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森の民の平定戦



 フィアナの評判は、けしていいものではなかった。

 

 アルメリア家の正妻は高慢で、身分を盾にして使用人たちを虐め抜く。

 母もひどい虐待を受けていた。それを救ってくれたのがアルメリア伯爵だった──とイシュタニスは学園で吹聴してまわっていた。

 

「だから、罰が当たったのでしょう。お姉様は、生まれた時から頭がよくないの。文字も読めないし、書けないのです。お可哀想に。でもお父様が、それでもできる仕事を与えてくださっているの。掃除をすることぐらいはできるのですよ」


 社交界というのは、噂がすぐ広まるものだ。

 アルメリア家の醜聞は面白おかしく誇張されて多くの者の耳に入った。


 これはアルメリア家が、噂の的になりやすい伯爵家だったからということもある。

 ガルウェイン家の醜聞が広まらなかったのは、父が権力者であり、噂を握りつぶすには十分な立場にいたからだろう。


 その上──アルメリア家の正妻、フィアナの母は『賢女』と名高かった。

 男よりも優秀で、教師すら言い負かすことができるほど。学園に通っているときは、誰よりも成績がよく──この『賢さ』は、彼女の生家である侯爵家を悩ませた。


 賢すぎる女を娶りたいと思う男は少ない。

 女とは、子を生み育てるもの。賢すぎると夫に意見をする。暴れ馬は誰も乗らない──などと、品のないことを言う貴族の男たちは多いのだ。


 彼女に嫉妬を抱き、煙たく思っていたものも多かったのだろう。

 そのせいで、その噂は余計に広がり、彼女を嘲る者も多かった。


 その──亡くなった『賢女』の『不出来な娘』を、カトルは娶った。

 見た目だけは、美しい女だった。ユリシアスは聖騎士団長として、また、ガルウェイン家当主として婚礼の儀式の列に並びながら、フィアナを見ていた。


 はっきりと皆に、彼女の出自を伝えられたわけではない。

 それぐらい、急ぎの婚礼だった。そんなカトルの様子は、まるで母を攫った父のようだと、ユリシアスは感じていた。


 やがてフィアナがどこの誰なのかが皆に知られはじめると、眉をひそめるものも多く出た。


「王妃様は、文字も書けない」

「今、城の奥にこもって読み書きの練習をしているのだとか」

「子供ではあるまいし」

「どうやら言葉もまともに話せないらしい。手づかみで食事をするとも聞いた」

「見た目は美しいが、中身はまるで野生の猿だな」

「そのくせ、陛下の寵愛を傘にして、横柄な態度で威張っているのだとか」

「侍女たちも、王妃の傍に侍ることを嫌がる者のほうが多いらしい」


 城の者たちは、影に隠れてそんなことをこそこそと話してばかりいた。

 もちろん、ユリシアスの耳にもその噂は入ってきた。


 フィアナのことをよく知るわけではないが、カトルにはもっと相応しい人がいるだろうにと思わずにはいられなかった。


 その上──カトルはフィアナを、宝物庫の中の玉のように扱った。

 城の奥から出さず、社交の場にも連れ出さない。貴族たちに会わせることもしない。


 カトルのフィアナへの寵愛ぶりは、よけいな嫉妬心と猜疑心を生んでいた。

 とはいえ、カトルは悪い噂などは気にもとめていなかった。

 ──そんなことを、気にするような人ではないことを、ユリシアスはよくわかっていた。


 カトルは強いのだ。

 そして人の口に戸を立てられないことをよく知っていたし、誰もカトルに逆らわないこともよく知っていた。

 もっと他にやりようがあるだろうにと、ユリシアスなどは思うのだが。

 

 だからといって──ユリシアスが口を出すことでもない。しばらく、静観をしていた。


 そうして一ヶ月。森の民の反乱が起こり、ユリシアスはカトルと共に平定戦に向かった。

 まだ、雪解けを迎えるまでは一ヶ月ほどある。「全く、迷惑な話だ。フィアの元に帰りたい。フィアを娶り、まだ一ヶ月だ。ふざけるな」などと、カトルは文句を言っていた。


 雪の中の行軍は、時間がかかる。馬で駆けることができないからだ。

 

「私に任せてくださればよかったのに」

「馬鹿げたことをいうな。お前たちだけを戦わせて、城でフィアと愛し合っていることなどできるはずがないだろう」

「王とは、そういうものです」

「そんな王では、すぐに反乱が起きて首をとられるだろうな」


 馬を並べて歩かせながら、カトルはユリシアスに言った。

 フィアナに目が眩んで、王道を踏み外しているわけではないのだなと、ユリシアスは安堵した。


 森の民の住む森林の前に陣を張る。

 炎の民は好戦的だが、森の民は争いを好まない筈だった。

 彼らは黒い蛇を祀っている。その蛇は、守護神だ。森の民を守る者である。

 誰かが自分たちに危害を加えれば、黒き蛇がそのものを呪い殺すと信じられていた。


 それ故に、目立った行動を起こすことはない

 それがどうして、反乱などを──と思いながらも隊列を組み森に向かう。

 自分が前に出るというカトルを説得し、ユリシアスの後ろについてもらうことに、なんとか成功した。


 ユリシアスが連れた騎兵たちが森に踏み込むと同時に、矢の雨が森の中から降ってきた。

 ユリシアスは咄嗟にカトルを庇う。

 仮面ごと、片目を矢が貫いた。カトルは矢がおさまった瞬間に剣を抜き目を押さえるユリシアスの前に躍り出る。

 

 それからは──あっという間だった。カトルは弓に矢をつがえている森の民たちを幾人も切り倒し、兵士長と思われるものを引きずって、草むらから出てきた。


「皆、無事か!?」


 兵士たちが手をあげてこたえる。片目を押さえるユリシアスの傍に来ると、カトルはいつかのようにユリシアスの目を包帯で覆った。


「ユリシアス。お前のおかげで無事だった。感謝する」

「いえ。申し訳ありません。情けない姿を、見せてしまい」

「気にするな。お前は怪我人を連れて天幕に戻れ。俺は無事な者たちと共に、森の民を追い詰める。さっさと終わらせる。フィアが待っている。早く、帰りたい」


 その宣言通りに、カトルは森の民を追い詰めて、降伏をさせた。

 王都から出立して、おおよそ二週間後のことだ。

 行軍に一週間以上かかっているため、降伏させるまではたった数日といったところだった。


 ユリシアスはその間に怪我を癒やしていた。皮膚も目も誰にも見せるわけにはいかず、人払いをして天幕にこもっていた。本来ならば主を守るのが自分の役目だというのに、情けなかった。

 周囲の皮膚も剣で切ることができないぐらいには硬い筈なのに、矢が完全に目を貫いていたせいか、瞳がえぐれると共に、割れていた。


 ──カトルは、森の民との間に和平を結んだ。

 降伏した森の民の族長に招かれて、共に酒を飲むという。

 ユリシアスが怪我をしていなければ、なんとしても止めていただろう。

 酒に毒でも入れられるかもしれない。

 寝首をかかれるかもしれない、と。


 豪胆さは、時に危険だ。カトルはユリシアスを慎重過ぎるというが、警戒は大切だ。

 相手は──呪いの力を使えるという、森の民なのだから。


「ユリシアス。王都に帰還する」


 それから、数日後。カトルは森の前に敷かれた陣に戻ってきた。

 カトルは、可憐な女を連れていた。イルサナという名の若い娘だった。


「その方は」

「イルサナだ。フェルネル族の、族長の娘だ。友好の証に、王都に連れて行くことになった」


 森の民(フェリネル族)の娘は、魅惑的な笑みを浮かべる。

 ──あれほどフィアナに会いたいと言っていたカトルは、その名を口にしなくなっていた。



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― 新着の感想 ―
あらーその力を使ったんですかねえ。不穏。
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