文芸合唱部は書きもしない歌いもしない、そしてまともな恋愛はできない
旧校舎の3F、階段の正面に僕の部活『文芸合唱部』の部室はある。放課後はもっぱらこの部室で過ごすのが日課だ。ドアを開くと
「おつかれ~」と出迎える女子の声。
軽やかで落ち着きのなさそうなソプラノボイス。
僕も「おつかれ」と短く返し、続ける。
「いつもながら、部室来るのめちゃくちゃ早いな。」
「そう? Kがいつものんびりなだけじゃない?」
Kとはこの部活での僕のあだ名だ。
最初はこの女子、通称ベスパしか呼んでいなかったのだが、いつしか定着してしまった。
ベスパは夏服のボタンを上3つほど開けながら、暑さにうなだれている。
見えそうで見えない下着と、普通では見えない箇所にあるホクロに視線が吸い込まれそうになる。しかし僕は強い意志ではねのける。窓の外の太陽はギラギラと眩しい。
この隙だらけの女子、ベスパは間違いなく可愛いほうだ。
やや童顔のパッチリとした目鼻、つややかなセミロングの髪、僕よりふた回りほど低い身長、ノリの良さや隙を感じる佇まいと男女問わず人気が高い。クラスは別だが休み時間にはいつも人の輪の中心にいる。
そんな彼女がいつもに増して隙だらけでいるのだ。僕の視線は再度吸い込まれていくのも仕方がない。あのホクロが悪い。ええいなんて吸引力だ。吸引力の落ちないただ一つのセクシャルめ。
「K~、なにぼうっとしてんの? 暑さのせいで変になった?」
どうやら視線はバレていないようだ。
「あっちぃ……」
暑さのせいと誤魔化す。そして
「暑いけどあんまりだらし無いかっこすんじゃないよ」と指摘をする。
「いいじゃん、さっきまで一人だったんだし。
それにさっきと比べると、ボタンも閉じたほうだし」
のんびりと部室にやってきた自分を恨めしく思う。
「ちょっとK、あっち向いといて。スカートのボタン、閉めるから」
「人前で戻せないほどだらけるんじゃないって…」
「いいじゃん、ここに来るのは他の子かKぐらいだし……
ーーはい、おまたせこっち向いてOK」
振り返ると、ベスパはスカートをひざ上15センチほどたくし上げていた。
思わず言葉を失う。
「おーい、どうしたK、フリーズしない。
はい、ここから挽回するコメント、3,2,1 キュー♪」
は……? えっと……なにが正解だ。
「あと10センチ」
ぷっ、とベスパが吹き出す。
「そのコメントは流石に予想外だった……、さすが元文芸部」
誰のせいで、元文芸部になったと思っているのか。
「まあお遊びはさておき、遊ぼうよ。なにして遊ぶ?」
この女子は遊ぶことしか考えていない。
「遊んでいる暇なんてないって。学園祭に向けての原稿がまだ手つかずなんだって」
「手がつかない理由は、書くきっかけがないからでしょ? 遊んでたら見つかるかもよ~。
ほらほら、わたしと雑談という高等遊戯を楽しもうよ」
暇なら合唱の練習をしろと、この元合唱部員に伝えたいが言っても無駄なことは承知している。
「じゃあトークテーマは…」
お題を用意してくれるのは、ベスパのよいところだ。
「この部室にもし1つだけ好きなものを持ってくるならな~んだ?」
「なぞなぞ形式の語尾!!」
彼女は僕のツッコミに満足そうな笑顔を浮かべる。
「それは、よくある無人島に持っていくもの? 的な」
「そうそう、例えば無人島ならよくある答えは、ナイフやロープや、ホームセンターやキテレツナリ」
「ドラえもん持ってけ! キテレツだけでは無理!」
「ふふっ、じゃあKは何を持ってくる。コピーロボット?」
「SF」から離れなって。
金額の制限はある?」
「う~ん、3000円以内?」
「思った以上に少ないな。」
「現実的じゃないと意味がないじゃん。」
3000円以内で一番満足度が高そうなものか……。
「わかった。Disney+ の入会。」
「ブーーー!」
ペスパは手でバッテンを作る。
「動画サブスクはNGワードでした! 」
なんでだ、何だそのルール。
「だって、動画サブスクがあったら、みんなそれに夢中になっておしゃべりが減っちゃうもん。」
思った以上にちゃんとした理由だった。お母さんかよ。
「NGワードのペナルティとして、金額の上限は2000円以内となりました。これにめげずどんどん答えていこう!」
「そのペナルティ意味あるのか? そういうベスパこそなにかないの?」
「えぇ、金額ダウンさせたておいて、わたしに頼るの?」
なんで被害者ぶってんだ、こいつ。
「えっと……延長コード?」
「地味……地味……」
ベスパは少し耳を赤らめる。
「2回も地味って言わない!だってあると部室便利になるよ! コンセント取り合わなくて済むし!地に足がついた大人な回答じゃん! はい、次はそっちの番!」
すぐには思いつかず、僕はスマホを取り出す。
スマホの画面を覗き込むベスパ。
「お、Amazonで金額から絞る作戦だね。セーフ……NG行動ではありません!!」
僕の知らないルールがいっぱいあるようだ。
サイトを見回っていると一つの項目に目が行く。
「マッサージ機とか? 値段もいろいろあるし、最近ラン先輩も肩コリがひどいって言ってたし」
「ふ~ん、ここにいない人のことまで考えるとはさすが。
いいセンかも、でどれ?」
「そこまで絞るのかよ」
正直書いている内容を呼んでもサッパリだ。高振動……のほうがいいのか?
あるマッサージ機に見知った名前を見つけ思わず操作の手が止まる。
「ん、Kどうしたの?」
やべ……!!
「えっと……『白鳥愛華、オススメのマッサージ機』? 白鳥愛華って誰? 女優さん?」
女優で間違っていない、だがそう答えるわけにもいかない。
「いや、よく知らないな……」
「嘘だ、嘘の顔してるもん。」
なんでこんなときは勘がいいんだ!!
「別にいいよ~♪ 自分で調べるし♪」
「ちょっと待って!」
制止を聞かずベスパはスマホで検索をする。
ほどなく彼女の顔は真っ赤に染まっていった。
「ふ、ふーん、べ、べべ別にいいけど。 ま、まああそういうもん、ももんももんだもんね」
めちゃくちゃ動揺している。
「違うって、変な誤解しないで。」
「誤解も何も知ってたのは事実だよね?」
問い詰めてくるベスパ。
「それはそうなんだけど……経緯があって」
「経緯?」
「うちの近所に草野球場があるんだけど、そこでこの女優さんの作品が撮影をしたっていう噂があって、それで試しに検索を……」
「で……?」
更に問い詰めてくる。なんでこんなことを説明しなきゃいけないんだ。
首を振り僕は答える。
「ーー検索で出てくるような部分ではわからなかった。」
僕の答えに心底がっかりしたような顔でベスパは僕を見てくる。
「なにそれ……Kはそれでいいの?」
「いい悪いの問題じゃない」
「法律で決まってんの!?」
「法律で見ちゃダメって決まってんの!」
ベスパは納得のいかない様子でかうんうん唸っている。
しかし何かをひらめいたのか、ぴょこんと椅子から立ち上がる。
「ということで、『第1回 この部室にもし1つだけ好きなものを持ってくるなら』はこのAVに決定!」
AVって女子高生が堂々と言うな。
「そんな部室嫌すぎる……」
ベスパは舌を出しながら、お後がよろしいようでみたいな顔をしている。
発言さえこんなにアホでなければ十二分に魅力的なのがただただ悔やまれる。
今日も僕たちは、書きもしない歌いもしない、そして少しの恋愛もできなかった。