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出迎え



 大神殿から出ると、大神殿前には王家の馬車がとまっている。

 

「フィア、おかえり」

「カトル様」


 夕方には出迎えに来ると約束していたカトルが、大神殿前に置かれている信徒用の長椅子に足を組んで座っていた。

 立ち上がって近づいてくるカトルの名を、フィアナは呼んだ。


「リリアン。俺のフィアには、変わりなかったか?」

「変わりないわ。いつも通りのフィアナよ。手も、以前よりも指が動くようになっているのではないかしら。カトルも、よく揉んであげて」

「あぁ、そうか、よかった」

「ありがとうございます、リリアン様。カトル様も。でも、心配ないのですよ。不自由もしていませんし」


 フィアナは手を動かしてみせる。それから、動きの悪い左手でカトルの手を握った。

 触れる瞬間、カトルの手はぴくりと震える。

 そこには僅かな拒絶がある。


 だがフィアナは気づかないふりをしている。カトルにもどうしようもないことなのだろう。

 拒絶をしたいわけではない。でもどうしても、他者の体温をおそれてしまう。


 フィアナもそうだった。心では怖くないことがわかっているのに、体が勝手に拒絶をしてしまうのだ。

 それでもフィアナが城に来たときに恐れずカトルを受け入れることができたのは、母の記憶があったからだ。


 フィアナは他者の体温が、痛みを与えるものや、フィアナを脅かすもの──だけではないことを知っていた。

 母の手の温もりがフィアナの記憶の根底にはあった。


 カトルもきっとそうだ。体温は怖いものではないと知っている。けれどまだ、時間がかかる。

 カトルの記憶には、イルサナと過ごした時間がべっとりとこびりついている。


「カトル様とこうして、手を繋ぐこともできます。握ることもできます。だから、心配しないでください」

「それもそうね。だとしたら、フィアナの手を揉むのは、私の趣味よ。だって柔らかいんだもの。すべすべだし。ずっと触っていたいわ」

「リリアン、フィアは渡せない」

「知っているわよ。月二回、貸してちょうだい。それで十分よ」

「私も、リリアン様の時間をお貸しいただいています」

「あら、フィアナのためなら、私の時間なんていくらでも貸してあげるわ。無利子でよ」


 笑いながらお茶目に片目を閉じるリリアンに、フィアナも口元に手を当てて笑った。

 また会おうと約束をして、リリアンと別れて馬車に向かう。

 

 カトルがフィアナの手を引いて、馬車の中に導いてくれる。

 御者が扉を閉める。フィアナはカトルと向かい合って馬車に座る。カトルは小さな窓のカーテンをひいた。

 やがてゆっくり馬車が動き始める。フィアナはカトルの両手を握って、その顔をみつめて微笑んだ。


「ただいま帰りました、カトル様」

「おかえり、フィア」

「今日も楽しかったです。ありがとうございます」

「……リリアンといたほうが、君は楽しそうだ」

「そんなことはありませんよ。もちろんリリアン様と一緒に居ると楽しいです。ですが、胸がいっぱいになるほどに愛しいと思うのは、嬉しいと思うのは、幸せだと思えるのは、カトル様の傍にいるときだけです」

「そうだろうか。俺は、君を傷つけることしかできないのに?」

「あなたに傷つけられたことなんて、一度もありません」


 フィアナは椅子から立ち上がる。カトルの隣に行こうとした。

 馬車が揺れて姿勢を崩し倒れそうになる。カトルがフィアナの手を引いて、抱きとめてくれる。

 

「危ない」

「ありがとうございます、カトル様。危なく、ないです。カトル様が助けてくださるのを、知っていますから」

「……俺は、君を助けられなかった。君の腕も、背中も、全て俺のせいだ」


 フィアナを膝の上に座らせて、抱きしめながら、カトルはぽつりと言う。

 カトルの手のひらは慎重にフィアナの背に触れている。

 ──カトルがそう思っていることを、フィアナは知っていた。


 けれど実際それを口にしてくれるのは、これがはじめてだ。

 今までは口にできないほどに、苦しかったのだろう。

 言葉に出せるまでになった、伝えてくれたということが、嬉しい。


 フィアナはカトルの首に腕をまわして抱きつくと、その頬に自分の頬を寄せる。


「あなたのせいではありません。……これは、私の罪。何もできなかった、私の罪と、罰です。あなたの苦しみに気づけなかった。自分のことで精一杯だった。ですから、傷は戒めです」

「そんなことはない。俺が……」

「名誉の傷です。あなたのためになら、私は腕や足をなくしても、目や耳を奪われても、喉を潰されてもかまいません。それであなたを守れるのなら、私は私の全てを喜んでさしだします」

「……フィア、嫌だ。君が傷つくのは、もう」

「それぐらい、あなたを愛しています。あぁでも、大丈夫でですよ、カトル様。そんなことにはなりません。私はけっこう、強いです」


 フィアナはカトルの額に自分の額をこつんとあてると、微笑んだ。

 それからそっと、カトルの唇に自分の唇を重ねる。


 あなたに触れられることは痛みではない。

 怖くなんてない。恐れてなんていない。

 

 ──愛しているという気持ちを、全部込めて。



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