第6話 遠く異次元へ続く通路
不慣れな場所へ逃げて来てしまった。方角が分からない。角を曲がって曲がって……その内に十字路へ出た。どちらの道からも敵がやって来るようだ!「百の道」とは十字路のような分岐点のことも意味する。皮肉なことに、そこで追い詰められてしまった。
一番早くバルバダの近くへ来たのはアシュラだった。長槍が襲って来る。それを剣ではじき返したバルバダ。あっ!!首から下げておいた<魔法の工芸品>のリングが、ネックレスを切断されて落ちてしまった。もう、どうにもならない!!
……けれど、バルバダは「ある道」を通って逃げ続けている。追っ手は四方から、ずっと追いかけ続けている……?どういうこと!?賢者は図らずも、十字路の四方から「直角方向」に存在する通路を逃げていた。と言っても、空中へでも地下へでもない。<十字路の四方向から直角方向に行く道>が存在して、とにかくそこを逃げているのだ。
それは三次元には存在しない、異次元の通路。そうとしか考えられなかった。突如、セザンから送られて来た手紙の言葉が脳内で響きわたる。グランディアの女神よ、事件を……!女神よ、事件を報告せよ!……道の横に男の子が一人居る。それは鬼!?額から短い角を生やし、牙も持っている。そして何より、肌の色が青い。小鬼のような男の子は言う。
「お姉ちゃん!本当の<敵>は自分の内にしか居ないよ?知っているはず」
敵は自分の内に居る弱い心……そんなこと、分かっているわ!でも今は……バルバダは、あることに気づく。これまで一度も現れなかった<神性>が<人間性の剣>に宿り、ブレードも青白く輝いている!気分が晴れて頭脳が冴え渡る。あの男の子、きっとバッザ神だわ!「陰謀」のためだけでなく、「孤立する者」や「迫害される者」のための神でもあるから!
さらに彼女は理解した。人間が自分の人間性を把握して自覚を持つようにと、<現代>では秩序と混沌の神々が活発に働いている。自らの内面を<自覚>するために、私は<人間性の剣>を与えられて大都会へ送り込まれたんだわ!インチキ学者さんの言葉が思い出される。
「社会の闇……人災なのです」「お互いに顔の見えるコミュニケーションを」「もっと話し合うべきです!」。なぜこれまで<人間性の剣>が<魔性>ばかり示していたのか、その答えを悟った。確かに自分は秩序の側だ。そして<秩序の魔性の面>こそ、彼女を支配していた「自分と異なる考えを持つ者を認めない、排他的な態度」や、「慣れ親しんでいる価値観から離れられない、硬直した思考」なのだったと気づいた。だから剣はずっと魔性を示していたと理解したのである。確かに私は<魔性>だったと!
肌の青い小鬼――これもバッザ神が好む姿のひとつ――が手を振って別れを告げる。
「さよなら、お姉ちゃん。ボクといっぱい遊んでくれてありがとう!」
遊び!?思い出すバルバダ。変身してアシュラと戦い、バッザ神から空気が抜けてしぼんだ、あの夜の戦いは<神>にとっては「遊び」でしかなかった!!
賢者バルバダは、とても長い時間をかけて<異次元へ続く通路>を逃げた。とても長い時間……とてもとても長い……。気がつくと朝に成っていた。ここはどこだろう。メントーゼ市のどこ?
いや、ここは都市メントーゼではない。バルバダのホームタウン、グランディア王国の首都レムニア市内だ。異次元を通って、混沌から逃げて、バルバダはとうとうレムニアへ戻って来てしまったのだ。
* * *
「一週間?いいや、お主はメントーゼ市へ出発してから6日目にレムニアへ戻った。計算が合わないかな?」
妙だ……確かに自分は与えられた期限ちょうどの7日間を使って――異次元の通路をたどって――レムニア市へ帰って来た。しかし賢者セザンは、そうではないと言っている。何もかもが途方もない幻だったように感じられる「百の道の」賢者。
「お主が作った<事件報告書>と、残りの不思議な話については承知した。長旅、ごくろうであった」
「賢者セザン、教えてください。混沌の神々は今、本気で地上の覇権を狙っているのでしょうか!?」
「そうは思わん。もし混沌の神々が全力で地上を手に入れようとしたら、その時には秩序の神々も黙ってはいないだろうからの。そしてそう成れば、<人ならざる者>も出て来てアーマフィールドの破滅という可能性も。だから我セザンは今のところ、そう思わぬ」
「ではバッザ神が現れた理由は?彼の神の陰謀とは何なのでしょう」
「それは引き続き調べよう。お主の報告によって判明したことがたくさんある。しばらくの休みを与えよう。3ヶ月の間、羽を伸ばして自由にしてよろしい。……何か予定はあるのかの?」
「はい、賢者セザン。頂いたお休みを利用して、私はもっと殿方というものを知りたくなりました」
「それも良かろう。……<人間性の剣>は上手く使えたのかな?」
「ええ、たぶん。剣はお返し致します。今の私にはまだ完全には使いこなせませんので」
「うむ、確かに預かった。ありがとう賢者バルバダ。ゆっくりしておくれ」
「ありがとうございます、こちらこそ良い経験をさせて頂きました……!」
十二賢者評議会の建物の一室からバルバダが退出すると、入れ替わりに一人の男性賢者がやって来た。どうやらかなりのベテランらしい。セザンが問う。
「賢者バルバダ……ものに成るかの、彼女は?」
「成りましょう。大物の器です」
「我セザンも、そう長くは今の地位を保てぬ。世代交代の用意も進めねば」
フードをかぶっていて二人とも素顔は見えない。ベテランの賢者が発言した。
「現代の男性社会の中で、もっと女性が力を持つカギと成る人物です、賢者バルバダは……」
賢者の長セザンは右手で<人間性の剣>の柄を持ち、左手でその鞘をつかんで、自身の目の前で剣を半ばまで引き抜く。ブレードは<神性>を示し、次いで<魔性>を示した。セザンは己の内の神性も魔性も自在にコントロールできるらしい!
「いずれバルバダならば、これを使いこなすであろう」
* * *
評議会の建物にある自室で、セザンは細長い重厚な造りの入れ物から、一本の木製の<棒 ロッド>を取り出した。先端の片方には握りこぶし大の水晶が据えられており、反対の先端は金で飾られている立派なものだ。水晶は良く見ると<妖精 フェアリー>にも似た「ヒビ割れ」が入っていて、まるで半透明の妖精が一羽、埋め込まれてるように見受けられる。
その<フェアリークリスタルロッド>を立てる台に置き、賢者セザンは不思議なことを始める。「モル・デミ!」と合図を口にすると、水晶の中の「妖精」が羽ばたいてキラキラと輝き出す!そして<ロッド>に向かい、賢者バルバダから受け取った<事件報告書>を読み上げ始めたのである。
水晶の中の<妖精>は、うんうんとうなずきながらセザンの話を聞いていた。その作業が30分ほどで終わると、水晶はまるで巨大なダイヤモンドの粒のように美しい光を放ち、中の妖精が話し始めた。その話の内容は過去のものでも現在のものでもなく、「未来」に関するもの……すなわちロッドは<予知>を行っていた。
「おめでとう、賢者さんたち!」
水晶の中の妖精が語る。
「見事に<大都会の化け猫騒動>を解決して、新しい人と人との縁がつくられました。それは未来にとっても、非常に良い前兆です」
「新しい<予知>が与えられるのかの?」
「ええ、そうですわ賢者の長セザン。これからそう遠くない未来に、アーマフィールドで<規範と成っているものの転換 パラダイムシフト>が起きます」
「ふむ……それは、すでに<予知されている者>とも関係あるかの?水晶の妖精よ」
「ありますわ!その者が中心と成ってものごとが動き、世界に新しい価値観がもたらされるでしょう」
「具体的に、何が起きるのであろう?」
「それは<予知>しづらいこと。でもこれは言えます。<選ばれし者>が、ついに現れる。グランディアに、とてもたくましい魂の持ち主が出現します」
「ほう。選ばれし者が現れる……時代が変わろうとしておるな……!」
昼間、部屋で本を読むバルバダ。
「魂の転生について学べばニヒリズムから脱することも可能……。そして<転生>について詳しいと、精神も安定する……か……!」
賢者はう~ん!と伸びをして椅子から立ち上がる。机の上にはツァツァリアから送られて来た手紙が広げられている。あれ以来、友人と成ったのだ。
今日は、お出かけ用の「おめかし」をしている彼女。どんな男性との出会いが待っているのだろう。評議会の建物を出てレムニアの街を歩く。
「あの女性……グランディアの女神だ」
「見てごらん、気品が歩いているよ」
道行く人たちがウワサする。そんな魅力が私に?これが<魔性>かしら。うふふふ。
いい友人と成ったツァツァリアからの手紙の横に、オルゴールがひとつ置いてある。<ダークゴールド>のオルゴールだ。動力であるゼンマイの力が残っていて、ひとりでに曲を奏で始めた。それは勇ましくも寂しげな、旅のはじまりを表現した曲。オルゴール本体の横にタイトルが彫り込まれている。「旅立ち」と。それが<選ばれし者>の出現を暗示していることについて、今はまだ誰も気づいていない。
終わり。
最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。次回作でもお会いできるよう精進いたします。今後の作品の予定につきましては、詳しくはブログをご覧ください!<(_ _)>