4.女子会
魔王城の一室。天音の大胆な行動に耐えかねて退散したリリスとアリシアは、別室に寝泊まりすることになった。
「……まったく、あのド変態魔王……!お風呂に誘うとか、頭おかしいんじゃないの!?」
「は、破廉恥です……破廉恥すぎます……っ」
「はぁ…。頭痛くなってきた。さすがにあいつら、もうお風呂上がったわよね?私たちもお風呂に入りましょか?」
「そ、そうですね…!そうしましょう!」
☆
蒸気がたちこめる浴室。
陽斗と魔王アリスはもうお風呂から上がったみたいで、誰も居なかった。
「……ん、ひろ……っ」
リリスがぽつりと呟く。
「すごい……。お風呂なのに、なんだか緊張しますね……」
アリシアも小さく息を吐いた。
湯けむりの中、二人はバスタオル1枚――
その柔肌を露わにして、並んで湯船に脚を沈めていく。
「……って、ちょっと、近すぎじゃない?!」
「え、ええっ!? だって、奥に座ってるの、リリスさんしかいなかったから……!」
あわてて少し距離をとるアリシア――が、滑って、
「きゃっ」と声を上げてリリスに体ごと倒れかかる。
「ちょっ……アリシアっ!? 胸、当たってる、ってば……っ!」
「ご、ごめんなさいっ、わざとじゃなくて……!」
あわてて離れようとするが、湯船の中で脚がもつれて――
「わっ……!」
今度はリリスが前に倒れ、逆にアリシアを押し倒す形に。
「ひゃあっ!? ……り、リリスさんまで……っ!」
湯の中、ふたりの柔らかな胸と胸が、思い切りぶつかる。
「……な、なんでこうなるのよ……っ!」
「わ、私の方が聞きたいですぅ……!」
二人とも顔を真っ赤に染めたまま、そっと距離を取りながら湯船の縁に背を預ける。
「……ていうか、さっき思ったんだけど……アリシア、意外と……その、けっこうあるのね」
「なっ……っ!? リ、リリスさんだって……!」
「へ、変なとこ見てんじゃないわよっ!」
「見てないです!でも……やっぱり、ちょっと気になっちゃって……」
しばらく沈黙が続く。
そして、
「……リリスさん」
隣から、アリシアがぽつりと名を呼ぶ。
「ん?」
「……髪……綺麗ですね」
リリスは一瞬きょとんとしてから、思わず鼻で笑った。
「何よ急に。」
「ご、ごめんなさいっ。でも、さっき後ろから見てて……ずっと真っ直ぐで、サラサラしてて……羨ましいなって」
「……あなたも、細くて柔らかそうな髪してるじゃない」
湯の中、肩を並べるふたりの髪が、濡れて肌に貼りついていた。
「触っても、いいですか?」
「……どうぞ」
アリシアの指が、リリスの髪にそっと触れた。
湯であたたまった掌が、意外なほどに優しくて。
思わず、リリスの肩がぴくりと震えた。
「……ご、ごめんなさいっ、冷たかったですか?」
「い、いい。……別に、平気」
小さな囁きのような声。
アリシアの指が、ゆっくりと髪を撫でるたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
「……やっぱり、すごく綺麗。触ってて、なんだか落ち着きます」
「……変な子ね、アンタって」
「さ、そろそろ出ましょ。のぼせちゃうわ。」
「はい…!」
☆
静まり返った夜の魔王城。
他の部屋からは何の物音も聞こえない。
リリスとアリシアは、ふたりで使うことになった一室のベッドに、それぞれ横になっていた。
小さなランプの灯りが、天井をぼんやり照らしている。
「…………眠れない?」
リリスがぽつりと、天井を見たまま呟いた。
「……はい。なんだか、変な感じで」
「私も。……あいつらがいちゃついてたせいで、脳が妙に冴えてるっていうか」
「……リリスさんって、こういう時も冷静ですよね。」
「冷静じゃないわよ。めっちゃ疲れてるのに、眠れないもん。」
ふふっと、アリシアが小さく笑った。
「……なに笑ってるのよ。」
「いえ……なんだか、ちょっと安心して。リリスさんでもそんなふうに思うんだなって。」
「当たり前でしょ。人間なんだから。」
「……でも、こうして誰かと同じ部屋で寝るの、私、初めてなんです。」
「そうなの?」
「はい。両親は朝から晩までいなかったですし、魔法学院では、1人部屋でしたから。誰かの寝息が近くにあるの、変な感じだけど……ちょっとだけ、落ち着きます。」
リリスはそれを聞いて、ふと目を閉じた。
「……意外ね。アンタって、もっと繊細そうに見えて、そういうの嫌がるタイプかと思ってた。」
「えっ……リリスさんのほうこそ、そう見えると思ってましたけど。」
「……そっか。似た者同士かもね。」
ふたりの間に、小さな沈黙が落ちる。
けれどそれは、居心地の悪いものではなく、
少しずつ馴染んでいくような、あたたかい間だった。
「……リリスさん。ありがとう。」
「は?」
「こうして話してくれて。……ちょっとだけ、安心できました。」
「……べ、別に……話したかったわけじゃないけど。あなたが変に緊張して寝れないなら、こっちまで落ち着かないじゃない。」
「ふふっ……じゃあ、もう少しだけ、話してもいいですか?」
「……まあ、眠くなるまでなら」
ランプの灯が、ふたりの影をやわらかく揺らしていた。