光輝の王
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『──レイヴスラアルが蘇る。我ら異形の民、聖人レストラールが導きし獣。聖人レストラールは大地を祝福した。彼の足跡には生命の林檎が生り、生命の林檎を糧として人も動物も繁栄した。生命の林檎は常夜と繋がりし果実。その果実は常夜の祝福。失われし魂たちの祝福』
頭の中に静かに声が響く。
ユリシアスはそれが氷の民の神である、石の魚の声だとすぐにわかった。
母も同じく、この声を聞いていたのだろう。
それは知識を伝えるもの。世界の神秘を伝えるものだ。
『我らはレストラールをうらやんだ。我らも我らの子を欲した。我らはレストラールを四つに分けて喰らった。知識を得、力を得、子をうんだ。だが罰があたった。我らは怒れるレストラールにより封じられた。私は冷たい氷の湖の底に。そして、レイヴスラアルは暗く深い森の奥に』
主の血肉を喰らい、石の魚も黒き蛇も神になり、氷の民や森の民をうんだとしたら。
それは、産まれながらにして罪を背負っているということではないのか。
カトルを裏切り──フィアナを愛した自分には、罪深い氷の民の血が流れている。
だから、奪うのか。だから、他者のものを欲するのか。
どうしようもなく、焦がれてしまう。手に入らないとわかっているのに。
『常夜の果実は我らの毒。お前は黒き蛇の力を封じ、愛し子を殺した。だが、手遅れだ。しくじった。レイヴスラアルは、レストラールになりたがった。名を似せ、姿を似せた。だが、所詮は蛇。人ではない。蛇の心は怒りと羨望に満ちている。草原の民の王を器にし、蘇ろうとしている。多くの草原の民を殺すだろう。多くの土地を穢すだろう』
──石の魚は、氷の民の神は、ユリシアスに諭しているのだ。
カトルを殺せと。
そうしなければ、厄災が訪れる。
(このまま、カトル様を殺せば──)
不埒な考えが、頭を過ぎる。
カトルは黒き蛇に支配をされている。ユリシアスに剣を向けて「殺す」と、殺意のこもる視線で睨みつけている。
それは、本来のカトルではない。
だがもしかしたらカトルは、本来のカトルはその心に激情を秘めていたのかもしれない。
明るく、快活で、太陽のようで──それがユリシアスの知るカトルだ。
だが、闇のない人間などいない。妾腹と影で囁かれ、母を亡くし父に恨まれ、死を賜るように死地に派兵をされていたカトルがどんな気持ちで生きてきたのか、ユリシアスは知らない。
何でもないような顔をして、いつでも笑ってた。
心の中に暗闇があるとしても、それを他人に感じさせない、強い人だ。
ユリシアスはそんなカトルに憧憬を抱いていた。いつだって、羨望をしていた。
わかっている。フィアナはカトルを選ぶだろう。
リリアンがユリシアスを見ることがないように、フィアナもカトルに愛されて、ユリシアスのことなど忘れる。
二人だけの秘密を。想い合った罪を。裏切りを。
──それは己だけの罪だと、割り切ったつもりでいた。
(……レイヴスラアルを討伐することは、カトル様を殺すこと。カトル様を殺せば、フィアナは……)
二度と触れないと誓った肌も甘い唇も、柔らかい舌も。
ユリシアスのものになる。
使命感と、カトルに対する尊敬、罪悪感と、苦悩。そしてほんの少しの、下心。
それに気づいてしまった、そう考えてしまった自分の、いやらしさを。罪深さを。
ユリシアスは剣に込める。
最低だ。なんて、最低な男か。聖騎士団長など笑わせる。
リリアンが「騎士とは主君と、主君の妻を守るもの」だと言っていた。
それはユリシアスの心の中の暗闇に気づいて、釘をさしていたのかもしれない。
──いっそ、自分が。
自分がカトルの代わりに、邪神を宿して討たれたい。
誰かの為に死ぬことができるのならば、罪深いこの身も少しは──役にたつ。
「フィアナ……っ」
カトルを斬るため、剣を振り下ろした。
ユリシアスとカトルの間に飛び込む影がある。
フィアナはカトルに抱きついていた。その小柄な体で、慈しむようにカトルを抱きしめていた。
ユリシアスの剣は、フィアナの背を──。
異変に気づき、力を抜いた。だが、振り下ろす勢いは止まらずに──彼女の服を、そして肌を、白刃が浅く切り裂いた。
服が斬られ、赤く爛れた皮膚が露わになる。
床に、ぱたぱたと血の粒が落ちる。
「フィアナ!」
「フィア……」
ユリシアスの声に、カトルの声が被さった。
まるで迷子の子供のように、カトルは崩れ落ちるフィアナを抱きとめて──何度もうわごとのようにその名前を繰り返し呼び続けた。
「フィア……フィア……どうして、ここに……? フィア……っ、お願いだ、死なないでくれ。フィア……!」
「……カトル様」
「ユリシアス……俺は……あぁ、覚えている。俺はお前を、殺そうとした。恨みと憎しみに心を支配されて。全て、俺が悪いというのに。お前たちを恨んだ。自分の不幸を嘆き、俺を捨てて愛し合う、お前たちを……」
カトルの瞳にははっきりとした意志がある。
カトルを庇うフィアナの温もりに気づいたのだろう。そしてその血を見て、正気に戻ったのだ。
ユリシアスは剣を床に置いた。そして、その首をカトルに差し出した。
「あなたの言葉は間違っていない。私はあなたを裏切った。フィアナを、愛しました。その罪が、フィアナを殺した。……どうか、私の首を斬ってください。あなたの望むままに」
「……馬鹿なことを。ユリシアス、生命の林檎をここに」
言われるままに、ユリシアスは生命の林檎を籠から手にして、カトルの元に持ってきた。
「フィア、大丈夫だ。意識をしっかり保て。大丈夫だ。守ってくれる、きっと君の母が。生きろ、フィア。ユリシアスに罪を背負わせるな。俺と……ユリシアスが、君の傍にいる」
肩からも、背からも、血が流れている。
フィアナは力の入らない手で、カトルの腕を掴む。瞳を潤ませて、愛しげにカトルを見つめる。
声は出ないのだろう。けれど僅かに頷いた。
その視線が、ユリシアスに向く。苦しげに、微笑んだ。あなたのせいではないと、言われたような気がした。
カトルは生命の林檎を一口囓り、咀嚼して、フィアナの口に押し込んだ。
飲み込むまで唇を離さす、しっかり飲んだことを確認するとようやく離れる。
「生命の林檎は、血を補充する。ユリシアス、死んでいる暇などないぞ。早く助けを呼べ。フィアの部屋に、彼女のつくった薬が残っている、持ってくるよう侍女に伝えろ。ユリシアス、医師を呼べ、早く!」
カトルは己の剣からスカーフを外すと、それを一番深いだろう、フィアナの肩の傷へと押しつけた。
「フィア、俺の血を吸ったスカーフは、きっと君の血も吸い君を救う」
大丈夫だと、カトルは何度もフィアナに繰り返した。
ユリシアスは立ち上がると、駆けだした。
カトルの言うとおりだ。
死んでいる暇などない。
部屋を出て、医師や助けを呼ぶために駆け回りながら呟く。
「……やはり、勝てない」
──誰をも魅了する『光輝の王』には。




