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生命の林檎



 深く愛されたあと、フィアナはカトルの敷いてくれたマントの上に、くたりと体を横たえていた。


 爽やかな風が熱った体を撫でていく。

 とても耐えきれないほどの羞恥も、カトルに請われれば胸に押し込め耐えることができた。


 慣れないことばかりだけれど、カトルのためなら全て受け入れることができる。

 カトルは、フィアナを救ってくれた人だ。


 あの、家から。


「フィア。……これを君に」


 しばらくフィアナを抱きしめていたカトルは不意に立ち上がると、身支度を整えてから生命の林檎をひとつもぎ取った。


「本来は、口にしてはいけない。王都守護の神木だからな。警備も厳重だった。だが、たかが木を守るのに兵を割くのは大袈裟だろう。俺の代でやめさせた」

「そう、なのですね」

「決まりを守るものたちが住む国ならば栄えるだろう。守らず実を盗み木を枯れさせるようなものばかりの住む国なら、自ずと滅びるだろう」


 カトルはフィアナの側に膝をつくと、フィアナの体を起こした。

 乱れたドレスや晒された肌に視線を落として、首筋に唇を落とす。

 

 薄い皮膚に触れる唇と舌の感触に、フィアナはびくりと体を震わせた。

 強く吸われると、ぴりっとした痛みが走る。


「林檎と同じ色だ、フィア」

「あ……」


 戯れにつけられた所有の印を、カトルは満足げに撫でる。

 それから、フィアナの手を取り、生命の林檎を持たせた。


「この木には言い伝えがあってな。互いに実を食べさせ合うと、たとえ死んでも再び巡り会えるという」

「死んでも、ですか……?」

「あぁ。聖レストラール教の教えでは、死者は生まれ変わると言われている。いわゆる転生信仰だな。生まれ変わっても再び巡り会うため、恋人たちは生命の林檎を食べさせ合う」


 聖レストラール教は、聖人レストラールを神と崇める国教である。

 フィアナは、その教義をまだ勉強中だ。

 死者が生まれ変われるとしたら、それは素敵なことだと思う。


 そうだとしたら、母もいつか生まれ変わり、いつか幸せな人生を歩めるかもしれない。


「フィア、食べさせてくれるか?」

「……はい、カトル様」


 フィアナの持つ赤い果実を、カトルがしゃくりと咀嚼した。

 瑞々しい果汁が垂れて、フィアナの腕をつたい落ちる。


 カトルはフィアナから林檎を受け取ると、垂れた果汁を丁寧に舐めとった。

 剥き出しの腕に、赤い舌が這う。

 先程まで深く重なり熱を高められていた体が、敏感にその感触を感じとる。


「カトル様……」

「そんなに可愛い顔をされると、堪えきれなくなってしまうな。フィア、食べてくれるか? 死して尚、巡り合えるように」


 フィアナの口元に、果実があたる。

 白い歯が、赤い薄皮に食い込んだ。さくりと実を貫くと、じゅわりと果汁が溢れて舌や喉を潤した。


「ん……」


 一口齧って、しゃくしゃくと咀嚼する。

 歯を見せてはいけない、かぶりつくのもいけない。

 それは、はしたないことだ。そう、習ったのに──。


 赤い果実の爽やかな甘味が口いっぱいに広がる。

 カトルは齧り付いた林檎をマントの上に置くと、フィアナの腕を掴んで引き寄せた。


 重なる唇に、フィアナは切なく眉を寄せながら目を閉じた。



 カトルの傍にいるようになり、おおよそ一ヶ月後のこと。

 城の中はいつもよりも慌ただしく感じられた。


 昼過ぎにフィアナの元にやってきたカトルは、いつもとは違い銀の鎧を身につけていた。


「フィアナ、西の森に住む森の民たちが反乱を起こした。救援要請がきたため、討伐に向かわなくてはいけない」

「カトル様自らいかれるのですね」

「あぁ。城にこもってばかりの王では、いる意味などないだろう。案ずるな、すぐに戻る」

「カトル様、どうかご無事で」

「……心配か?」


 フィアナは頷いた。

 フィアナの心は、カトルと共にある。

 ほのかに芽生えていた恋心は、今はすっかり大輪の花を咲かせていた。

 カトルのいない人生など、考えられないほどに。もう、以前の自分には戻れないぐらいに、フィアナはカトルを慕っていた。


「あなたが好きです、カトル様。お帰りを、お待ちしています」

「あぁ、フィア。愛している。はじめて言ってくれた。その言葉だけで、俺は存分に剣をふるえる」


 離れがたいとでもいうように、きつく抱きしめられる。

 フィアナはいつも持っている母の形見のスカーフを、カトルの腰にさげている剣に巻きつけてきつく縛った。


「カトル様。……こんなことしか、できませんけれど。あなたの血を吸ったスカーフです。巻いておけば、きっともう血は、流れません」

「あぁ、そうだな、フィア。ありがとう。君の大切なものなのに、いいのか?」

「はい。今の私にはカトル様の命以上に大切なものはありませんから」


 カトルはフィアナの頬を撫でて、覆いかぶさるようにして唇を合わせる。


「行ってくる、フィア。すぐに、戻る。いい子で待っていてくれ」

「はい、カトル様。お気をつけて」

 

 カトルは王の騎士団である聖騎士団を引き連れて、遠征に向かった。

 一人城に残されたフィアナは、ひたすらにカトルの無事を祈っていた。




 

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