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猫との会話



 朝食を終え身支度を済ませると、フィアナはユリシアスと共に街に向かった。

 小川にかかる橋を越えてしばらく歩いて行くと、海に向かって傾斜のある土地に家々が連なっている街に出る。


 白壁に屋根の低い家が目立つ。建物は強い海風を受けるための造りになっていた。

 家と家の間の道は階段や坂道で繋がっている。野良猫がのんびりと、ベンチや家の軒先の下に寝そべっていた。


 坂の上からは海が見下ろせる。午前の白い光に海面が宝石のように輝いている。

 港から少し離れた場所に、波が寄せては返している白い砂浜が見えた。


「何か、必要なものがあったら言え」

「ええと……はい。ユリシアス様、本当に、申し訳ないのですが……その」

「何だ」

「下着が、欲しいのです」

「……あぁ」

「申し訳ありません」

「謝罪の必要はない。ついでに、服も買うといい。私がそれを用意するのは、難しい」

「ありがとうございます」


 フィアナは赤く染まった頬を見られないように、うつむいた。

 男性にこのようなお願いをするのは、ひどく恥ずかしかった。

 城にいたときには全てカトルが手配し、侍女たちが身の回りの世話をしてくれていたが、フィアナはそれらの生活に必要なものを何一つ持ってこなかったのだ。


 当然だ。それらはフィアナのものであって、フィアナのものではなかった。

 フィアナの持ち物は、カトルに渡した母の形見のスカーフだけだった。


 ユリシアスはフィアナを服飾店に案内した。


「支払いの時には呼べ。外にいる」

「はい。ありがとうございます、ユリシアス様」

「妙な遠慮はするな。金のことは気にする必要はない。必要なものを買うといい」

「……はい。できるだけ早く、終わらせますね」

「急ぐ必要はない」


 フィアナは服飾店に入り、下着を数枚と、寝衣、そして普段使いのワンピースを一着買った。

 安価で、洗いやすいものを選んでユリシアスを呼ぶ。


 店の外にいたユリシアスは、塀の上で寝そべっている猫の額を撫でていた。


「ユリシアス様。猫、お好きなのですか」

「……いや。終わったのか?」

「はい。お待たせしました」


 気難しい表情で猫を撫でるその背に話しかけると、ユリシアスは短く答えて、猫から手を離した。

 猫は塀の上で伸びをすると、フィアナの傍に寄ってくる。


「こんにちは。いいお天気ね」

 

 フィアナはしゃがんで、猫の背を撫でる。瞳の青い、白い猫だ。魚がよくとれる港町だから、猫が多いのかもしれない。

 猫は気持ちよさそうに喉を鳴らして、フィアナの手に顔を擦り付ける。


「あなたは、猫に話しかけるのか?」

「……おかしいでしょうか」

「猫は言葉を話さない」

「返事は……なくてもいいのです。言葉を聞いてくれるだけで十分です。それでも……なんとなくですけれど、動物たちは、言葉を理解してくれている気がしています」

「あなたは、変わっている」

「そう……でしょうか」


 貴族らしくはないのだろう。猫は撫でられることに満足したのか、フィアナの手からするりと体を離して路地の向こうに軽やかな足取りで消えていった。

 ユリシアスと共に支払いの為に服飾店の中に戻る。

 ユリシアスはフィアナの選んだ服を見て、眉間に皺を寄せると深く溜息をついた。


「私は、遠慮をするなと言ったはずだ」

「遠慮は、していません。こんなに沢山選んでしまって……」

「店主。私は女性の服を選ぶのは得意ではない。彼女に似合いそうな服を選んでくれ」


 ユリシアスが店の女性に話しかけると、彼女は困ったように眉を寄せて笑った。


「新婚旅行か、旅人なのかはわからないけれど、恋人の服は自分で選ぶものだよ」

「……私は、彼女の夫だ」

「それじゃあ、尚更だ。男前のお兄さん、いくら朴念仁でも、それぐらいの努力をしなくちゃ」

「あ、あの、私は……」

「そうだな。わかった。……では、これを」


 フィアナが否定をするより前に、ユリシアスは店にある華やかな花柄のワンピースや、愛らしいブラウスやスカートなどを次々に手に取って、支払いのカウンターまで持っていった。

 フィアナが口を挟むまもなく買い物をすませたユリシアスは、荷物を抱えて店から出て行く。


「旦那さんは、照れ屋のようだね」

「……ええ、その、はい」


 ここで違うというのもおかしいので、フィアナは曖昧に笑ってユリシアスのあとを追った。

 たたまれた服のごっそり入った紙袋を抱えたユリシアスが、なんとも言えない難しい顔で立っている。


「ありがとうございます。たくさん買っていただいてしまって……」

「これぐらいは、たいした金額でもない。ドレス一着で、店の商品が全て買えてしまうぐらいだ」

「……あの、ドレス。売れるでしょうか。私が着ていたものです。確か、小さな宝石がついていて」

「売るのか?」

「はい。……少しは、役に立ちたいのです。あれは……いただきものですから、売るのも申し訳ないのですけれど、もう必要のないものですから」

「売らなくていい。あれは、陛下があなたに贈ったものだろう」

「……でも、私には、もう」

「この話は終わりだ」


 ユリシアスは、ドレスの話をしたくないようだった。

 フィアナは口を噤んだ。不愉快にさせるようなことを言ってしまったのかもしれない。


「フィアナ。他に行きたい場所は?」

「……いいのですか?」

「その為に来たのだろう」

「でしたら、食材を少し買い足したいです。それから、海を見に行けると、嬉しいです」

「あぁ」


 フィアナはユリシアスの少し後ろを歩く。

 彼は不機嫌になってしまったのかと思ったが、そういうわけでもないのかと、内心不思議に思っていた。



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