裏通り
井原がいなくなった翌日。
昼間の東京は、いつもと同じように騒がしかった。
バスが通り、カフェには行列ができ、
誰もがそれぞれの時間を生きている。
けれど湊の頭の中には、
昨夜の“暗闇”が焼き付いて離れなかった。
夕方、バイトのために店に入ると、
マスターが少し沈んだ声で言った。
「警察が来てさ。井原さんのこと、いろいろ聞かれたよ」
「何か分かったんですか?」
「いや。足取りが途中で消えてるらしい。
防犯カメラにも映ってないって」
湊は息を呑んだ。
――あの裏通り。
彼が最後に通ったのは、きっとあそこだ。
夜、客が少なかったこともあり、
閉店後、湊は一人で裏口へ回った。
昨日と同じように、風がぬるく通り抜けていく。
街灯の下だけが妙に暗く、
近づくほどに音が吸い込まれていくような感覚がした。
「……井原さん?」
思わず声が漏れる。
もちろん、返事はない。
足元に、何かが落ちていた。
拾い上げると、それは黒い鍵だった。
どこかのマンションのものだろうか。
札の部分に薄く印字がある。
「301」
その瞬間、スマホのライトがふっと消えた。
電池切れでもない。
真っ暗になった視界の中、
少し先に“誰かの足”のような影が見えた。
心臓が跳ねる。
次の瞬間、照明が一瞬だけ点いた。
だが、そこには誰もいなかった。
ただ――壁の一部に、何かが貼られていた。
それは昨日見た「行方不明者ポスター」だった。
けれど写真が違う。
そこに載っていたのは、
自分の顔だった。
驚いて目をこすり、もう一度見た。
……何も貼られていない。
ただの、古びたコンクリートの壁。
息を整えながら店へ戻る途中、
湊は手の中の鍵を見つめた。
札の裏には、
黒いインクでこう書かれていた。
「開けてはいけない。」
次回は10月31日を予定しております。
ご期待を。




