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永久の誓い



 カトルと結ばれた翌日から、フィアナの王妃教育ははじまった。


 カトルは無理はしなくてもいいといったが、そういうわけにはいかなと、フィアナから頼んだのである。

 幼い頃から淑女としての教育を受けてきた者たちにはとても敵わないだろう。

 けれど──せめて、努力をしたいと思ったのだ。


「フィアナ様。フィンガーボールは指を洗うためのもの。ナイフやフォークは、外側からとっていきます」

「はい」

「大きな口をあけてはいけません。他者に歯を見せるのは恥です。咀嚼の時は口元を隠し、音をたてないように。口にいっぱい食べ物を頬張ってはいけません。ナイフで小さく切って」

「はい」

 

 食事の所作、歩き方、座り方。

 行動一つ一つに、マナーがあるのだと知った。

 背筋を伸ばし、講師のいうことを熱心に聞いて、フィアナは何度も心の中で反芻をした。

 

 カトルが政務で不在の間はそうして勉強をして過ごし、カトルが戻ると二人でゆっくりとした時間を過ごした。


「フィア、共に出かけようか。いつも城の中にいるばかりでは、息が詰まるだろう? 最近の君は顔色がよくない。頑張りすぎているのではないか」

「そんなことはありません。美しいドレスも、宝石も、美味しい食事も、私にはもったいないぐらいです」

「城での生活を、君が気に入ってくれているのなら嬉しいよ」


 カトルはフィアナを馬に乗せると、城を出た。

 共も連れずに、王都の街を抜けて大門を抜ける。王都から出たところで「掴まっていろ」と言われた。

 言われたとおりにカトルの腰に捕まると、カトルは白馬を駆けさせはじめる。


 辿り着いたのは、大きな木のある丘だった。

 その木は、フィアナが両手を回してもとても届かないほどに太く、傘のように葉が広がっている。

 そして、雫の形をした赤い果実がいくつも生っていた。


 その丘からは、王都を一望できる。円形の城塞都市である。

 中央の城は天を貫くような尖塔がいくつも連なっており、高い壁に囲まれた街は、丘から見下ろすと精巧なミニチュア細工のように見えた。


「……綺麗」

「気に入ってくれたか?」

「はい。……これは、生命の林檎ですね。この木が生えている土地は、とても豊かだといわれています」

「よく知っているな」

「……植物のことなら、少しだけ。お母様に教えていただいたことばかり、ですけれど」

「それをきちんと覚えているのがすごい。君はもしかして、とても物覚えがいいのではないだろうか」

「自分では、よくは……」


 生命の林檎がはえる土地は肥沃である。生命の林檎を中心に街がつくられることもある。

 なぜならば栄養価の高いその果実は、四六時中どんな季節も実をつけるからだ。

 それは人々や動物たちの餓えを癒やす。

 だが──どちらかといえば神木という意味合いも強く、あえて果実を口にすることを禁じている土地もある。


 そんな話を、母から聞いたことがある。

 フィアナは疑問に思ったものである。口にすれば乾きも飢えも癒えるのに、食べてはいけないとはどういうことなのだろうと。


 母は笑いながら「どんなに可愛くて美味しそうでも、私はフィアナを食べないでしょう。それと同じよ」と言っていた。


「──フィア。君からもらったスカーフだ。できる限り、綺麗にした。渡すのが遅れてすまない。君は血がついたままでもいいと言っていたが、できれば綺麗なものを渡したかった」


 先に馬から降りたカトルが、フィアナに手を差し伸べる。

 その手を取ったフィアナを馬上から降ろして、それからカトルはフィアナにスカーフを差し出した。

 スカーフには、赤茶けた染みがまだ残っている。だが熱心に洗ってくれたのだろうとわかるぐらいに清潔で、綺麗にたたまれていた。


「……ありがとうございます、カトル様」

「俺のほうこそ。俺と出会ってくれて、俺の元に来てくれてありがとう、フィア」


 スカーフを胸に抱いて、フィアナは目を伏せた。

 再び、母の思い出が戻ってきたような気がした。

 今は、カトルとの出会いの思い出も、スカーフには込められている。


「侍女たちも、講師たちも君の努力を褒めている。今は、辛いことはないか?」

「なにも。カトル様が、傍にいてくださいますから」

「嬉しいことを言ってくれる。……フィア。君との日々は穏やかで、満ち足りている。一日のはじまりと終わりに君の顔を見ることができるだけで、俺は生きていてよかったと思うことができる」

「……カトル様、そんな、おおげさ、では……」

「大げさなことはない。本心だ。君に助けられた時から、君のことをずっと忘れられなかった。……あの時、何故君を攫わなかったのだろうと幾度後悔したか知れない。俺の目には、君はまるで森の妖精のように映った」


 スカーフを抱きしめているフィアナを、カトルは生命の林檎の木の下に連れて行く。

 丘の上には誰もいないが、他者からの視線から隠れるように木陰で抱きしめられた。

 

「……恋をしたのは、はじめてでな。どうしていいのか、わからなかった」

「カトル様、あの時の私は、とても誰かに見せられるような姿ではありませんでした」

「どんな姿であろうと、身のうちから湧き出る輝きは、美しさは隠せない。俺の目に、君は輝いて見えた。まだ……君は幼かったというのにな。あの時俺は十八で、君のような少女に思慕を抱くのは間違っていると思い、ずいぶん悩んだ」


 十七歳と二十二歳ではさほどの隔たりはないが、十三歳と十八歳ではかなりの年齢差があるように感じられる。

 十三の少女に恋をしたのだとは、とても口にできなかったと、カトルは自嘲混じりに言った。


「君が婚姻に耐えられる年齢になるまで、長かった。その間、別の者との婚礼の話もいくつもあったが、どうにも……その気になれなくてな。だから、つまり、俺には君しかいないという話だ」

「……ありがとうございます、カトル様」

「いや。……せめて俺が、国王などでなければな。君に再会するまで、この四年は他国との戦争や部族討伐で忙しく、あまり城にいることもできなかった。……しばらくは平和のままでいてほしいものだ」

「カトル様……あなたがお怪我をなさるのは、怖い、です」

「怖いと思ってくれるか?」


 フィアナはカトルの胸に額を押しつけるようにして頷く。


「はい。あなたと、一緒にいたい。もっと、ずっと」

「……フィア。……この愛は、永遠だと誓わせてくれ。愛しているよ、フィア」


 木に体を押さえつけられるようにしながら、唇を奪われる。

 体を不埒な手が這い、スカートがたくし上げられた。


 フィアナはカトルの逞しい腕を縋るようにして掴む。


「カトル様、ここ、では……」

「駄目か? ここは神聖な場所だ。この木は王都の守護者。王家の者以外は近づけないことになっている」

「それでは、余計に……」

「生命の林檎は、王家の繁栄への祈りの象徴だ。その下で愛し合うのは、あまりにも正しいとは思わないか?」


 フィアナは小さく頷いた。

 ──カトルに愛されることは、嬉しい。

 

 言葉でも態度でも、フィアナの全てを慈しみ満たすように愛してくれるカトルを、フィアナもまた愛しはじめていた。



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