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カトルの命令



 城に戻ったユリシアスは、しばらく王都にあるタウンハウスで療養を続けていた。

 自己流に治療をしたのがいけなかったのだろう。そして、矢じりには毒かなにかが塗られていたようだ。


 王都に帰還すると、緊張の糸が切れたのか、熱が出た。

 従者に頼みカトルに状態を伝えて、しばらく聖騎士団本部にも城にも行かずに部屋にこもっていた。


 ようやく熱がさがった日の夜である。

 

 夜でも酒場やら劇場やらが賑やかな王都ではあるが、日付が変わる時刻になると目覚めているのは見回りの衛兵と夜盗ぐらいのものである。

 皆が寝静まった時間帯に、ユリシアスの部屋を訪れる者があった。


 それは、黒いローブに身を包み顔を隠した、カトルだった。


「カトル様。このような夜更けに、どうされましたか」

「ユリシアス。静かに、俺の話を聞いてくれ」


 それは、もちろんだ。

 このような時間帯に──忍び込んでくるのだから、何かあったのだろう。

 カトルは屋敷の入り口からではなく、窓からユリシアスの部屋に忍び込んでいた。


 それは、子供の頃によくあったことだった。カトルは「出かけるぞ」と言って、ユリシアスの部屋の窓を開くのだ。


 ユリシアスはベッドから降りると、カトルの足元に膝をついた。

 カトルもまた、床に膝をつく。いつも快活で真っ直ぐ前ばかり見ているようなカトルの、太陽のような美貌に影が差していた。


「森の民の黒き蛇は、邪神だ。人を呪い、殺すことができる」

「……まさか、本当に」

「あぁ。イルサナは俺に呪いをかけた。イルサナ以外に俺が心を傾けると、その者に呪いがふりかかる。俺はフィアを失いたくない。故に、イルサナを妻に迎え、フィアを遠ざけた」


 そんなことが──あるのだろうか。

 いや、カトルが言うからにはそれは事実なのだろう。

 カトルが、まるでユリシアスの父のように、ただ美しいからという理由だけでイルサナに夢中になり、フィアナを忘れるようなことをするはずがない。

 イルサナは『精霊の愛し子』なのだという。

 森に住む美しき精霊に愛されて、生まれてきたのだと。

 

 黒き蛇は、精霊たちの神。そして、森の民の神。

 ──だが、いくら美しくても、誰かを殺すような力は邪悪な呪いでしかない。


「それだけでは、フィアを守りきれない。イルサナと呪いを、どうにかしなくてはいけない。その間、ユリシアス。お前はフィアを妻に迎えるふりを。俺のためにフィアを、守って欲しい」

「カトル様、しかし」

「何も尋ねず、言われたとおりにしてほしい。お前のことを信用している。お前には、想い人がいるだろう。だからこそ、余計に信用できる」


 ──それは、そうだ。

 ユリシアスには、長年想いを寄せている相手がいる。

 この想いはけして届かない。叶わないものだとわかっているが。


 どのみち、ユリシアスには誰かと結婚をする気はなかった。

 そんなことをすれば氷の民の血が知られてしまう。それを受け入れてくれる人などいないと考えていたし、事情を説明するのも面倒で仕方なかった。


 そのうち養子でもとればいいと、考えていた。

 もし可能ならば、カトルに何人か息子が産まれたら一人養子に迎えさせて欲しいとも思っていた。

 

「……必ず、フィアナ様をお守りいたします」

「……頼む。いいか、ユリシアス。フィアに、触れるな。恋心を抱くことは、許さない」

「私の、陛下への忠誠心を疑うのですか? それに、フィアナ様のお噂を聞く限りでは、好意をいだくなどとても考えられません」

「あぁ、そうか。そうだな。……フィアと、余計な口をきくな。俺はフィアの美しさに惚れている。その性根も知性もどうでもいいと考えているが、お前はそうではないだろうからな」

「フィアナ様には、事情を告げないのですか」

「……彼女の命を、危険に晒したくない。何がきっかけで、呪いがふりかかるかわからない。お前に告げることさえ、俺は、本当はおそれている。だからユリシアス、秘密を守れ。お前の秘密を俺が守っているように」


 ユリシアスは静かに頷いた。

 そうまでして、守るべき相手なのだろうか。疑問ばかりが胸を過ぎる。


「俺が迎えに行くまで、二人でどこかに身を隠せ。お前に下賜したことも、公にはしない。フィアは、俺のものだ。ユリシアス、それだけはよく覚えておけ」


 カトルはひどく苦しげにそれだけ告げると、窓から音もなく出て行った。


 フィアナとは、そこまでして守るべき人なのか。

 知性が足りず、傲慢な女だと聞く。療養中のユリシアスの耳に入ってくる噂も、悪いものばかりだ。


 美しさに惚れている──とは。

 カトルもまた、愛玩動物を愛でるように、フィアナを愛でているのだろうか。


 もしそうだとしたら、イルサナとの婚姻の方がよほど利がある。

 それは他民族との和睦にも繋がる。呪いを扱えるという噂の、精霊のように美しい森の民を王家が受け入れその力を王国のものにできれば、王国は更に栄えるだろう。


「……わからないな」


 ユリシアスにとって、女性とはただ一人。

 あの女神のような人以外は、女性とは思えなかった。


 ──だから、カトルとイルサナとフィアナの諍いなど、正直どうでもよかった。

 フィアナを失う、などと言われても。

 ただ二ヶ月程度、王妃の座にいただけの女だ。

 子もいない。身分も高いわけではない。評判も、悪い。


 そこまでして守る価値が、彼女にあるのか。


 それでもカトルに命じられたのだ。だから──役目を果たす必要がある。

 恋をするなと言われた。必要以上に話すなとも言われた。


 簡単な任務だ。フィアナに触れる理由も、余計なことを話す理由もユリシアスにはないのだから。


 そう、思っていたのに。


「……ユリシアス様、どうされましたか?」

「いや。……帰ろうか、フィアナ。もう、満足しただろう」

「ふふ、はい! とても楽しかったです。こんなにはしゃいだのは、はじめてです。ユリシアス様、ありがとうございます」


 海水で、髪や体をしどけなく濡らしてフィアナが、笑っている。

 柔らかな胸や、細い指先が、ユリシアスの体にぴたりとくっついている。細い背中に触れると、彼女は小さく震えた。恥ずかしそうに頬を染めて、先程まで笑っていたのに、すぐに視線を逸らしてしまう。

 その健気な様子に、指先に、熱が帯びる。


 腕の中の体温を、離したくないと思ってしまった。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。


どっちとくっつくんだろって思ったかと思いますが、私も悩んでますね

どうしましょうね

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