ep1【JKと旧札と私】
【一】
アタシはこの街が嫌いだ。
大ッッッ嫌いだ。
“九重化学”
めちゃくちゃに大きい超巨大な焼却炉。
この街のあちこちで見かけるロゴと社名。
年がら年中稼働し続ける、
特殊廃棄処理プラント。
とにかく臭い。
シンプルに臭い。
国中から集められた、
ありとあらゆるゴミが焼ける酷いニオイ。
違法な建築で増築され続けていく、
混沌としか表現出来ないビルと住居と、
飲食店だの風俗店だのの他にも、
訳のわからない店が、
滅茶苦茶に建ち並ぶ、
治安の悪い歓楽街には、
雑多に継ぎ接ぎされて、
構築された無数の配管パイプと、
下品で胡散臭くて、
如何わしい、
霓虹灯が煌々と光る。
先ず景観が死ぬ程嫌い。
アジアンカオスだとかサイバーパンク的な都市だ何だとか云って、稀に他所から人が来るけど、こんな街に幻想を抱けるなんて、余程沸いた頭の造りをしてるんじゃないかなってアタシは思ってる。
知らないからかも知れないけど、
知らないで済まない事も此の世には沢山ある。
アタシがこの街を嫌いな2つ目の理由。“出る”。この街には。妖怪でも、怪異でも、呼び名は何なんだかよくわからないけど、理屈じゃ説明のつかない訳のわからない異形なモノが当たり前に涌いて出る。
─伝説じゃ、この街が“よくわからない世界”に繋がってしまった事があって、それから異界のバケモノが此方側に来れるようになって、バケモノ達が人を拐うは喰うわ殺すわで、困り果てた住民達を見兼た天の神様が、何処からか仙人を遣わしてくれて、バケモノを退治してもらったんだって云われてる。
感涙しながら、お礼を云う住民達に仙人は、これからこの街が辿るであろう過酷な運命を告げる。
“バケモノが消える事は無い。此処はそういう土地になってしまったから”
絶望する住民達。仙人は云う。
“だが、自分が造る寶贝を、お前たちにやる。不吉な方角を寶贝で塞げば少しはマシになるだろう” (※寶贝…仙術に因む奇跡を起こす道具)
そうして、仙人の尽力の甲斐あって、この街の心臓部に鎮座する超巨大焼却炉型の寶贝“崑崙炉”が完成する。天から降り立った仙人は、地上に残り、崑崙炉の焼却機能を活かした廃棄処理業務と、それに追従して発生する環境への影響の研究を行う企業“九重化学”を設立して社主になり、この場所は九重化学が統治する企業都市“重都”へと成長を遂げた。
3番目の理由。バケモノはいなくなってない。行方不明だった誰かが何処かの暗がりで喰い殺されてたなんて話は粗にある。仙人は確かに、“マシになる”とだけ云ったんだろうけど、バケモノの発生を未だに防げてないのはどうなん?話が途中で替わってしまってるみたいに感じるのはアタシだけなんだろうか?
もっと云うと、仙人がこの街を支配する為に、でっち上げた茶番劇の可能性も無くはないんじゃないの?って。こんな話を、重都で他人に聞かれるのは本当にマズい事なんだけども。
そう云うとこも含めて、アタシはこの街が大嫌いだ。
【二】
もう真夜中だって云うのに重都の歓楽街の人通りが途切れる事は決して無かった。食中毒や性病を毎日の様に客に振る舞う店ばかりだけど、此処にはそういう店しかないから誰も不思議には思ってないみたいだった。
処理場で働く作業員達が酒を飲んで女の人を買って違法に製造された亜酸化窒素を暗がりでシーシャみたいにパイプで吸う為の場所だ。
かと云って無法地帯ってわけでも無い。重都には九重化学が定めて住民に従わせる厳しい規律が沢山ある。不潔で不衛生で無許可な店は“浄化対象”の宣告を受けて従業員も店も容易く“処理”される事もあるし、それが単なる失業じゃない事は、この街の人間なら誰でも知ってる事だった。
『衛生公司』と書かれた四輪駆動の武装車が街中を警邏している。衛生公司は九重化学の傘下企業のひとつで、“清潔な都市と健康な人民”を名目に街を“浄化して廻る”。
だから皆、何時、自分たちが浄化対象にされるのかなんて考えながら脅えて暮らしているのだけど、潰れた店の跡には直ぐに他の店が開店する事もある。食べていく為にはそうするしかないからだ。
誰ひとりとして幸せそうには見えないけど、今日もどの店も大勢の客で賑わっている。
【三】
アタシはバイトが終わってクタクタで、紙袋に包んである、バイト先の店長が呉れた餃子を何処に棄てるようかと思案していた。店の名前が印刷してある紙袋だから、あんまり店の近くに棄てちゃうとバレるかも知れないし。この街の人たちは、何時、衛生公司に浄化されるのか分からないって云うのに、清潔って概念がそもそも欠如している気がする。ウチの店も漏れ無く不衛生で、厨房なんかは直視出来ないくらいに汚い。そんなところの食べ物なんて、そう易々と食えるか。
安全で美味しい食べ物は物凄く高価だ。アタシは家の冷蔵庫にストックが幾つも有る、通販で買った合成栄養食の事を思い出してウンザリとしていた。粘土みたいな見た目で、ボソボソとした舌触りの
、味も素っ気も無いアレしか今日も食べるものが無い。
憂鬱な気分は気持ちを乱高下させて、餃子を呉れた店長に気を使っている事が少し馬鹿らしくなったアタシは、そこら辺の適当なところで紙袋を棄てちゃおうとしていたんだけど、何処に行っても掻き分けて進まなくちゃならないくらいに人が多い。
──「欸欸。少姐、少姐」
鬱陶しい。酔っ払ってんだかラリッてんだか、誰も彼もが心底愉快そうに大声で笑ったり揉めたりしている。
(一体何がそんなに楽しいんだか。お前ら全員近いうちに1人残らず死ぬんだからね?こんなクソ汚ぇ街で何か喰ったり飲んだりして、無事で済むと思うなよ?)
アタシは心の中で群衆に毒づきながら歩く。
「欸欸欸。少姐」
(アタシ知ってるよ?此処じゃ肉も魚も穀物もマトモなものなんて無いんだから。お前らが嬉しそうに喰ったり飲んだりしてるモノなんて、全部わけわかんない材料で出来てんだからね?あー。今都合よくバケモノ出てこないかな?コイツら全員喰われちゃったら良いのにな。そしたらウケるな)
「参たネ。西萊※(西萊省。行政区画の名称)の人間耳遠いカ?」
ひどい訛り。というか片言?
いや、さっきから全然聴こえてはいたんだけど、
その口調に半端ない治安の悪さを感じちゃって、不吉な予感しかしないものだから。ごめんなさい。無視していました。
「難儀。困た困た」
あヤバい来る。声の主。
アタシは咄嗟に駆け足でその場から離れようとしつつ、(此処は大通り。此処は大通り……。他に人も大勢歩いてる。
いざとなら助けてって大きな声出しちゃおう……)とか考える。
「何処行くカ?」
迅。
相手の位置を視て確認したわけじゃないけれど、
声の聴こえ方の感じからして距離はそこそこ有った筈なんだけど詰め方がエグい。片言で舌足らずに聴こえる口調が余計にアタシの恐怖を煽る。
脚は遅い方じゃないから逃げ切る自信はそこそこあったんだけど、結論から云うとアタシはアッサリ追いつかれた。
──ズワッ! と突風を大鎌でちょん切ったみたいな凄い音と、ほんの少しだけ衣擦れの音がしたかと思ったら、声の主は、あっという間にアタシの目の前に周り込んできやがっていた。驚き過ぎて縺れた脚が、何故だか身体を前に倒さずに自分史上過去最高に不細工に尻餅をつかせて転ばせたんだけど情けないったらなかった。
「痛ッッッッて!?」
ドスンッだかドシンッだか、とにかく尋常じゃない鈍い音がして、アタシのお尻の骨がどうにかなっちゃうんじゃないかってくらいに本当に痛い。あまりに痛くて、視界の端から端までチカチカと点滅して、涙がちょちょぎれそうになる。
【四】
「ちびの癖に意外と脚迅いアル。
でも、そなに慌てて逃げるコト無い思うネ?
心配無くても怪しい者じゃ無いのコト」
喋り方が気になって仕方ない。
「否否否……。十分怪しいでしょ……」
私は相手に聴こえないようにボソボソと喋る。
「小姐。訊きたいコト有ル。
この辺り換金出来る処有るカ?」
女だった。いや、声だけの時点で判ってたんだけど。女はアタシの目の前でクシャクシャに折り曲がった紙幣をヒラヒラとさせながら顔を覗き込んでくる。
「は……?いや知りませんけど……」
「えー?ほんとカ?」
女の見せてきた紙幣には『千伍百萊圓』と印刷されてる。見た事の無いお金。玩具?贋札?
「何処行ても使えないネ。旧札だめカ?
だけど西萊の钱持ってない。オケラ」
「それ、ほんとにお金……?ていうか、いま現金より电子货币だから」
「小姐。煙草持てるカ?」
「吸いませんけど」
「確かに背低イ。未だ餓鬼だたアルか?」
「成人してるし。ていうかアンタなんなの?」
女は黒いカーディガンに、西服のスカート。カーディガンの上から羽織った墨色のパーカーのフードを被ってる。JK?
前髪が滅茶苦茶に長いから顔の半分髪で隠れてんのに物凄い美人なのが超絶に伝わってくる。ツヤッッツヤしたサラサラの銀色の髪に、朱い瞳。ツンと尖った形のキレイな鼻に、プルプルに潤った小さな唇。発光してんじゃないのってほどに透き通って見える薄くて、白い陶器みたいな、血の気の無い肌。
何故か、裸足。
ゴムで出来た、便所で履くような茶色のサンダル。
アタシが尻餅をついて見上げてる所為もあるけど、女にしてはかなり背が高い。そして凄まじく手足が長い。それぞれが別々の意識を持った生き物みたいな、活きの良い生命力に満ちてるように見える。どこを見ても産毛ひとつ生えていなさそうなツルツルとした肌に、同じ女と云えど一瞬にして目を奪われる。でも誰でも見るわこんなの。
JKの美貌に圧倒されていると、それを察したのか得意げな貌をされてニンマリと笑われた。
JKの目は目尻が跳ね上がっていて、まるで猫みたいだった。あと泣きボクロあった。何なんだこの具現化された創作物みたいな女は。JKには健やかさから全力で対極に向かう退廃感が漂う。ヤバい。かっこいい。
「名前教えてあげるネ。だからお金貸してくれるカ?」
「いやおかしいでしょ」
「そっちが訊いたネ?ボクの名前知りたくないカ?」
しかもボクっ娘かよ。ニヤニヤと笑うJKの犬歯が妙に鋭く見える。あと喋った時に舌ピアス見えた。
間違いない。アタシの危機回避能力が危険を告げている。このJKは関わるとヤバい人種だ。
「ねー。貸して貸して。ちゃんと返すネ。
少しだけ貸す?ネ?」
「いやいやいや……。おかしいおかしい……。
ちょっとアタシ急いでるから失礼します……」
「说谎。何かブツクサ言てるだけで急いで無かた」
「は!? 何勝手に聴いてるんですか!?」
「あんな声だったら厭でも聴こえるネ。ボク耳良い。
もう少し小さな声で喋るよろし」
「嘘。アタシ、絶対そんな声出してない」
アタシの危機回避能力は自分で思っているよりも正確だったみたいだ。このJKは普通じゃない。
普通じゃないと言っても只の頭のおかしい女と云いたいんじゃない。このJKはきっとトラブルが服を着て歩いてるタイプのヤツだ。アタシに災厄をもたらすに違いないんだ。きっとそうだ。
「耳良いて言たヨ?」
女はヘラヘラと笑いながらアタシに近寄ってくる。
この時の気分と云ったら最悪なんてものじゃなかった。
「しかも顔良い。超絶的美人。だから悪いモノ寄てくる」
「はあ?何なの?」
「だけどアレボクに寄て来た違う。小姐狙てる」
JKはアタシの後ろのあたりを、
長い長い指で指しながら言う。
【五】
「だから……」
──ジャリッ
「ホントに気づいて無かたカ?小姐ずと尾行られてたネ」
アタシの背後の建物の隙間からノロノロと姿を現した男は酷く汚ならしくて不審者としか形容し難かった。
尾行されてた?何時から?ていうか誰?
それより何より男の顔を見た瞬間にアタシは「ヒッ」と声をあげる。襤褸切れみたいズタズタの服装はさることながら、男の横っ面、側頭部辺りの髪の毛は剥げ落ちていて、引っ掻いた爪の痕と破かれた皮膚がグロテスクで仕方なかったからだ。
もちろん、到底、ただの酔っ払いの類いには見えない。
マジかよ。出くわしてしまったんだ。
バケモノだ。
男は喉から腹から、幾つ手が有っても足りなさそうに身体中をバリバリと掻き毟りながら、そこそこの気持ち悪い速さで近寄って来る。
「きもッッッ!!」
「ソレ名前アルね」
「は!?」
「アレ月干云うアル。ああやて取り憑くと人間おかしくなるのコト。次、小姐狙てル」
「やだ!! 無理無理無理無理!!」
アタシの絶叫に、ようやく周囲の人たちも突然現れた異形の者の存在に気づいて、そこから途端に一帯は逃げ惑う人々で混乱に陥る大騒ぎになった。
「良コト思いつたネ」
ポン、と手を叩いて、呑気な調子でJKが云う。
「何!?」
「ボクアレ追払う。小姐助けてあげル。だから钱頂戴」
JKはサラッと云うけど、初めて対峙する、脅威を与えようと威嚇を繰り返すバケモノに、アタシは心底怯えていた。
「否否否……! 無理無理無理だって!? 逃げよ!?」
「逃げる何故カ?月干、とてもしつこい。逃げてもニオイ憶えてずと来る。此処でヤるのいちばん正しのコト」
「やめなって!? あれバケモノだよ!?」
ぷしゅーッッ、と、朽ちた配管から、音を立てて蒸気が漏れる。
「ちょと違う。アレ、禍禍。転じて化けたと違うのコト。巡り良くない气溜まるのトコ産まれるアル」
JKが言ってる事は分かるんだけど、それよりその横顔に見惚れてしまっていたのが、今となっては何となく気恥ずかしい。
これはアタシが、この高身長クズ美人の不死身JKと初めて逢った夜の事。
【继续】
ぜーんぶ、うそ




