルドの個室で目が覚めたボクは、背もたれある椅子から腰を起こし、大人一人分の狭い仕切りだけの空間をぼう然と見上げ、座ったままの姿勢で背筋を伸ばす。
「んうぅ……」
しばらく同じ姿勢を保っていたためか、筋肉が固くなっていたようで、肩こりの感覚がする。
今は何時何分だろう。
フォースを使い、イーススにアクセスし、日付を確認する。ユーザーインターフェイスのエラー音が耳に響き、視界に統合文字が表示される。
「ん?」
アクセス拒否。原因はボクの感応体に権限が無いらしく、通信先の管理者に問い合わせて欲しいメッセージが表示されている。
イフクロス情報検索機能、通称イーススに制限が設けられている。あるいは公共機関を管理するAIに何かしらのトラブルが生じ、そのせいでボクからの指示が拒絶されている。
極小装置ロボットMDRからのエラー発信があるというのは、逆に公共のAIが生きていることを意味している。おそらく管理者が居てイフクロスにアクセスできないように制限を設けているに違いない。
「だったらエフエイリアに入想し、直接AIに聞けばいい」
電想空間に入想し、感応体になって最寄りのAIに閲覧の意思を伝える。
演算機ジェネコンを使っている現状を鑑みれば、それが最も簡単な方法になるはずだ。
「あれ?」
おかしいぞ?
ジェネコンがイフクロスにアクセスできるのだから、ボク自身の力でイフクロスにアクセスできない理屈は何だろう。理論的に管理者権限が無くともイーススへのアクセスが可能になるはずだ。
それとも、目の前にあるこの簡易コンソールに管理者権限があるとでもいうのだろうか?
ジェネコンには固有のFTナンバーが存在する。
FTナンバーはIPアドレスと同じで、フォースを扱う対象に番号を振り分けている。そうした数字があるのも位置情報やアクセス制限を指定するためであり、設定は一つ一つに行われることになる。
設定を行うことで相応のリソースが必要になる。
リソースはエネルギーと同義になる。ずっと監視し続けるには余分な電力が必要になる。
「メリットがないな……」
住民全員を監視すると相応のエネルギーが必要になる。それだとAIに負担が掛かり、他の処理ができなくなる。現実的とは言えない行為だ。
だとしたら直接アクセスできない理由は何だろう。
「そうか……」
シーカーギルドはカードを必要としている。ジェネコンを使用するときにもそのカードを必ず通す必要がある。
カードに生体情報が組み込まれている。それを読み込むことでAIが個人情報を参照し、アクセスの許可の判断材料にしている。
「そもそもカードって……」
一度思い出してみよう。カードがある理由について。どういった物かおさらいをしよう。
例えば税金の免除だ。ボクは下級民。国法で外壁の外で暮らさなければならない規則がある。仮に街中で暮らす場合にしても滞在用の税金が毎日求められるようになる。
男は十歳になると中級民用の身分証が必要になる。身分証の保有には多額のお金を毎年支払う義務がある。だがボクは貧乏だ。孤児院に相応の借金をしている。借金がある者と税の支払いが少ない者は下級民として登録されることになる。シーカーギルドで資格を取得するとその規則が緩和されることになる。
シーカーは探究者という意味になる。言い方を変えるならば、物語によくある冒険者と同じ意味になる。冒険者とは街の問題を解決する何でも屋さん。魔物を倒して生計を立てる職業だ。
シーカーになると資格用のカードを作ることになる。その時に血液の採取が求められる。
血をどのように加工しているのか分からないが、血から所有者の遺伝子情報を読み取り、エフエイリア内で履歴が作られる。AIがそれらを自動で管理し、随時更新している。
だからこそジェネコンを使用する時には必ずカードをリーダーに通す必要がある。
カードが無ければジェネコンの貸し出しは下りない。その理由はおそらく、利用者の遺伝子情報を読み取り、犯罪履歴や経歴を調べ、入想の可否を判断する材料にされているからだ。
この方法は街や村に入る時に受けるチェックと同じで、盗賊や罪人などの危険人物を調べるときにも使われている。
「だから」
カードが無ければ生体情報を認識することができない。イフクロスに直接アクセスする場合には、そうした手順が必要になる。
「うん」
しかし経歴の良し悪しで使用の可否が決めるのはカードだけに限られてはいない。イーススへのアクセス時に自分のフォースを使うとAIがそのフォースを読み取り、遺伝子情報を参照してくれる。直接イフクロスにアクセスするにしても個人情報の参照がされるので、アクセスが否定されたという考えは不適切な気がする。
やっぱりボクが扱えるフォース量が少なかったのが原因だろう。
つまり強くなればいい。スプリスを手に入れ、グレードを上げて体を鍛え、ジェネコンが無くてもイーススにアクセスできるフォース量を手にすればいいだけだ。
「なるほど」
納得の答えだ。こうして順序立てて考えていくと、少しは冷静になれる。
「それなら……」
あとはボクが何者なのかという疑問点だけが残る。
今のボクは混乱状態にある。
過去の記憶と現在の認識が大きく違い、“本当それらのことか起こっているのか”理解できないでいる。
まるで古い知識に新しい情報が入り込んだかのように、全てが間違ったように感じられ、何が正しくて何が誤りであるのか、判断ができなくなっている。
しかも思い出そうとすると忘れていることが多く、記憶やイメージが抜け落ちている。
知っているというよりは箇条書きの文章を読み上げるような感覚で、そうだったという客観的な視点から得た情報だけがごっそり抜け落ち、具体的な事柄が一切思い出せないでいる。
さっきまで電想空間に入想し、アリアに感応体を委ね、眠りに就いてフォースを扱う仕事に従事していた。
そうした状況は思い出せるのに、夢で見た記憶についてだけうる覚えになる。
そう言えばアリアってどういう意味だろう。
仕事は全てアリアに聞けと受付のおっさんが言っていた。
AIをアリアと呼ぶのならつじつまが合う。
文明が衰退し人類はAIという言葉を忘れAIを管理できる技術者が居なくなる。
科学は魔法。AIは天使と呼ばれ、より強いAIを神とし、そうした意味に置き換えている。
それでもAIは人類をフォローし続けている。その歪んだ社会性がボクにとって理解ができない理屈になる。
どうしてボクはそう思ってしまうのか。それこそが記憶の混乱であり、自分が何者であるのかを分からなくしている。
ボクの名前はノルテアだ。
今年で十歳になる。
ノルテアの記憶が正しいとするならば、世界に電気という概念はなく、魔素の力で天使を操ることができるとされている。
フォースは魔力と呼ばれ、科学は魔法という意味に置き換えられている。
AIを天使と呼び、天使の管理者になることで様々な地位に就くことができる。
魔力と呼ばれているフォースは、身体能力を向上してくれる力になる。フォースを多く持つ者にフォースウェポンを持たせ、魔物と戦わせる行為を依頼し、給金を稼いでもらう。それがシーカーであり、領主の部下の仕事でもある。
これも魔法に置き換えることができる。人の体内に在る魔力量に比例して人間は強くなる。
「だから……」
月城乃央。日本国に住む三十路の男性。同時にジャパニアの風波市に住む二十代の男性。
これも本物の記憶なのか?
月城乃央が二人存在している。現実と思われる地球の自分とゲームキャラクターだった自分の記憶がある。どちらも本物であって、そう感じることができる。
「いや、少し違うな」
どちらもボクで間違いない。義理の姉と実家で暮らしていた記憶が今でも鮮明に思い出せる。
「じゃあ」
この世界はいつでもインターネットができる環境の世界で、ゲームの世界と共通点が多く、ゲームのジャパニア人だった記憶と現実の日本人だった記憶の二つが本当にあったことだとして、ノルテアの記憶が二人に合わさると、どう解釈できるのだろうか?
おそらく今はゲームエンディング後の世界だと云いたいのだけど、中世ヨーロッパレベルの文明に衰退し、三次元テレビがあった科学の文明と明らかに違うため、ボクはそのギャップに混乱を感じている。
加え日本人だった乃央の記憶とジャパニア人の乃央の記憶が混ざり合い、常識が欠如している。戦争の経験に平和だった記憶。学問に文化に歴史や地理の違い。同じ名前の姉が存在し、似た性格に似た容姿をして同じ家で暮らしていた自覚がある。友達も姉と同じく名前と姿がそっくりで、ことさら認識が曖昧になる。
だからもう何が何だか分からない。結局のところ記憶の中の自分を評価したいのに客観的に見ることができないでいる。
今はノルテアなのだから、ノルテアとしての自分が正しく、その生活が本質なのだから、ノルテアとして生きて行くことが正解になるはずだ。
大まかなことは前世だったということにして、割り切ってしまえばいい。
「そうだ。それでいいんだ」
この世界は一度滅んでいる。旧来の人類は全て死滅している。
ゲームでも魔王パンデニウムを倒した後は戦争の余波で生まれた魔物たちから逃れ、安寧を求めるグランドエンディングを迎えることになる。
戦争は回避できない。すでに行われていたことで、必ず人類が滅びることになる。
その過程で人類は電想空間を管理するAIと融合し、記憶と精神を保つことに成功する。
何万年。何千万年。一億年以上の年月を掛け、人類はクローン技術を活用し、新しい肉体を生成する。
人類は新たな肉体に精神と知識を移植し、再び地上に復帰。新しい文明を築き上げる。
一部の人間は電想世界に残り、AIに指示を与え、新世界を見守り続ける役目に就く。
その仕事にボクも志願し、今まで眠りに就いていた。
何らかの条件が重なり、ボクはノルテアとして生まれ変わることになったに違いない。
おそらく、クローンニング技術を活用したのだろう。ボクと相性が良いノルテアを管理していた何者かが管理者権限を用いて無理やり施術し、今し方ボクを目覚めさせることに成功した。
「多分、姉さんの仕業だろう」
姉さんは人類史上最高の天才と呼ばれていた。クローンで生まれた体に精神と記憶を移す技術を生み出している。その技術でボクを目覚めさせれるのは、開発者本人である姉さんしか居ないからね。
AIには絶対にできないことだ。AIはプログラムされた存在になる。プログラムはプログラムでしかなく、登録されたこと以外の論的思考は持ち合わせていない。
クローンニング技術は世界条約においてAIにさせてはならないとする取り決めがなされている。
新世代のAIが姉さんのまねごとをしてボクを目覚めさせる。そうしたことは絶対にできないようにされている。
だとすると姉さんは生きている?
そんなはずはない。この世界にも暦が存在する。神聖暦と呼ばれ、2235年になる。
例え姉さんがクローンニングで延命をしていたとしても生き続けるには難しい。人類が外に出た時点でクローンニング技術は禁止されている。だから電想空間に感応体として留まることもできないはずだ。姉さんがこの世界で生き続けているという可能性はほぼ皆無だろう。
それならさっき見た夢の記憶はいつのことになる?
ノルテアという存在が居るということを確定した節がある。あるいは姉さんと似た姉さんでない何者かが姉さんを語りボクに近づいたという考えもある。その場合は姉さんの子孫だとする考えもあるのだろうけど、あの天才と同じ才能を持って生まれたという可能性はまずありえないだろう。
ボクと姉さんと出会ったのがついさっき。ボクがノルテアと融合したのが今になる。そう仮説を立てると何かが分かってくることがあるかもしれない。
だとしたら、ボクは現実世界に戻ってきたということが正しい訳で、死んで生まれ変わったという考えは適切でない気がする。
今回の場合はクローンニングで復活した古代人という解釈が適当だろう。ボクは月城乃央であってノルテアという存在でもあり、別の乃央の記憶を持つノルテアという存在にもなる。
記憶が混乱をしている理由はノルテアの記憶が主体なったためだ。二人の乃央という人格が融合し、客観的に物事を考えることができなくなっているせいだろう。
「待った」
それって転生と何が違うのかな? 乃央の人格がノルテアの記憶と混ざり合い、別の存在になったという考えが正しい訳で。そうなると以前の状態と全く違うのではないだろうか?
「そうだよ。ボクは乃央でもありノルテアでもあるんだよ」
さっきも思った通りだ。ノルテアとして生きていこう。
ボクはノルテアなのだから、姉さんのことはもう忘れよう。
大体姉さんは結婚をしているんだ。別の家に嫁いでボクから離れて行った。ボクの好意を断り流騎くんと一緒になった。
ボクは仲間の幸せを願って一人でエフの深層に残ることにした。自暴自棄という言葉があるように、この世界に未練が無くなったからだ。半ば失恋でヤケクソになっていたのが原因だけどね。
二度と目覚めることはないと思っていた。人類を見守る人類として新たにエフを作り上げ、旧来の科学を駆逐し、新しい文明を築き上げる。その間に神のように管理者として存在し、ボクがAIを統べ、人類の進化を導く存在になる。そんな気概だったからこそ実感としても嬉しいという気持ちになれないでいる。
特別姉さんに対し恋慕の気持ちはもうないはずだ。だって人妻は恋愛対象外なんだから。
でもね、乃央という人格がそれを否定している。
心の底にまだ姉さんが好きとする自分が居る。夢の中の姉さんが何者であるのかを確かめたくもなる。そうした欲求があるのだからもう少しがんばってみようと思う。
ノルテアとして生きていく。そのための生活基盤を整え、借金を返済し、中級民になる。外に出られる強さと財を身に着け、どこか遠くに旅をする。
いずれは姉さんや流騎くんたちの痕跡をたどり、世界の成り立ちを調べていくのもいいかもしれない。今はそんな気持ちにあふれている。
「うん、決めた」
もう一度エフに潜って、いろいろと試してみよう。
次の話は面白くなるかもしれません。




