2.お姉さんと再会
こうして、特訓の日々が続くこと半月。
ついに、魔王城に向かうことになった。
魔王城へ向かう日の朝、俺たちは国王に呼び出された。
「勇者、リリス、アリシア。特訓おつかれであった。そなた達なら、魔王アリスを倒すことができるはずだ。よろしく頼む。」
国王からの激励を受けてすぐ、魔王城へ向かった。
誰も倒すことができない、魔王アリス。
どれほど恐ろしいのだろうか。
「なに不安そうな顔、してるのよ。私の特訓についてこられたあんたなら、大丈夫よ。」
「そ、そうです…!勇者様なら、絶対大丈夫です!」
「ありがとう、リリス。アリシア。ーーさあ、行こうか。」
☆
森を抜け、丘を越え、途中でモンスターに襲われることもあったが、俺たちは訓練を生かしながら進んで行った。
リリスの剣が鋭く魔物の動きを封じ、アリシアの魔法が的確に敵を仕留める。
俺も少しずつ、自分の役目を果たせるようになってきた。
そしてーーついに魔王城に着いた。
「……あれが、魔王城……。」
どこまでも黒く、空を切り裂くようにそびえる巨大な城。
禍々しさと威圧感が、空気をも歪めるようだった。
「じゃあ、入るぞ。」
魔王城の中は、外の雰囲気とは打って変わって静まり返っていた。
広い石造りの廊下に、蝋燭の炎が揺れている。
足音が響くたびに、まるで誰かに監視されているような錯覚すら覚えた。
「……いやな感じね。」
リリスが剣に手をかけ、警戒を強める。
アリシアも、小さく詠唱の準備を始めていた。
「気をつけよう。……いつ、魔王が出てくるかわからないからな。」
そう言った瞬間、城の奥からゆっくりと重い扉が開いた。
ギイィィィ――…
「あら、ずいぶん私のこと、待たせたのね?」
低く、艶やかな声が響く。
この声には、聞き覚えがある。
この声、まさか。
「やっと来てくれたのね?陽斗くん」
玉座の上。黒いドレスを纏った美女が、ドレスと同じ色の黒い髪をなびかせて微笑んだ。
「え………天音さん……?」
「ふふっ…この世界ではアリスって呼んで?それとも、昔みたいにお姉ちゃんて呼んでもいいけど?」
俺が小学生のころ、マンションの隣の部屋に住んでいた5歳上の天音さん。
美人で優しくて、俺の初恋の相手だ。
でも3年前のある日、天音さんは突然居なくなった。
引っ越したと聞いていた。
そこからずっと、会うことはできなかった。
ずっと会いたかった天音さん。
まさか、天音さんとの再会が異世界になるなんて。
そして、俺が勇者で天音さんが魔王だなんて。
「天音?だれ?あんた、魔王と知り合いなの!?」
リリスが叫ぶ。
そんなリリスを前に、天音さんは冷たい目で笑う。
「知り合いだなんて、ねえ?」
アリス――天音さんは、薄く微笑みながら立ち上がる。
「知り合い、なんて軽い言葉じゃ足りないわよね。ねぇ、陽斗くん?」
その視線は、甘さと狂気が入り混じっていた。
「……天音さん、どうして……どうして、あなたが魔王に……?」
震える声で問いかけると、アリスはすっと表情を変えた。
「どうして……?」
その唇が、静かに開かれる。
「私だって、魔王になんてなりたくなかったけど…こうするしかなかったのよね。」
リリスが剣を構えたまま、わずかに眉をひそめる。
アリシアは唇を噛みしめていた。
「でも、魔王になって良かったわ。ーーこうして、陽斗くんにまた会うことができたんだもの。」
そうやって妖艶に微笑む天音さんは美しかった。
俺はやっぱり、天音さんが好きだ。
天音さんと一緒に元の世界に帰りたい。
「天音さん、俺はあなたを倒したくなんてない。だけど、倒さないと元の世界には帰れない。だから俺は、天音さんを倒して一緒に元の世界に帰りたい。倒すといっても、殺すわけではない。方法は、いくらでもあるはずだ。」
「あら。随分と生意気な子になったのね?昔は私に意見なんて、できなかったくせに。……まあ、でも。そうね。退屈してたしーー。」
天音さんは1歩ずつ近づいてくる。
「ここ、魔王城でしばらく暮らしたら?殺さずに倒す方法?もここで見つけたらどうかしら?」
「はあ!?何言ってるのこの魔王は!?頭おかしいんじゃないの!?」
「魔王城に住むなんて…ありえないです…。」
反論するリリスとアリシア。それはそうだ。
「ふふっ……。そちらのお子様達も仕方ないから、一緒に住まわせてあげるわ。私と陽斗くんの邪魔をしたら許さないけどね?」
天音さんは、まるで昔のお姉さんだった頃のように、悪戯っぽく微笑んだ。
だけどその目の奥には、かつて見たことのない深い闇が揺れている。
「……天音さん。」
俺はまっすぐに彼女を見つめた。
「あなたがこの世界でどんな思いをしたのか、俺にはわからない。だけど、それでも、俺にできることがあるなら……天音さんを、独りにさせないってことだけは、できると思うんだ。」
「陽斗くん……。」
その瞳が、ほんの少しだけ潤んだ気がした。
だがすぐに、彼女は微笑みを取り戻す。
「ふふ……。そんなこと言われたら、ますます帰したくなくなるじゃない。」
「リリス、アリシア。納得できないのもわかる。だけど、魔王城に住むことが、魔王を倒す方法を見つける1番の近道だと思うんだ。お願いだ、協力してくれ。」
俺は、リリスとアリシアに頭を下げた。
「そ、そこまで言うなら…。仕方ないわね…。」
「……わかりました。勇者様について行きます。」
「ありがとう、リリス。アリシア。」
「決まりね?これからよろしくね?陽斗くん。ーーついでに、お子様達も。」
こうして、俺たちと魔王との共同生活が始まった。