第七十四筆 始まりの飛龍クリック!
「封印します!」
ピンクのバッタは会議室の扉に鍵をかけ、固く閉ざした。
中からダークワナビスト達の声が聞こえる。
書籍化、コミカライズ、アニメ化――。
彼ら彼女らは同じ言葉をバグったゲームキャラのように繰り返していた。
「後で警察を呼んでおきます。迷惑行為を繰り返してたので」
キュートに笑うピンクのバッタ。
顔はどっちかというとモブのように地味だが可愛らしい。
龍は何もそこまでしなくてもいいのでは思ったが――。
「そ、その方がいいでしょうね」
黒鳥達はここが公共の場所であることを忘れてバカ騒ぎをしたのだ。
そして、最後はバカ騒ぎからの暴徒と化していた。
然るべき処分が下されるべきである。
「はい。図書館はそちらの方が言うようにライブ会場やカラオケボックスではありませんから」
ピンクのバッタは笑顔で古田島へと視線を送る。
古田島は笑顔で返しながら、龍の肩をトンと叩いた。
「カッコよかったわよ」
「え?」
「あのラノベ作家さんに言った言葉よ」
そう、龍は創作に対する想いをぶつけた。
創作とは他人に評価されるためではない。
誰かに届くかどうかわからなくてもいい。
自分の魂を込めることであると。
何かを形にしたいという強い意志を持つことであると。
誰にも評価されなくてもいいという覚悟を決めることであると。
誰かの言葉ではなく、自分の言葉を磨き表現することであると。
そして、心に残すことだと――。
「何が正解でも、不正解でもない。自分の軸をあなたは持ってる」
「古田島さん……」
「進むべき自分だけの創作道。私達は自分だけが見つけた道を歩んで行きましょう」
古田島の言葉に龍は力強く答え、
「もちろんです!」
頭に巻く赤い鉢巻を解き、新たな一歩を踏み出した。
それは新しいこれから歩むべき自分だけの創作道である。
「私は自分の道を歩き続ける」
その後をついていくのは古田島梓。
二人の背中は美しき輝き、大きく見えた。
その背中を見るのはパワフルクラフト、不破、騎士田、ピンクのバッタ。
アンチストギル梁山泊の四人は互いに顔を見合わせる。
「皆さん本当に来るとは思いませんでした」
そう述べるはピンクのバッタ。
偶然にも、この講演会の企画の担当を任された彼女はうまむすこ達にDMで知らせたのである。
従って、ここに全員がリアルに顔を突き合わせるのはこれが初めてだ。
「まあな。本当は俺様が凸るつもりだったんだが、ギアドラゴンに先を越されたぜ」
パワフルクラフトは残念そうな顔をしている。
本来であれば自分が持っている黒鳥達の不正行為の情報をぶちまける算段だった。
しかし、龍が先に凸ったため出番がなくなってしまった。
予定は狂った、が黒鳥に何かしらの制裁を加えるという目的は果たすことが出来て満足していた。
創作を何よりも楽しむパワフルクラフトは、黒鳥達の不正行為が許せなかったのだ。
「しかし、ギアドラゴンが阿久津川だったとは……驚いたな」
騎士田は考え深そうな顔をする。
その隣にいる不破は騎士田をチラリと見た。
「お主、ギアドラゴンとリアルの知り合いとは思わなかったぞ」
「ん? 腐ったみかんスミス、その口ぶりはお前もか」
「……ちょっと色々あってな」
「全く『物書きは物書きを引き寄せる』というが因果なものだな。この小さい街に私達はこんなに近くにいたとは」
アンチストギル梁山泊。
各人がボタンの掛け違いにより、Web小説に何かしらの怨み、憎しみを抱えていた。
だが、今日の出来事でその暗い感情は消え去り、全員がどこか晴れ晴れとした顔をしている。
「私達も『自分の軸』というものを持たなければなりませんね。いつまでも過去に囚われてはいけないことに気づきました」
そう述べるはピンクのバッタ。
彼女はどこか遠くを見つめながら言葉を続ける。
「ここに色帯寸止め先生がいたらよかったのに……ギアドラゴンさんの言葉を聞いていたら、きっと……」
オリジナル作品での書籍化を夢見て、自分を裏切った色帯寸止め。
自分を裏切った男ではあるが、創作者としての尊敬と憧憬は彼女はまだ持ち合わせていた。
ギアドラゴン、龍が黒鳥達に言った言葉を悩む色帯寸止めが聞いていたら――。
「ピンクのバッタ、お前の大切な思い出は胸にしまっておけ。お前も色帯寸止めも『創作のリハビリ』が必要だ」
悩めるピンクのバッタに伝えるのはパワフルクラフト。
ピンクのバッタはコクリと頷く。
「そうですね。私は崩された自分の創作を立て直さなきゃなりません……それに色帯寸止め先生も……」
「おうさ! 俺達は過去に囚われず! これから新しい道へと進まなきゃならねえ!」
パワフルクラフトの大きな手を前に突き出した。
「アンチストギル梁山泊は今日限りで解散だ!」
その手に不破、騎士田、ピンクのバッタの手が折り重なる。
「左様、いつまでもWeb小説に怨みを持つのは一つの執着! 卒業といこうぞ!」
「物語は人を救う! だから私は描き続ける!」
「うまくいかなくても、悩んでも、それでも私は書きます! だって、好きな気持ちだけは嘘じゃないから!」
四人は声を合わせて叫んだ。
――それが例え石でも! 磨き続ければ宝石になると信じて!
と、そのときだった。
「泣かせるねえ、あんたらが噂のアンチ達かい」
掘りの深い顔立ちのニヒルなナイスガイがいた。
そのナイスガイは茶色のカウボーイハットに黒いレザーコート、インディゴブルーのジーンズにウエスタンブーツを履いている。
所謂一つのカウボーイスタイル、どうやらずっと四人を見続けていたようだ。
「だ、誰だよお前」
パワフルクラフトの問いに、ナイスガイはチッチッとカッコつける。
「ミーは『毒斬り無刀斎』というケチな野郎でさ。これでも、ストギルやウダヨミで時代小説を書いてるんだぜ」
ナイスガイの正体は毒斬り無刀斎。
現在、第12回電脳小説大賞の最終選考まで残っているWeb時代小説家。
代表作は<転生したら『小野善鬼』でした。>の作者様である。
黒鳥の講演を聞いていたが、途中で呆れて出ていった参加者の一人であった。
時代小説書いてる割りに、服装がカウボーイスタイルなのは気にしないでおこう。
「その時代小説家さんが俺達に何の用だ?」
「あんたらの仲間に入りたくてね。実は黒鳥のような作家にSNS上で時代小説は売れないと言われて――」
パワフルクラフトはニヤリと笑う。
「俺達はもうアンチ活動はしない。時間の無駄だからな!」
***
刻は12月×日。
世間ではクリスマスの準備に追われている時期。
龍は冷たい部屋の中、パソコン画面を凝視していた。
「……電脳小説大賞の結果発表か」
ストーリーギルドの公式サイトでは『電脳小説大賞』の結果発表があった。
――――――
第12回電脳小説大賞・最終結果発表!
グランプリ:紅い瞳と青い夜
著者名:黒猫ポエム
ゴールド賞:戦力外野球戦士のストレート無双 ~ストレートゴリラの俺はニンフに惚れられて~
著者名:アラン・クロニクル
コミカライズ賞:せや、美少女だらけの冒険者パーティを作ろう。
著者名:黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』
コミカライズ賞:人狼キラーの俺、勘違いで獣耳娘ちゃんに囲まれる ~コボルトスレイヤーはモフモフ王に転職す!~
著者名:ドン
コミカライズ賞:ゲームの呪われた戦士に転生したオッサン、聖女達に懐かれる ~純粋無垢な彼女達の信頼が重すぎる件について~
著者名:ジャラ
特別賞:転生したら『小野善鬼』でした。
著者名:毒斬り無刀斎
以下省略。
――――――
「な、何気に黒鳥が受賞してやがる」
受賞者に黒鳥がいることを確認する龍。
その中に黒鳥がいることを哀しく思っていた。
受賞したのはいいが、あのメンタルで世に作品を出せるかどうか疑問。
プロ野球で例えると、肩と肘をぶっ壊した投手が入団するのと一緒――。
案の定、筆を折られた黒鳥は受賞するもコミカライズ化するまで休眠状態となるのだが、それはまた別のお話である。
「グランプリ……珍しくも文芸っぽい作品だな」
それよりも、龍は電脳小説大賞のグランプリ作品に注目していた。
タイトルは『紅い瞳と青い夜』という作品で、これまでの受賞作と比べると長文タイトルではなかった。
以下がグランプリ作品のあらすじである。
――――――
【あらすじ】
舞台は、現代の都市と異世界が交錯する『ブルーライトゾーン』。
青白い光に照らされるこの空間では、心に秘めた『真実』が目に見える形で現れる。
大学生の篠原亮は、ある日突然、自分の瞳が紅く燃えるようになる異変に気づく。
それは彼が抱える抑えきれない怒りと悲しみが形となったものだった。
紅い瞳を持つことで亮はブルーライトゾーンに迷い込み、そこで自分と同じ「紅い瞳」を持つ少女・柊エリと出会う。
彼女もまた、心に深い傷を負いこの世界に取り込まれていた。
――――――
「ま、まともだ!」
龍はタイトルと共にあらすじにも驚きを隠せなかった。
正攻法、全くの正攻法であったのだ。
大概これまでは大喜利異世界ファンタジー作品が多かったのだが、今回ばかりは違ったものであったのだ。
「時代は変わるかもしれんな」
龍はそう思った。
少しづつだが、明らかに選考員及び求める作品のニーズが変わっていることを感じていたのだ。
この本がなかなか売れない時代、Web小説も変わらざるを得ない――龍はそう確信した。
「クリスティーナ、俺もまた変わらないといけない」
壁に貼る騎士田に描いてもらったクリスティーナを見る龍。
その目はどこか哀しくもあり、どこか輝きに満ちていた二律背反の瞳をしている。
「そして、変わるべき波が迫っているというのに……決して変わろうとしないものもある……」
続いて龍はスマホの画面をつける。
SNSでは新たな創作インフルエンサーが誕生していたのだ。
魔鷹野モヤ時貞@麿はウダコン大賞者!:電脳小説大賞の結果発表がありましたでおじゃるな。最終選考に進んだものの落ちた人は残念でおじゃったな。
その名も魔鷹野モヤ時貞。
イケメンのコスプレイヤーであり、書籍化作家である。
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魔鷹野モヤ時貞@麿はウダコン大賞者!:でも、今はウダヨミでウダコンが絶賛開催してるでおじゃるぞ。皆で仲良く応援するでおじゃるぞよ。ノホホホホホ!
大手出版社UDAGAWAが運営する小説投稿サイト『ウダヨミ』発の書籍化作家。
ウダヨミで開催されるコンテスト『ウダコン』の大賞受賞者である。
魔鷹野モヤ時貞@麿はウダコン大賞者!:麿が思うに異世界恋愛ものは和風がお薦めじゃ。最近のトレンドは大正時代を舞台にした恋愛ものでおじゃる。麿の大賞作『島原で出会った美少年古武術家は、実は天草四郎の転生者でした』も和風でおじゃったからのう。
カーミラのエビ餃子@特別賞「にんにく聖女は吸血鬼に愛される」好評発売中:和風! 大正時代! はいからさん!
サクリンころも@「天ぷらを極めた悪役令嬢」電子書籍にて配信中!:教えて下さいませ! 魔鷹野様! ウダコンに受賞したい!
魔鷹野モヤ時貞@麿はウダコン大賞者!:ノホ! 詳しい内容は大晦日に麿がライブ配信するぞよ!
黒鳥が筆を折ったことで、早くもレイヴンクラブは崩壊。
真異世界令嬢教の教祖まうざりっとに期待が集まったが――。
ランサルセ:あいつ、黒鳥様の創作論をコピペして貼りつけてるだけじゃね? ランキングを駆け上がる方法はもっとないのか!
氷室リリス:誰とは言わないけど、所詮はまるぐりっとのパチモンよね。彼の創作論は聞き飽きちゃったわ。
マウントピテクス:ウッキー! その創作論なら耳にタコが出来るほど聞いたぞ! 本当は何にも知らないんじゃね?
実力以上の名声を手に入れたまうざりっと。
そんな彼が求められるWeb特化の創作論など言えるはずもない。
目新しいものはなく、黒鳥の創作論『書籍化を呼ぶ雄鶏』の内容を焼き回してポストするだけだった。
従って、まうざりっとは身勝手にも失望され、求心力を失っていったのである。
――書籍化や!コミカライズや!アニメ化や!
――書籍化や!コミカライズや!アニメ化や!
――書籍化や!コミカライズや!アニメ化や!
行き場を失ったダークワナビスト達や一発屋の書籍化作家達――。
今は『魔鷹野モヤ時貞』という新たな依り代を見つけたのである。
「バハムル・ジ・エンド!」
龍は空手でいうところの『天地の構え』を取った。
左手は大きく振り上げ顔面を守り、右手は下段に構える。
手の形は花のように開いている攻防一体の構えだ。
「飛龍クリック!」
――退会手続きが完了しました。ご利用いただきありがとうございました。
「さらばクリスティーナ……」
龍がクリックしたのは『退会』のボタン。
今日限りを持って、ストーリーギルドを退会したのである。
しかし、これは龍がWeb小説を辞めるという意味ではない。
終わりではなく、始まりの飛龍クリックだ。
「今の俺にはまだ満足する君の物語を書けない。もっともっと世の中のことを勉強していかなければならない」
龍は壁に貼り付けるクリスティーナの顔を見てそう述べた。
今の自分には満足するライオン令嬢の物語は書けない。
如何せん自分は社会のこと、世界のことを、世の中のことを知らないのだ。
「一から修行のやり直しだ。暫くしたら絶対に君を――」
強く決意する龍。
納得する自分を磨き上げた際には、もう一度ライオン令嬢を書き上げると信じて!
「うるさいでおじゃるぞ!」
「ひあっ!」
その瞬間だった。
隣りの部屋から壁ドンされ、男の怒声が飛んだのである。
「毎回、毎回、飛龍クリックだの! ドラゴン投稿だの! 珍妙な叫び声を上げよって!」
「あ、あわわわ……す、すいません!」
「ふん! 姿は隠してもワナビは臭いでわかりまするぞ! 貴様もWeb小説を書いてるのでおじゃろう! 麿はプロのラノベ作家であるぞ! 敬い静かにするでおじゃる!」
声は人気若手声優っぽいが独特の喋り方だった。
龍も悪いっちゃあ悪いが、男のこの横柄な態度に怒りを覚えて言い返す。
「ワナビで悪いか! 俺は誇り高きワナビスト! ワナビスト龍だ!」
「ひ、ひい! 許してたもれ!」
逆ギレした龍。
押された男の震えた声が聞こえたときだった。
「そ、そうか!」
龍は何かを閃いたのであった。