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花との出会い



 カトルは十八歳の誕生日に、供も連れずに狩りに出かけた。

 このところ、父の体調がよくない。

 ベッドに寝付き、朦朧としながら失われた正妃や、息子の名を呼んでばかりいる。


 時折義務として様子を見に行くと、カトルの顔を見て『不吉だ』『呪いだ』『お前のせいで皆、死んだ』と、案外元気そうな声音で呪詛の言葉を吐いた。


 他者の感情にあまり興味のないカトルだったが、さすがに気が滅入った。

   

 実の父はカトルの誕生を呪っている。死んだ腹違いの兄も、塔から身を投げた母も、カトルを呪っているだろう。

 それなのに、カトルの誕生を祝う式典を開くという、次期王であるカトルに群がる城の中の権力者たちから逃げるように、カトルは白馬に乗って城を飛び出した。


 白馬──スノルジア。それは白雪という意味だ。

 美しい白い肌をした馬で、ユリシアスと共に買い付けに行った。

 ユリシアスは黒馬を選び、カトルは白馬を選んだ。

 ユリシアスの馬とは、兄弟馬である。

 

 カトルが白馬を選んだのは、白馬はが目立からだ。

 カトルは戦場で、誰よりも目立つようにしていた。

 王太子はここにいる、他の兵には目もくれず殺しにくるがいい──と。


 スノルジアに乗り、遠出をした。しばらく城には帰らないつもりだった。

 山の中で鹿を狩り、捌いて食った。城にいるよりも、山や森の中にいるほうが、自分には向いていると、カトルは感じていた。


 ユリシアスは、人と話しているよりも動物と話しているほうが落ち着くのだという。

 だが彼はそれを普段隠している。

 動物に語りかけていると、奇異な目で見られるからと言って。


 ユリシアスは人の目を、気にしすぎる。それはおそらく、産まれた時から秘密を抱えているからだろう。

 そして、真面目なのだ。リリアンなど忘れればいいのに、その想いと共に墓に入るつもりらしい。

 カトルが結婚をして子供を多くもうけたら、養子に一人欲しいと言われたこともある。


 カトルはユリシアスのその生真面目で考えすぎなところが、気に入っているのだが。


 山に入って二日目、広い川辺にスノルジアを待たせて、野鳥を追っていた。

 すると、がさがさと草むらがうごめいた。そこから、何匹ものシャドウファングと呼ばれる、狼たちが現れる。


 シャドウファングと呼ばれているのは、音もなく影のように獲物を狩る彼らの習性にある。

 気づけば、囲まれていた。

 襲い来る狼たちを何匹か切り倒したが、数が多すぎる。

 狼の一匹が、カトルの足に噛みつき肉を抉った。

 鮮血が流れ落ち、激痛が走る。血のにおいを嗅げば、もっと多くの害獣たちが寄ってくるだろう。


 カトルはじりじりと後退した。そして、逃げ出した。

 狼たちに追われながら、崖まで辿り着く。そこは行き止まりだった。

 川が流れ、滝になり、眼下の滝壺へと流れ込んでいる。


「生きるも死ぬも、天命だな」


 カトルはそう呟くと、滝壺に身を投げた。


 塔から身を投げた母も、近づいてくる地面を見たのだろうか。

 同じ恐怖を、味わったのだろうか。


 水に落ちる衝撃とともに、意識が途切れる。

 そして──目を覚ましたとき。カトルは、温かい体に抱かれていた。


 それはまだ幼い少女だった。髪も服もぼろぼろで、薄汚れている。

 だがカトルの目には──まるで、天からの御使いのように、その少女の姿は映った。


 自分が死ぬのか生きるのかを、運に任せた。

 どちらでもいいと、考えていたのだ。生まれた日に死ぬのも、運命であると。


 そんなカトルを、フィアナは救った。


(運命、なのかもしれない。だが、まだ幼い。何を考えているのか、俺は)

 

 愛になど興味はなかった。恋など、無駄な感情だと考えていた。

 だが、フィアナを──カトルはその時、攫いたいと考えた。情動に任せてユリシアスの母である巫女を攫った彼の父も、同じような気持ちだったのだろうか。


 自分を律し、フィアナから離れる。長く時間を過ごすほどに、彼女の存在が心を占めるのを、カトルは恐れた。


 城に戻ってからも、フィアナのことが忘れられなかった。

 父が死に、即位をした。そうすると、結婚をしろと回りの者たちが騒ぎはじめる。

 フィアナがいいと口にすると、皆がこぞって否定した。


 伯爵家の令嬢など娶るべきではない。悪い噂ばかりきく。

 そもそもフィアナは社交界にも顔を出していない。そんな者を娶るなど、あり得ないことだと。


 カトルは多忙だった。うるさい権力者や貴族たちを黙らせて、隣国との戦線に兵を連れて参戦し、再び活発になった部族を討伐し──。


 そんな日々の中で、フィアナへの思慕は大きく膨れていった。

 何故、伯爵家の娘だというのにあのような姿だったのか。フィアナやフィアナの母に何があったのか。

 彼女の生家である侯爵家に尋ねに行くと『フィアナという頭の悪い娘を生んだせいだ』と、侯爵は言う。


 カトルはそれを信じることができなかった。

 フィアナの治療のおかげで、カトルの足はすぐに癒えた。止血もされて、傷口も塞がった。

 フィアナの使用していた薬草は──医学に詳しいものでなければ知らないものだ。


 ──フィアナを、連れてこよう。伯爵家で不遇の身におかれているのだとしたら、俺が、守ろう。


 そう決めた。フィアナと出会って、四年。

 会えない期間に、彼女への気持ちは更に、自分ではどうすることもできないほどに、大きく育ってしまっていた。

 はじめて感じる激しい思慕は、カトルの身を焦がした。久々にその顔を見ると──成長したフィアナの美しさに、カトルは更に心を奪われた。


 だからカトルは、フィアナを城の奥へと閉じ込めた。

 侍女たちや、必要な者以外には、誰にも会わせないように。

 

 カトルは、それ以外の愛しかたを知らなかった。


 彼女を悪意から守るためだった。傷つけたくなかった。もしできることなら、自分の立場など捨てて、誰もいない静かな場所で二人で暮らしたいと願った。

 そんなことはできないと、わかってはいたが。


 ──小うるさい貴族たちが認めなくても、カトルがフィアナを知っている。彼女を愛している。

 

 それだけで十分だと、カトルは思っていた。



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