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支配との対峙



 ◇


 大神殿と城は、有事の際に使われる秘密通路で繋がっている。

 その鍵は、カトルとリリアンがそれぞれ持っていた。


 フィアナはリリアンから鍵を託された。侍女服を借りて着替え、顔の半分を包帯で覆う。

 これで、顔の判別ができなくなった。


「私は、ユリシアス様の侍女。盲目ということにしましょう。ユリシアス様にはご迷惑をおかけしますが、城についたら手を引いていただけますか」

「あぁ。……私を、信頼して共に来てくれ」

「はい。信じております」


 大神殿の図書室の奥にある隠し扉から、城の図書室に抜けられる。

 暗い道を、ユリシアスに手を引かれてフィアナはすすんだ。


「……ユリシアス様、リリアン様の元に残らなくてよろしかったのですか」


 ふと気になって、尋ねてみる。

 本来ならばユリシアスは聖騎士団長としてリリアンと共に戦う立場だ。

 それに、心配だろう。あの嫋やかなリリアンが、兵を率いて戦いに向かうなど──。 


「あなたは、つれないことを言う。私の気持ちをわかっているのだろうに」

「私がカトル様を想うように、恋心は消えないものと思っています」

「長く抱き続けた想いは風化し摩耗し、変わっていくこともある」


 繋がれた手を頼りに長く続く地下道を抜ける。

 沢山の本の匂いに、懐かしさを感じる。フィアナが一日の大半を過ごしていた、図書室がそこにはあった。


 図書室を抜けて、外に出る。適当な侍女を捕まえて「陛下はどこだ」とユリシアスが尋ねた。


「騎士団長様、長く、ご不在でしたね。城の外がやけに騒がしいのです。何かあるのですか?」

「城の中の者たちは、何も知らないのか?」

「はい。イルサナ様に頼まれて、宝石やドレス、豪華な食事を用意するのに忙しくて……陛下はどうなさってしまわれたのでしょう。フィアナ様は陛下が……その、邪魔になって殺してしまったという噂さえ聞きます。あんなに、優しい人だったのに」

「……私は長く、療養を続けていた。先の戦で怪我をしたためにな。イルサナ様にもまだご挨拶をしていない。どちらにいる?」

「王の間に。今はお酒を運んでいる最中です」

「ではそれは、私が運ぼう」

「騎士団長様、そちらの方は」

「私の侍女だ。献身的に私の世話をしてくれた。彼女も私の片目と同じ盲目でな。結婚をしたいと考えている。そのため陛下に挨拶をしておきたい」

「まぁ、それはおめでとうございます」


 ユリシアスは侍女から酒のボトルの乗ったトレイを受け取った。

 礼を言う侍女に挨拶をして、しばらく進んだところでユリシアスは酒のボトルを廊下の片隅に隠した。


「フィアナ、準備はいいか」

「はい。いつでも」


 フィアナは片手に籠を持っている。その籠には生命の林檎がいくつか入っていた。

 王の間の扉を叩く。「誰かしら」と、中からイルサナの声がする。


「ユリシアスです。療養から戻ったため、カトル様にご挨拶に伺いました」

「いいわ、入って」


 扉を開く。王の居室である。

 カトルと共にフィアナが過ごしていた場所だが、内装は全て変えられている。


 テーブルにはカードが散らばり、宝石が転がり、酒瓶が何本も倒れていた。

 カトルに、ドレスを乱したイルサナがしなだれかかっている。


 久々に見たカトルは──伏し目がちに視線を送ったフィアナには、何故か別人のように見えた。

 太陽のような精悍な美しさは今は陰ってしまっている。翡翠色の瞳からは光が失せて、得たいの知れない暗さがあった。

 目が見えないふりをするために、瞳を閉じる。暗闇の中で声だけが、フィアナの耳に響いた。


「ユリシアスというのは……誰だったかしら」

「聖騎士団長を務めています。ですが、今聖騎士たちは陛下やイルサナ様に反旗を翻し、大神殿に集っていますね」

「あぁ、そうね。そうだったわね、カトル様」

「……あぁ。何故ここにいる、ユリシアス」


 ユリシアスは二人の前に膝をつく。片顔を包帯で隠し、片目を閉じているフィアナもそれに習った。


「私は聖騎士団長ですが、カトル様に忠誠を誓っています。忠節を示すため、ここにまいりました。私はカトル様の剣として、大神殿と戦いましょう」

「それはいい心がけだわ。ねぇ、カトル様」

「そうだな。ユリシアス、よく俺の元に来てくれた」


 カトルならば、ユリシアスの隣にいるのがフィアナだとすぐに気づくだろう。

 ユリシアスにフィアナを託したのは、彼だからだ。


 だが──今のカトルは、まるでフィアナの存在に気づいていないように見える。

 ユリシアスのことさえ、知らないような。

 どことない、他人行儀さがある。

 それも、演技なのだろうか。フィアナへの嫌悪に満ちた瞳が、演技だったように。


「その女は誰かしら」

「私の恋人です。私の世話をよくしてくれています。身分の低い、目の見えない女ですが、妻にしたいと考えています」

「ふぅん。どうしてわざわざ連れてきたの?」

「私には立場がありますから。カトル様の許可を得たく思いました。そして、私たちを認めて貰うため、カトル様とイルサナ様への忠誠を誓うため、贈り物をもってまいりました」

「贈り物?」


 ユリシアスに手を引かれて、フィアナは林檎をイルサナの前に差し出した。

 カトルが、意図に気づいてくれるようにと祈りながら。


「それは、王国民が大切にしている果実です。互いに食べさせあうことで、永久の愛を誓うことができます。カトル様とイルサナ様の愛が永遠になるよう、どうぞ、お召し上がりください」

「まぁ、素敵ね。そんなものがあるのね」


 ユリシアスの説明を聞いて、イルサナは少女のように微笑んだ。

 フィアナはユリシアスの後ろにさがって、彼の影からイルサナの様子をそっと見つめる。

 イルサナはユリシアスやフィアナになどまるで興味がないように、林檎を手にすると、まじまじと眺めた。


「これを食べて、永遠の愛を誓うのね」

「はい。カトル様はフィアナ様とも召し上がったと聞きます。ですが、今、カトル様の愛はイルサナ様のもの。ぜひ、誓いをやり直すべきでしょう」


 イルサナの表情は、怒りに満ちたものに変わる。

 叫び出したい様子だったが、それを堪えるように、苛立たしげに林檎をカトルに手渡した。



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