第1話 賢者バルバダに宿る魔性
こんにちは!今回も先に各話のタイトルをお見せします。ストーリーのイメージをつかんで頂けるのも、面白いかと思いました。
第1話 賢者バルバダに宿る魔性 第4話 悪魔と神のジレンマ
第2話 女性聖騎士はガンコ者 第5話 化け猫騒動で転がるミカン
第3話 インチキ学者、ニヒリズムを語る 第6話 遠く異次元へ続く通路
自分を知って戦慄するグランディアの<女神>。
持ち主の人間性を反映して力を発揮する剣が、彼女の手の中で、こともあろうに<魔性>を顕わにしているのだ。さっきからずっと。
<人間性の剣>はブレードが黒く変色し、まるで害意を示すような赤い光を放っている!<顔の見えない黒いコートの剣士>を前にして、賢者バルバダは、剣が自分の<神性>を反映すると信じ切っていた。
はっきり言ってしまえば、自分の内に今ある心は「正義」だとばかり思っていたのだ。これはどういうことだろう?<神性>が必ずしも正義とは限らないにせよ、受け入れがたい現実!理解していることと実際とが、著しく食い違っていた。
<黒い剣士>は右手に剣を従えて迫って来る。だがバルバダは手の中で黒くなった剣に困惑したままだ。夜であっても大都会では活発に人が動いている。しかしここユニア地区は下町で、もうすでに人影はない。素早く決断して剣を鞘へ収める賢者バルバダ。両手で空中に複雑な印を結びつつ<混沌>の魔法を使う。
「マーキナ・アーギナ・ハーキラ。仇なす親指は逆を向かず、道具を用いる霊長から転落すべし!」
手の親指が他の指と逆を向くから、人は物をつかんで道具を操れる。それを不能にする呪文を<黒い剣士>へ向けて唱えた。剣が地面へ落ちて剣士はハッと賢者を見る。
小癪な!!小娘め、若い女の賢者と見て少々、みくびりすぎたようだ。あんな娘を相手に本気を出すまでもないと思っていた男は態度を変えた。面白い。彼は周囲に潜んでいた仲間を呼び寄せる。すぐに十人ほどが動き始める。
「敵に囲まれた!?」
いけない!走ってその場を去ろうとするバルバダ。キレイな曲線を描く、アンズ色のボブヘアーを乱しながら入り組んだ道を逃げる。チェーンのネックレスで首から下げた二重のリングが、彼女の胸元で跳ねている。
さきほど日は沈んだ。夏の終わりだから19時を過ぎたぐらいだろうか。バルバダは自分が遣わされた目的を思い出す。<大都会の化け猫騒動を調査し、これを解決せよ>。しかしそれだけでは済まない気はしていた。もっと大きな事件が、メントーゼ市の下町で起きつつあるのだ。
* * *
追いかけて来る<黒い剣士>たちを「まこう」とする、「百の道の」賢者バルバダ=アンレイ。時間を稼ぐのだ。剣を扱う分、身体も鍛えている。年齢的にもまだ30歳、体力も脚力も持っていた。
広い道路へ出る。道幅10mぐらいで、両方向とも先は上り坂になっている。静まり返っていて人通りはない。彼女を追って来ていた者も見当たらない。ひどく寂しく感じるバルバダ。何かがおかしい。何か……奇妙な静けさなのである。
ふいに、時空が「ぐにゃり」と歪んだ!!
賢者ならではの感性がそれを捉えた。不可解な音が鳴り響く。ベーーーン!ボボボボボ!!無数のハトが一斉に飛び立つビジョン。そして悪臭と、とてもいい香りが混ざり合って脳ずいを刺激する。魂を持って行かれそうな感覚だ!
時空の歪みはいよいよ大きくなり、圧倒的な存在感と違和感がバルバダを襲う。すさまじい不可思議な現象を伴って、道路の幅いっぱいに、黒光りする巨大な肉塊が突如、出現した!それは五段も六段もある、ブヨブヨした人肉に見えた。
<肉の塊>は、その図体のあちこちに、目や耳や鼻や口や、脚や腕や、大小の尻尾や大小の羽根や、長い短い牙や、その辺りに生えている草や自分の分身(?)や、触手や角や生首や生ムカデや……ゲ……あらゆる正常な、あるいは異常な器官をくっつけている。
大きく開かれた人の目の玉の白い部分が、妙にギザギザしていたり、唇にたくさん牙が生えていて、人の言葉(「文句」が多いようだ)をしゃべる度に、それが自分自身の唇を傷つけ……ゲゲ……血とも体液ともつかない液体を、ドロドロとゲビチャビチャと滴落としていた。それは全くもって「不条理の権化」であった。
賢者は自分が持つ知識の中から、「それ」が何かを探り当てようとする。しかしもっと速く、この世界の住人としての直感が、あれは<混沌の鬼神、「陰謀の」バッザ神>だと強く訴えていた。目の前に!混沌の神が降臨している!!
同時に、顔に薄笑いを浮かべて灰色をした<混沌>の妖精ピクシーたちが、多数現れてどこかへ消えて行った。そいつらは悪さが大好きなのだ。悪かった雰囲気がさらに悪化する。最悪だ!!バッザ神の巨体を見上げるバルバダ。「頭部」はどこにあるのだろう?もしかしたら、そんな疑問さえ無意味かも知れなかった。
バッザ神は目の前にあるような、「妖怪めいた、うじゃじゃけた姿」で現れるのが大好きとのことだ。あれは賢者バルバダが「敵」と認識している連中の親玉だろうか?再び<人間性の剣>を抜く。ブレードは黒くて、赤光を放っている。また<魔性>!?あんなに醜くて汚らしい鬼神を敵とみなしても、自分の人間性は<魔性>なのだろうか?
その内に<黒い剣士>たちもその場へやって来た。彼は衣装を脱いで正体を現す。あらゆる光を吸収してしまうような暗黒のローブに身を包み、手に剣と杖――恐らく魔力と感覚を増幅する作用を持った<エンハンスワンド>――を握っている。顔こそはっきりと見えないが<死霊術師 ネクロマンサー>である。
杖を振りつつ何かを呼んでいる。直後に曲がり角の向こうから精気の無い人影が二、三現れた。それはゾンビ――不浄な<不死 アンデッド>の魔物だった。街中に不死を放つとは、どうやらバッザ神は今回、本気で「やるつもり」らしい!
* * *
汗まみれになってバルバダは逃げる。昼間に予約しておいたホテルへ向かった。まだここの地理に慣れていないが、勘を頼りに探しながら走る。ホテルで休み、明日の朝を待とう。そして味方を探さなくては。
グランディン王国の首都で、十二賢者評議会の長セザンは言った。「ひとりでは危険かも知れん。無理はするな。場合によっては引き返して来てもよろしい」。もしかしたらセザンの元へ帰ることになるかも知れない。でも今はまだ!才色兼備で度胸もいいからこそ、彼女は人々から<グランディアの女神>と呼ばれているのだ。
予約しておいたホテルへ着いた。カウンターで部屋のカギを求める。しかし……。
「ご予約?失礼ながら、お客さまを拝見したのは今が初めてです。ご予約の記録はございません」
「何ですって!?そんなはずないわ!間違いなくこちらで3日間泊まる予約をしました!」
「クレームですか……困ります。それにもう満室ですので他を当たって頂けませんか?」
そんなバカな!どうして……その時、バルバダの右手首を若い女性がつかんだ。肩まであるストレートの黒髪。聡明そうな顔立ち。
「こっちへ来て……!」
うながされるまま、バルバダはその女性を追って下町ユニア地区を走った。剣は鞘に収めてある。前を走る黒髪の女性だけが頼りだ。信用できるかどうかと考える余裕は無かった。