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なくした真珠

作者: 六福亭(さみ)

舞台は愛媛県です。


 10歳の誕生日に、真紀はおじいちゃんおばあちゃんから大粒の真珠をもらいました。


 それは真っ白で、つやつやと輝いていて、本当にすてきな真珠です。真紀はそれを宝箱に大切にしまいこみました。

 真紀たちが住んでいる町は、宇和海に面した、真珠の産地です。だから、おじいちゃんおばあちゃんは真紀のために、とびきりすてきな真珠を買うことができたのでした。

「真紀ちゃんがはたちになったら、この真珠を使って、ネックレスを作ってあげようね」

 おばあちゃんはそう言いました。

 

 20歳になるまで、あと10年です。その時、真紀は何をしているのでしょう。

 真紀は、1人でいるとき、たびたび宝箱から真珠を取り出し、うっとりと眺めました。爪で傷つけてしまわないように、ハンカチでくるんでそっと持ち上げるのです。そして、この真珠のネックレスを首にかけた自分の大人びた姿を思い浮かべて、楽しみになるのでした。


 

 18歳の誕生日、真紀は引っ越しで大忙しでした。

 

 第1志望の大学に合格したので、その大学のそばに引っ越すのです。

 その大学は、真紀が生まれ育った町から遠く遠く離れていました。

おじいちゃんおばあちゃんは、真紀がその大学を受けることに反対でした。遠くに行ってしまったら、簡単には会えなくなるからです。でも、真紀はそれでいいと思っていました。お母さんたちも、真紀が決めたことに反対はしませんでした。


 真紀は、自分が甘やかされすぎていると思っています。おじいちゃんたちや、近くに住んでいる伯母さんたちも、会うたびにおこづかいをくれます。年々その金額は大きくなっていくのです。誕生日には、真紀が欲しいと言ったものが何でもプレゼントされました。なんでもない普通の日でも、真紀が外食したいとねだったら、レストランや焼き肉のお店に連れて行ってもらえました。

 これは普通じゃない。そう思い始めたのは、真紀が中学生の頃でした。例えば、お正月にもらえるお年玉の話をしていた時。例えば、好きなレストランの話の時。部活動で必要な高価な道具を、すぐに買ってもらえた時。

 調子に乗りすぎたら、いつかすごいしっぺ返しがくる。真紀はそう恐れていました。よく読む本に、お金持ちが大失敗してどん底に落ちてしまう場面があったからかもしれません。とにかく、真紀はどん底の気持ちを味わいたくはないし、大好きな家族が自分のためにお金を使うのをこれ以上見たくないと強く思っていました。


 大学入学と同時に、真紀はアルバイトを始めました。お金をもらって働くのは初めてのことです。最初はてきぱきと動くことができなくて、叱られた後に泣いて帰ることもしょっちゅうだったのですが、次第に上手く立ち回るこつがつかめるようになってきました。学生アルバイトの入れ替わりが激しい職場の中で、長く続ける真紀は可愛がられるようになり、気づけば学生アルバイトのリーダーになっていました。

 お正月も2日から営業しているお店だったので、真紀は帰省もしませんでした。電話で話すおじいちゃんおばあちゃんは、とても寂しそうで、真紀も悲しくなりました。だけど、授業やサークル活動も忙しく、あまり実家のことを思い出す暇はありませんでした。



 季節は巡って、20歳の誕生日が間近に迫ってきました。

 誕生日は、ちょうど春休み期間の最中です。お母さんから強く誘われて、真紀はとうとう実家に帰ることにしました。切符も、お土産も、自分で買いました。しばらく家を空けるので大掃除をしていた時、真紀はあるものを見つけました。


 そうです、昔愛用していた、あの宝箱でした。かなりすり切れていましたが、目にした途端に懐かしさがこみ上げてきました。それに、中に真珠が入っていることも思い出しました。

 最後に真珠を取り出してみたのは、13歳の時です。あの頃と同じように輝いているのでしょうか。それとも、もう色あせて、ただの白い珠になってしまったのでしょうか?


 真紀は震える手で宝箱の蓋を開け、__がく然としました。

 箱は、空っぽだったのです。


 一体いつ、なくしてしまったのでしょう。最後に真珠を仕舞った時、箱から転がり落ちたことに気がつかなかったのでしょうか? そうだとしたら、もう真珠はどこにもないかもしれないのです。


 真紀はそれでも、大掃除していた室内をめちゃくちゃに探し始めました。引っ越しの時か、今落としてしまったのかもしれません。ほんのちょっとでも、この部屋で見つかる可能性に賭けたかったのです。




 ほとんど1日使って探したけれど、とうとう真珠は見つかりませんでした。

 真紀は泣きたくなりました。おじいちゃんや、お母さんたちは、きっとあの約束を覚えているでしょう。そんな時に、真紀が真珠をなくしてしまったと言ったら__どんな顔をするか、想像したくもありませんでした。

 おじいちゃんたちは、がっかりするに決まっています。真紀を叱るでしょう。それどころか、真紀のことを見放してしまうかもしれません。

 それはすごく恐ろしいことでした。実家に甘えっきりにはなりたくないと真紀はいつも思っていましたが、その反面、実家の皆との縁が切れてしまうことを恐れてもいたのです。


 けれど真珠はとうとう見つかることもなく、帰省の日を迎えてしまいました。

 故郷の駅に降り立った真紀を迎えたのは、お父さんでした。お父さんはさっと真紀を抱きしめ、それから車に乗せてくれました。お母さんは、おばあちゃんたちと夕食の準備をしているようです。

 車を運転するお父さんの隣で、真紀は黙っていました。電車に乗っている間もずっと、真珠のことが気がかりでした。

「真紀、どうした?」

 お父さんが、何でもない口調で尋ねました。

「え? 何が?」

「元気がないぞ」

「そうかな……」

 真紀はうつむきました。元気がない自覚はあります。久しぶりに会うというのに、お父さんにはすっかり見透かされてしまったようです。

「あのね、お父さん……」

「うん?」

「10歳の時、わたし、真珠をもらったでしょう」

「ああ。よく覚えているよ」

 あれからもう10年も経ったんだなあ。お父さんは目を細めて言いました。

「あの真珠……20歳になったら、ネックレスにするって話だった……よね?」

「そうだなあ」

 真紀の心臓は、にわかに早鐘を打ち始めました。

「もし……わたしが真珠をなくしちゃってたとしたら……皆、怒るかな?」

 お父さんは、束の間黙りました。やっぱり怒ってるんだ。真紀はそう合点し、身を縮めます。

 けれど、お父さんは、ブレーキを踏みながらこう言いました。

「お父さんには、おばあちゃんたちが真紀に何て言うか、分かるよ」

「えっ?」

 お父さんは、実家の前で停車して、真紀にささやきました。そして、

「……さあ、皆が待ってるぞ。早く中にお入り」

 真紀は緊張しながら、車を降りました。

 真紀が玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開きました。

「真紀ちゃん……!」

 出迎えてくれたのは、おばあちゃんとお母さんと、おじいちゃんと伯母さんたちと……皆が揃っていました。年下の従兄弟もいました。真紀がしょっちゅう懐かしく思い出していた、全員です。

「おかえり、真紀。長旅で疲れたでしょう」

「真紀ちゃん、ずいぶんとおせらしくなったねえ」

 お母さん、おばあちゃん、おじいちゃんと順番に抱き合う時、真紀は、自分の心の中の何かが柔らかくほどけていくのを感じました。

「さあ、ご飯の準備は出来てるから。手を洗ってきさいや」

だけどその前に、真紀には皆に言わなければならないことがあります。

「おじいちゃんおばあちゃん、お母さん……あのね、ごめんなさい。わたし、昔もらった真珠、なくしちゃったみたいなの……!」

 真紀は頭を下げました。すると間髪入れずにおばあちゃんが言いました。

「それはきっと、真紀ちゃんを守るために、真珠が妖精になって飛んでいったのよ。多分、今もすぐ近くで真紀ちゃんを見守ってくれてるの」

 とても優しくて、少しの陰りもない声でした。

「さあ、今日はすき焼きよ」

 すき焼きは真紀とおじいちゃんの大好物でした。荷物を抱えて家に上がりながら、真紀は心の底から、帰ってきて良かったと思いました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ラスト。 素敵な物語の閉じ方でした。 心がなごみます。 方言。 上手に使われていて、この物語に良い味を出していると思いました。
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